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(2)


 ―― ……何故だろう。


「とりあえず、種屋には傀儡を送っとくから、ひょっこりくるか、連絡があるだろ?」


 よっと部屋の窓を開けてカナイは、机の上にあった紙で創り出した鳥を外へ放った。私はそれに頷きながら、居心地悪く柔らかな湯気をくゆらせるマグカップを口に運ぶ。


「熱いから気をつけてね?」

「……うん」


 気を使ってくれてるんだよね? 心配もしてくれてるんだよね? だからなんだよね。うん。それは分からなくもないけど……私はエミルの膝の上から解放されない。というかどうして誰も突っ込んでくれないんだ。明らかにお子様扱いだろう。

 そりゃ、外見は幼児かもしれないけど、中身は変わらない。


 この状況がすこぶる恥ずかしいのにっ!


「そういえば、二人とものんびりしてるけど、授業は良いの?」


 エミルがちらりと机の隅に置かれていた時計に視線を送って、そういうとアルファがあからさまに「えー」と不満そうな顔をした。


「ちゃんと単位とっとかないと、退学になるよ? 僕の傍に居てくれるんじゃなかったの?」


 にこやかにそう告げられると、アルファは、ぶぅっと頬を膨らませたけれど、かたんっと席を立ち「いってきます」と机の上に放り出されていた教科書を持って出て行った。

 それと入れ替わるように「失礼します」と入ってきたのはシゼだ。


「アルファさんに、授業の前に来るようにいわれたんですけど?」


 そのアルファはぷりぷりと廊下を闊歩していってしまった。


「ああ、シゼ。多分、こいつのことだと思うぞ」


 入れよ、とカナイに続けられ「マシロさんがまた何か?」と眉を寄せる。

 問題児で申し訳ない。

 こっちこっち、と呼ばれて死角になっていたエミルの前に回ってきたシゼは首を傾げる。


「誰ですか?」

「僕の子ども」


 ぎゅうっとエミルに抱き締められて、うぐっと息を詰める。エミル、それ、もう良いから。腕の隙間から見えたシゼの顔色が青くなっている。


 信じてるっ! シゼ確実に信じてるからっ!


「マシロだよ」


 と、カナイに告げられて、青くなっていた顔が次は真っ赤になった。ばさばさっと抱えていた本を床に落とし


「えっ! マシロさんとのっ?!」


 誤解がどこかとーくへいってるぅぅっ!! 


「そうなんだよ」


 エーミールー。純粋なシゼをどんどん樹海へと追い込んでいくエミルを止めなくてはと思い、尚暴れた。兎に角、私を圧死させる気か。

 なんとかエミルの膝の上から、降りて一息「ああ」というエミルの残念そうな声は聞こえなかったことにする。


「私がマシロなのっ。朝起きたらこんなことになってて……」


 服もぶかぶかで、朝っぱらから格闘したのだ。半袖のものをなんとかワンピースっぽく着たのだけど大変だった。


「……何食べたんですか?」


 ―― ……もう、良いよ。みんなの中で私は口汚いイメージなんだね?


 はあ、と嘆息したところで、カナイがこれまでの経緯を説明してくれた。

シゼは、はあ? と不思議そうに聞きつつ、私の正面に膝をつき、顔を覗き込んでくる。そして、一度、ぷっと吹き出し「結構可愛らしいですね」と付け足す。褒められた気は微塵もしない。


「少し診ても構いませんか?」


 問われて頷くと、シゼがそっと触れてくる。くすぐったいから少し目を閉じていた。シゼがこんなに近くにくることはないから、不思議な感じだ。

 その間に、エミルが「マシロの服、サイズ直してあげたら?」とカナイに振り、カナイが「そうだな」と頷いたあと


「制服で良いだろ? 部屋から勝手に取ってくるぞ?」


 勝手に纏めたので「良いよ」と見送った。まぁ、部屋に出してあるといえば制服くらいだ。


「―― ……マシロさん、ここ何か傷がありますけど覚えありますか?」


 首筋に、そっと触れてそういったシゼの言葉に首を傾げる。何か、何かあったかなぁ?


「そういえば、昨日温室で何かに噛まれたって、騒いでなかったか?」


 戻ってきたカナイの手には子供服になってしまった制服が握られていて、ほらと手渡された。それを受け取って「あっち使えよ」と浴室を促される。


「一人で着替えられる?」

「出来ますっ!!」


 エミル……完全に中身まで子どもになってると思ってるよね。ネジがいくつか外れちゃってるよ。もうっ!

 浴室の扉を軽く閉めたところで、カナイが説明してくれてるのが聞こえる。


「虫ってなんです?」

「さぁ? 俺も見てたわけじゃないから、痛みも直ぐ引いたらしいからアリじゃないかと本人はいってたぞ? 昨日は痕にもなってなかったから俺も気にしなかった……」


 きゅっと襟元のリボンを結んで、着替え完成。やっぱり服のサイズはぴったりの方が良いよね。


「なるほど……ですが、先程見たところではかなり炎症を起こしていましたよ……毒性の何かだったのでしょうね。残念ながら、今日はラウ博士が居ないんですよ」


 ―― ……カチャ


「いいよ、別に。夜にはブラックがきてくれると思うし。きっと直ぐに元に戻してくれるよ」


 どこかおかしなところはないかと、チェックしながら浴室から出てくれば、エミルに可愛いと頭を撫でられる。


「種屋店主殿いらっしゃるんですか?」

「うん。カナイに連絡してもらったから」

「そうですか、それで、どんな虫だったか分かりますか?」


 え、だから、大丈夫だと重ねそうになって、シゼに「それは、それ」といわれ続きを迫られた。


「ええと、姿は見てないんだけど、大きなものじゃないと思うよ。本当にチカっ! としただけだったの……痛みも直ぐに引いたし……」

「これまでそんな症例あったかな……もしかしたら、マシロさんにだけ反応したんでしょうか……僕ちょっとこれから調べてみます」

「え、でも授業は?」

「それよりマシロさんの方が興味深いので、どうでも良いです」


 物凄く良い笑顔をみた。シゼのあんな笑顔はレアだ。輝いてる。カナイさんも行きませんか? と誘われて、カナイは「そうだな」と頷いて出て行ってしまった。全く、秀才コンビは良く分からない。


「じゃあ、僕たちも行く?」

「どこへ?」

「ここを片付けてから、折角だから散歩でも」


 そういったエミルに私は曖昧な笑みを零す。

 ここでじっとしていても問題ないと思うのに……まあ、別に外に出ても問題ないから、一緒だけど。小さく溜息を落として頷いた。




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