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第六話:張り詰めたお食事会

 その後の夕食は、予想通り微妙な空気に包まれた。

 シゼイコールの図式はカナイも承知のようで、心当たりのある私たちは時折目を合わせて切り出すタイミングを計っているのだけど、これがまた難しい。


 正直、食事の前に捕まえて事情を説明しようと思ったのに、案の定アルファの手伝いで時間いっぱいいっぱいまで取られてしまった。それでも、二人掛かりでようやく仕上がったのだから、途中で抜けるなんて考える余裕はなかった。


 なんとか食事を終えても、食事がどこに入ったのか分からない。

 全く食べた気がしない。

 普通に会話していてもどこかぎこちなかったし。主に私とカナイ。でも、様子を窺っても別にエミルが怒ってるようには見えないんだけど……普通だよね?


 ―― ……でもっ我慢の限界!


「エミルっ!」


 声が裏返った。

 その勢いにシゼは、飲んでいたお茶が入ってはいけないところに入ったらしく、げほげほと咽て涙目になった。


 ごめん。


 エミルは、飲んでいたカップを静かにテーブルに戻して「どうしたの?」と可愛らしく首を傾げてくれる。


「あの、えっと、その。今日はごめんね。私の替わりにレニさんの話し相手してくれて」


 おずおずと口にした私に、エミルは「ああ、そんなこと」といつもの様に微笑んでくれる。


「気にしなくて良いよ。彼もマシロが珍しかっただけみたいだから」

「え」

「図書館に女の子は珍しいでしょ。ああ、でも、マシロ私服だったよね? レニ司祭と面識があったのかな?」


 ―― ……ギクリ


 と、音がなったような気がする。

 思わず言葉に詰まった私に、エミルは穏やかに話を続けてくれるけど、その穏やかさが逆に怖かった。


「レニ司祭はどちらの司祭様か、マシロには教えてなかったよね?」


 にっこりと続けたエミルに答えたのは私ではなくてシゼだった。


「僕が教えました。マリル教会についても知らせてあります」

「そうなの?」


 はい。と、頷いたシゼを確認してからエミルは私を見た。私もこくんと頷く。もしかして、シゼ、助け舟を出してくれるために今日はここに居てくれてるのかな?


「そっか、それなら良かった。僕はてっきりマシロは何も知らずに、マリル教会に遊びに行ったのかと思ったよ」

「……っ」


 ごめんなさいぃぃっ! これ以上無理ですっ。


 明らかに全部お見通し、というようなエミルの笑顔に耐えかねて、私はこの間のことを話した。

 エミルは一通りの説明を聞いたあと「そっか……」と少し思案気に零したあと首を傾げる。


「その一度だけなんだよね? でも、どうして? その様子だとマシロは教会に通いそうな勢いだけど?」

「え? そんなことないよ。そうしようと思ったことは思ったけど、でも、私にとってはエミルたちに心配を掛けるほうが嫌だったから……」


 これも本当のことだ。

 ごにょごにょと口にした私にエミルは「ありがとう」といつものやんわりとした笑顔に戻ってくれた。ほっと胸を撫で下ろす。


「なんだか、マシロがびくびくしてるのが楽しくて、何もいわなかったんだけどね。今日、マシロが陽だまりの園の子達と鉢合わせしちゃったのは僕のミスなんだ。いつもなら、こういう日は寮側からマシロには出入りしてもらうようにしてたんだけど……ちょっと僕もラウ博士に掴っていてね。間に合わなかった。だから責任は僕にもあるんだよ」


 いわれてみれば、レニさんは今日始めて来たわけじゃないようだったし。これまで出会わなかったのは偶然かと思ってたけど、必然だったんだ。


「そういえば、その日ってカナイさんがじゃんけんに負けてマシロちゃん迎えに行った日ですよね? 何も知らなかったんですか?」


 私に対しての疑念が晴れたところで、アルファはにやにやとその矛先がカナイに向くように仕向けた。明らかにいつものカナイいじめだ。カナイは、動揺しつつもフォローしかけた私を目で制して「ああ、知ってた」とあっさり認めた。


 エミルとカナイの間の空気が二、三度下がったところでシゼが「そろそろ失礼します」と席を立ちそれに並ぶようにアルファが「マシロちゃん、行こう」と私の手を取った。


 え、え、ええぇ……行って良いの? 明らかに曇天だよ。ここだけ雷雨警報出てるよ?


 かなり後ろ髪引かれたが、アルファに容赦なく早く早くと腕……を通り越して身体ごと引きずられた。エミルはわたわたする私に、いつものように手を振ってくれる。行けってこと、かな……?




「でも、吃驚した。シゼがフォローするなんて」


 先に立ったシゼに並んで歩きながらそういったアルファにシゼは「別に」とそっけなく答える。


「エミル様の手間を省いただけです。ですが、レニ司祭と面識があるなら気をつけたほうが良い。彼は人心を掌握するのが得意です。善悪の判断はその人の基準だと思いますけど、マシロさんみたいにぼーっと流されてるような人は色々と危険です」


 馬鹿にされてる? それとも心配されてるのかな? シゼに掛けられた言葉にどう答えて良いのか迷って、結局気をつけますと頷くことしか出来なかった。


「では僕は研究室の仕事が残ってますから……」

「え? 何か忙しいなら手伝おうか?」


 もう月も昇っているというのに、これからも仕事だなんて。反射的に掛けた言葉に、シゼは眉を寄せて嘆息し「結構です」と首を振るとさっさと研究棟へ繋がる廊下を歩いていった。

 その後姿を寂しく見送っているとアルファが軽く笑って、僕らも早く戻りましょう。と、背を押した。


「シゼのことだったら、気にしなくて良いと思いますよ? 大体、僕らにラウさんの研究内容やシゼの仕事内容が理解できるわけないじゃないですか」


 アルファの軽口に、うっと息を詰める。いわれてみれば確かにそうなんだけど、でも雑用とかなら私でも出来たと思うし、何より子どもがお手伝いをする時間じゃないと思う。


「それに、シゼのは仕事です。シゼはあれで正当な対価を受け取っているんですから、シゼがやらないと意味がない」

「え。お手伝いとかそんなんじゃないの?」

「ううん。違いますよ。シゼあの通り頑固だし、意固地だし。本当は入学するときにエミルさんが彼の学費やその他生活費は見るって話だったんですよ。もちろん、卒業後は王宮に入ることを条件でね? なのに、そのときの自分にそれだけの価値があるとは思えないからって駄々こねて、最終的にラウさんが自分のところで使って対価を支払い学費云々に補填することで手を打ったんです」


 何かどこかで聞いたことあるような話だな。首を捻った私にアルファは笑って「マシロちゃんみたいですよね」と付け加える。

 そか、私か……。


「最初は雑用以下だったし、すごーく大変そうでしたよ? あの通り人使い荒いですからね。ラウさんって……でも、今は殆どのことをやらせて貰ってると思います。それにラウさんは人……というよりは素養を見る目は確かです」


 あ、着いちゃいましたね。というアルファの声で部屋の前まで来ていることに気がついた。

 なんだかみんなの話を聞いてると、やっぱり私だけがぼーっとしてるといわれても仕方ないような気がしてきてちょっと凹む。はあ、と嘆息して部屋の鍵を開けていると、アルファにこっち向いてと声を掛けられ振り返った。


 ―― ……こつん。


 ぐりぐりぐり………。


「何、やってんの?」


 ぬっと伸びてきたアルファの人差し指と中指が、私の眉間を円を描くように揉んでいる。


「マシロちゃん、今日ここに皺寄りっ放しですよ」

「うっ」


 ぱぁっと頬が熱持つのと同時にアルファは手を離して、いつもとは全く違う気難しそうな表情をワザと作って話し始めた。


「シゼのいったこと、気にしなくて良いと思います。シゼは硬いから。得意分野に関してはそうじゃないけど、他のことにはまだまだガキで、だから、融通が利かないんです。大体シゼが周知のことだと思っている事柄って一般的じゃないことが多いし」


 そして、きょとんと聞いている私に、にこりと表情を切り替えて続ける。


「マシロちゃんはね、聞けば良いんです。エミルさんやカナイさんは独自の情報網を持ってますし、僕だってマシロちゃんの知らないこと知ってるかもしれない、あんまりいいたくないけどブラックはこの世界の理に詳しい。んー、僕難しいことは分からないけど、マシロちゃんは自分で知識を得るよりそっちのほうが向いてると思うし……」


 ね? と可愛らしく微笑まれて、なんだか優しい気持ちになる。アルファなりに私を気遣ってくれてることが素直に嬉しい。


 「ありがとう」


 私の謝辞に、アルファはにこにことお日様みたいに微笑んでくれる。その笑顔に元気を貰って私たちは別れた。




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