(3)
朝食の後片付けを済ませて、寮棟の裏口から外に出た。今日もいつもと変わりなく良い天気だ。朝から用事もなく外に出るということは少ないから、
私的には新鮮だ。
そして、この視界の低さも新鮮すぎる。というか足も短いし、歩くのが凄く遅い。
はい、と差し出されたエミルの手を取ってとことこと表通りに出る。
そして宛てもない散歩を堪能したあと、カフェで一息。パフェがこんなに大きく見えたのは記憶に残っている限り初めてだ。
ちょっと嬉しい。ぱくりと頬張って
「エミルって、子どもが好きなの?」
「んー? 別に嫌いじゃないけど特に好きというわけでもないと思うよ? どうして?」
どうしてって、今日のエミルのテンションはちょっと違うと思う。
「ただ、ちょっと懐かしいなと思って」
アイスの冷たさに、頬を押さえてエミルの返事に首を傾げる。
「僕には異母妹が居たから。初めてあったのはあの子達が七歳のときだったけど、その頃の僕はとてもじめじめした陰気な子どもだったから……」
陰気なエミル。想像がつかない。でも、きっとその頃でも綺麗な子だったんだろうから、薄幸の美少年とかそういうのだったんだろうな。
「勢いに圧されてばっかりだったけど、もっとちゃんと向き合ってあげれば良かったなと……今だったらいくらでもこうやって相手出来るのにな……ってちょっと思ったんだ」
くすくすと私の頬についてしまったクリームをぬぐって、パクリ。美味しいね。と微笑んだエミルが、根暗だったとはとても思えない。人は変われば変わるものだ。でも、エミルの話しかたからすると
「えっと、もしかしてその……」
いい辛そうにそう口篭れば、エミルははたと気がついたように「大丈夫大丈夫」と笑って両手を振った。
「生きてるよ。会おうと思えば会えるし。うん」
「そっか」
ほっと胸を撫で下ろす。
「でも、あの頃にしっかりしてなかったから、未だに敷かれてるよ」
心底困ったというようにそういったエミルが、口にした台詞よりもずっと穏やかで幸せそうだったから、なんだか心がほわりと暖かくなる。
「それに、こういうことでもないとあまりデートらしいデート出来ないもんね?」
幼児を相手にそんなこといっちゃ駄目だよ。王子。誰かに聞かれたら白い眼で見られるよ。
「マシロを抱っこするなんて機会そうそうないよ」
そう付け加えたあとエミルはさんざん私を連れまわした。
***
寮に戻る頃には、お日様が傾いていた。
一緒に遊びに行きたかったと拗ねるアルファに餌付けをしつつ、私はというと体力の限界でエミルの腕の中でうとうととしていた。
シゼとカナイは、解毒剤開発に嬉々として取り組んでいるらしい。あれは放って置くと良いと思う。
私は実験台にされる前にブラックに元に戻してもらえればそれで満足だ。
それにしても、ブラックは遅い。ちゃんと傀儡は届いているのかな? なんというかここの伝達手段はもう少し発達しても良いと思うのだけど。魔法とか簡単にあるからあまりみんな不便を感じないのかもしれない。そんなことを、考えているとようやく
「―― ……マシロの部屋がものけのからですが……」
待ち人来たり。
私は眠い目を擦りつつ身体を起こすと、ブラックが若干引いた。
「エミル……」
ああ、なんて分かりやすい軽蔑の視線。
「嫌だな、ちゃんと見てよ。僕の子……」
「エミルっ!」
「あー、ごめん。マシロだよ」
エミルは私を膝の上から下ろしつつそういった。ブラックはこつこつと歩み寄ってひょいと腰を折る。
そして、私が両手を伸ばせば抵抗なく抱き上げて「凄いですねぇ」と感心する。
「来るの遅いよ。忙しかった?」
「こんなことなら直ぐにでも来たのですが……傀儡は、仕事を済ませてからといってたので……散々遊ばれたみたいですね?」
私のひらひらエプロンドレスの裾を軽く引いて笑ったブラックに、むぅっとむくれる。
「今、シゼとカナイが解毒剤を作るんだって盛り上がってるんだけど……被験者になるのは嫌なの、なんとかならない?」
「原因は分かってるんですね?」
にこやかに問い掛けられて「うん、これ」と私はブラックの肩口に頭を預けて首筋を晒す。
私では目視できなかったところを見せた。
ブラックは、そこにそっと触れたあと、ああ、と得心したように頷いた。
「何だったんだろう?」
「さあ、毒虫でしょうねぇ。でも、これが原因ではっきりしているなら、簡単ですよ……でも、そのままでも時間経過で戻ると思いますよ?」
「待ってられないよ、この大きさヤダ」
ええ、可愛いのに、と外野二名から声が掛かったが無視した。
「そうですねぇ、この状態で何かしたら犯罪っぽいですしね」
―― ……しなっと何する気だよ……
楽しそうにそういったブラックに眉を寄せたけど本人はなんとも思っていない。私がはあと嘆息すれば「戻しますよ」と苦笑した。そして、私の了解も得ないまま、
「ひっ!」
ぱくりと傷口に口つけて、ぐっと吸った。
うわ、なんか気持ち悪い。身体の中の液体がぐるぐるかき回されているような気がする。目の前がぐるぐるしてブラックに掴る手に力を込める。
「―― ……っう」
我慢出来ないと声を上げそうなる直前私の足は床に着いた。そっと口元を押さえたブラックが、私から離れて部屋の隅にあったシンクに、ぺっと口の中のものを吐き出した。
直ぐに、ざぁっと流してしまうが、青かった。青かったよっ! 私から何出たの?!
「身体、どこか不具合とか出ていませんか?」
「だ、大丈夫」
いわれて改めて見た自分は普通の大きさに戻ってる。
服も含めて……で、良かった。良かったけど……。
「そういう格好も似合うよね」
「マシロちゃん可愛い」
い・やーっ! こんなフリフリエプロンドレス私じゃないーっ! 年齢的にも多分アウトだと思うーっ! 恥ずかしさに耐えかねて、私は慌てて部屋から逃げ出した。
そのあと食堂で夕食をとっている間に、輝かしい笑顔で解毒剤完成を告げた二人が落胆したのはいうまでもない。
もう一回刺されろと暴言吐いたカナイには、グーパンチをお見舞いしておいた。