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※ バレンタインにメルマガにて先行配信させていただいたものです。
カナイとマシロの前日の行動は「小話45:可愛いんだから仕方ない」を参照ください。
「じゃじゃーんっ!」
私は昨夜種屋で頑張ってチョコレートケーキをたんと作った。
一つはラウ先生の研究室に届けて、一つは切り分けてラッピングし、アリシアやカーティスさんに配った。最後の一つは今、目の前に置いてある。
「チョコケーキだ!」
「チョコケーキだね?」
何のお祝い? と可愛らしく首を傾げてくれた二人に私はバレンタインの説明をした。ま、簡単にお世話になっている人への感謝ということで……因みにカナイは逃げた。
ちっ。
二人に聞いたら用事で出掛けたという話だったけれど、非難したとしか思えない。私が何か作ってくるのを知っていたのはカナイだけだ。
「みんなにはいつもお世話になってるし、夜を徹して作ったの!」
完成品の倍は廃棄処分を余儀なくされた。ごめんなさい。沢山の食材たち……。
だから、ここに持ってこられたのはとても出来が良いものだと自負している。だって、味見は出来ないから、味の保証はない。
「食べてくれるよね?」
にこりと微笑めばエミルはもちろんと返してくれるけれど、アルファは警戒色を強めた。失礼だ。
「食べ物です。お菓子です。大丈夫」
「や、やだなー、マシロちゃん。た、食べないなんていってないですよ? えっと、僕がお茶を」
「私が淹れます。アルファは切り分けて」
「カナイは待たなくて良いの?」
はいっ、とアルファにナイフを押し付けたところでエミルがぽつと聞いてきた。
「カナイは良いの。残しておかなくても良いくらいだよ、もー」
カナイの逃亡は許し難い。むくれてそういった私にエミルは苦笑して「じゃあ、先にいただこうか」と止まっているアルファの背を押した。
アルファは盛大な溜息を落としたあと「分かりました」とナイフを入れる。
重ねるけど失礼だ。
ことっとティーカップをみんなの分用意して、私も椅子に腰掛けた。
ちゃんと私の分も切り分けてくれているのは、きっと優しさではないだろう。その証拠に私のが一番大きい……。良いけどこの複雑な気持ちはなんだろう……。
「マシロちゃん、どーぞ。味見も出来てないよね」
「うん。ホールで持ってきたからね……って、一緒に食べようよっ。失礼だな、失敗したのは持ってこなかったんだから、きっと美味しいよ。それとも何か盛ってあると思ってる?」
不機嫌そうにそう告げれば、二人揃って、まさかっ! と首を振ってくれる。
「じゃあ、みんな同時にね」
せーので一緒に一口食することにして、私は声を掛けた。
―― ……せーの
ぱく。
『―― ……マシロちゃん』
『何もいわないで、何もいわなくて良いよ、アルファ。ごめん……』
『ねぇねぇ、これどういう特殊効果? 凄いな。チョコケーキがこんな変質を遂げるなんて聞いたことない。新発見だよね。戻ったら、僕論文書くよ。生成法教えて』
『う、ううっ。ただのチョコケーキだよぉ……』
エミルの瞳が輝いてる。本気で信じてくれてるのは嬉しいけど、これ、あきらかに誰かに何か盛られてるよね。
私は、自らの小さくなってしまった手をじっと見る。愛らしいピンク色の肉球がぷにぷにとしている。
正面で、ふにゃーんっと潰れている仔猫は多分。アルファだ。エミルは興味深そうに自分の尻尾を追いかけている。
「おや? どうしてマシロまで、可愛らしい姿になっているんですか?」
あからさまに諸悪の根源である登場人物に私は睨みを利かせて、怒ったけれど口から出てきた音は、
「にゃーっ!!」
だった。がっくりと自ら発した音に肩を落とすと、ひょいと抱き上げてもらう。
「マシロは仔猫になっても可愛いですね」
「にゃーっにゃ(ちょっと! どういうことよっ!)」
「うふふ。何いってるかさっぱり分かりませんよ?」
「にゃーにゃにゃー(てんめー、マジでぶっころす!)」
「……ん。何か殺意を感じました」
下からもアルファがぶつくさぶつくさいってるけど、きっとにゃーにゃーとしか聞こえないのだろう。エミルは「なんだ薬かー」とがっかりしている。着眼点がずれていてちょっぴり残念な感じだ。