(5)
その眩しさに目がチカチカして、マシロがよろめくと、そっと慣れた腕に助けられ反射的に礼を告げる。そして、あっという間に視界が戻ったその中で自分の発した声に素直に喜色を示した。
「戻ってる!」
「戻したんですから当然ですよ?」
「凄いよ! ありがとう」
自分の身体に戻ったとたん降りかかってきた痛みに、大げさに反応しているカナイを無視してマシロは諸手を挙げて喜んだ。
「私は最初から凄いですよ。惚れ直しましたか?」
「ん? 別にそこは凄くなくても好きだよ」
つい反射的に答えてしまった答えがブラックの動きを止めたことにも気がつかず、マシロは「そうそう、カナイ」とカナイの傍によりおもむろにポケットを探る。
「マシロちゃんって、あれ天然なんですかねぇ。あの闇猫が赤面してますよ? 気持ち悪い」
「……んー。そこはまぁ、マシロの美点じゃないのかな?」
呆れたようにそう零していたアルファとエミルもカナイの奇声に二人を見る。
「変な声出さないでよ。ちょっとポケット探っただけでしょ?」
「探るなっ! いえ、口でいえ! 出してやるから」
真っ赤になって怒鳴るカナイを簡単に無視してマシロは、カナイのポケットから取り出した銅貨をジャラジャラ「カウンターにあったんだけど、何のお金?」と転がした。カナイは、ああと納得して入れ替わって直ぐに来た客の話をする。
「あー、クシュナさんところかな? そっかー、足良くなったんだね」
良かった良かったと頷いたマシロにカナイは嘆息しつつ眉を寄せる。
「でもそれじゃ何の薬も買えないだろ? またあとでっていってはいたけど、それで商売成り立つのか?」
カナイの尤もな意見にマシロはにこにこと気にとめる風もなく答える。
「あとっていったんなら良いんじゃない? それに、足が治らないと動けないし動けないと仕事が出来ないでしょ。仕事が出来ないと収入もないよね。そうなるとどうにもならないんだから、治るのが先じゃない? 順番的に」
正論ではある。正論では有るが実際にそれを通すような店は稀有だ。
「それにね。お金はあるところには、いっくらでもあるからそこから貰えば問題ないって助言してもらったの」
ぼったくりだ。それは明らかにぼったくりだと。三人は助言したのだろう猫に突っ込みたかったがブラックは軽く肩を竦めて「マシロが困っていたので助言したまでです」と悪びれる風は微塵もなかった。
疑問も問題も解決したところでぽんっと手を打ち「よし!」と頷いたマシロにどうかしたのかと続きを見守る。
「皆、お腹空いてるよね。折角だから何か作るよ。食べて帰る?」
「駄目ですっ。エミルさんと早く城に戻って跡始末をしないといけないので! カナイさんは謹慎中ということにしといて上げますからご馳走になれば良いと思います」
あからさまに焦りを感じるアルファの台詞に素直に眉を寄せる。
「俺も管理棟の様子が気になるから」
「管理棟なら綺麗に片付いていましたよ」
まあ、邪魔なので帰っていただいて結構ですけど、と、カナイを落としてから一応助けたブラックにカナイは「そうだよなっ! 邪魔だよなっ!」と爽やかに締めた。
「むー……。食べたくないなら食べたくないっていえば良いじゃん」
「マシロも疲れているでしょう? それに気分も滅入っているでしょうし、外で食事にしませんか?」
にっこりとブラックに促されマシロは渋々頷いた。
大通りに出るまでは全員でぞろぞろと歩いたがそこで別れた。
「明日、傷薬持っていくから」
そういったマシロにカナイはいらないといい掛けたが、それを飲み込んで「ああ、待ってる」と答えて手を振ったのを見送ってから三人に背を向けて歩き出す。
暫らく無言で歩いていたがふとブラックが「先程の話しなのですが」と問い掛けてきた。マシロは首を傾げて「何?」と隣を見上げる。ブラックはマシロを見ることなくいつもと変わらず夜空に浮かんでいる二つ月を見ながらぽつと続ける。
「マシロは私の何が好きなんですか?」
今更過ぎる質問にマシロは少し面食らったあとちょっと笑ってしまった。
「地位や権力や富……全てを統べる力。私は全て持ってます。でも、マシロはあっさりそんなものなくても良いといいました。ですが、それを取ってしまったら私はタダの獣族で何の価値も無くなります」
笑ってしまったマシロに対し、ブラックは至極真剣だ。
マシロはそんなブラックの横顔を暫し見つめたあと、そっとブラックと腕を絡めて手を繋いだ。
「今更過ぎてすごーく難しい質問だと思うんだけど、今は特に可愛いところかな」
「か、可愛いですか? 私が?」
いわれることのない台詞にブラックは虚を突かれた。
「ええっと、それは耳とか?」
マシロが可愛いと興味を示すのはそのくらいだ。
「それもあるけど、それよりも今は、そんなことを真剣に考えて答えが見付からないから聞いてみよう! っていうブラックの思考が可愛い。人の本当の価値なんて持ってるものとか、外側の何かじゃないことをちゃんと分かってるのに、それを自分に当てはめられないブラックがとても可愛くて、私は愛しいと思う」
くすくすと楽しそうに笑いながらブラックの腕を抱き締めたマシロにブラックは「はぁ……」と曖昧に頷いた。