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(4)

 店に戻ると二階でエミルが怪我をしているカナイの身体の傷を診た。


「打撲と切り傷くらいだよ。額を少し切ったから出血量が多少多かっただけで、心配しなくちゃいけないような怪我はないと思う」


 額にガーゼを貼って包帯を巻きながらそういったエミルにマシロはこくんと頷いた。


「それで? 二人は今夜どうするんですか?」

「気になるから、僕も一緒に居てあげたいけど」

「エミルさんは駄目です」


 ぴしゃりとアルファに釘を刺されて、エミルはそうだよね。と、苦笑する。


「カナイさんは部屋ででも謹慎してるといえば、どうとでもなると思いますけど……エミルさんは、上に適当ないい訳しとかないと拙いです」


 尤もといえば尤もなことを口にしたアルファを、こつん、と軽く叩きエミルは「いい過ぎ」と小さく呟く。その声にアルファは「あ」と何かに行き着いたのか、申し訳なさそうに俯いてしまっているマシロを見て小さな声で詫びた。

 微妙な空気になってしまった一同の雰囲気は一瞬にして払拭される。


「マシロー。今日も良い子にしていましたかー?」


 ―― ……ぎゅっ


 何の予告もなく、ふっとカナイの背後に現われたブラックに抱き締められ、カナイは素っ頓狂な声を上げた。その声に驚いたブラックは、腕を解いてマジマジとカナイを見たあと「ブラック……」と傍で呟いたマシロを見た。

 そして、やや黙したあと、ふーんと頷いて「面白いことになってますね?」と微笑んだ。


「「面白くない!」」


 とハモったマシロとカナイにブラックは真剣な顔で続ける。


「困りましたね。私は今日マシロと湯浴みをと思っていたのですが、マシロが中身のカナイと入るか、カナイが中身のマシロと入るか、物凄く難しい問題です」


 というか、カナイ殻と入っても面白くないですよね。だからといってここでマシロを脱がせると、カナイにまでマシロの肌を晒していることになるわけですし……ぶつぶつと続けて「ああ」と苦悩するブラックに


「どっちも入るわけないでしょっ!!」


 条件反射的に手を振り上げたマシロの手をブラックは軽く避けて、パシリと受け止め


「マシロに殴られるのは気になりませんが、カナイに打たれるのはちょっと嫌です」


 にこりと告げる。俺の格好で女言葉は勘弁してくれと泣きが入ったカナイを他所に、ううっと唸ったマシロにブラックは軽い調子で問い掛けた。


「それで、どうしてこんな面白い流れになるんですか?」


 そして一度説明する為に一階に降りたマシロは例の飴と手紙を持って戻ってくると、事の次第を説明した。面白そうにマシロの話を聞きながら瓶を眺めていたブラックに頃合いを見計らってエミルが問い掛ける。




「今日城であった騒ぎを知っている?」


 その問いにマシロの肩がびくりと強張り、苦悶に満ちた瞳が不安に揺れた。ブラックはその様子を眺めながら「外見がカナイでも、中身がマシロだと何となくマシロに見えてきますね?」としみじみ口にしてからエミルの問いに頷いた。


「それが管理棟崩壊の件だったなら知っていますよ」

「死傷者は居た?」

「居ないですね。面白いことがあったからと呼びつけられただけで別に種の回収に行ったわけではありませんから」


 仕事のことを問われて素直に答えるのは、とても稀有なことだが簡潔にそう答えて肩を竦めたブラックにマシロは、ほっと息を吐いた。その様子にエミルも頷き「ほらね?」と微笑む。

 そして、かなり面白い像が残っていましたが……と、切り出したところでアルファが思い出したのか、ぷっと吹き出して皆に背を向けて笑いを必死で殺していた。


「あれは、マシロが泣いていたのですね?」


 だとしたら遅くなってすみませんでした。と、続けてそっとマシロの頬に触れる。ブラックが距離を詰めそうだったので、カナイが慌ててブラックの肩を掴んで「それは俺!」と引っ張った。


「あ、そうでした。私に男を抱く趣味はありません」

「ああ、そうだな。俺も抱かれる趣味はねーよ」

「マシロの姿でそんな言葉遣いしないで下さい」

「そう思うんなら何とかしろよ」


 普段ならほぼ同じ目線の相手をこんなに見上げて喋らないといけないというのは、かなり違和感がある。カナイは素直に嫌な顔をして尚もブラックを睨みあげた。


「私からもお願い。幾ら明日元通りといっても、戻れるなら早いほうが良いよ」

「……カナイの女言葉もちょっと」


 これは全員にほぼ同時に突っ込まれた。

 ブラックは二人を順番に見たあと、そうですねーと考える素振りをして「出来なくはないですけど」と前置き予想の範疇の台詞をにこりと口にした。


「私のお願いも聞いてくれますか?」

「……お風呂なら一緒に入らないよ」


 やっぱりそれだったのか、あっさり拒否されてブラックはしょぼんと耳を下げた。かなり下の位置に来ている尻尾をゆるゆると揺らしながら「―― ……どうしてですか?」と問うけれど、にべもなく切り捨てられる。


「……は・や・く・戻して」


 暫らく睨みあったが、結局折れたのはブラックだ。盛大に残念そうな溜息を吐いて、分かりました。と頷いた。


「折角ここに来たというのにこれではマシロを抱き締めることも出来ませんし、要するに入れ換わる直前まで二人の時間を回帰すれば良いのでしょう」


 そう簡単に口にしたブラックはマシロとカナイを招き寄せて正面に立たせるとそれぞれの額に手のひらを押し付けて、目を閉じると暫し黙した。

 その瞬間、ぴんっと辺りの空気が緊迫したのが伝わる。


「マシロ、荷が届くのはいつごろですか?」

「午後のティータイムのあとくらいだよ」


 では、五時間ほど遡りますと宣言したあと直ぐに飴の効果が出たときと同じ光が弾けた。



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