(2)
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マシロはまだぐらぐらしていた頭を振ったあと辺りを確認する。
「この装飾過多な雰囲気からして城ね」
そして同じように口から出た声に眉を寄せ、視界の高さに驚いたあととりあえず、部屋の中にあった鏡に姿を映す。
「……本当の話だったんだ……」
呟いて溜息。
それにしても、なんで城になんて飛ばされているんだろう?
そんな効果は手紙には書いていなかった。城内の地理にマシロは全く明るくないが、壁とか柱とかは別としてその他の調度品のシンプルさからいってほぼ間違いなくカナイの私室だろう。
勘の良いカナイのことだから、きっとこのことに気がついて迎えに来てくれるはずだからあとはここでのんびり待っていれば良い。
そう思ったのに、突然のノックの音にマシロは肩を強張らせた。でも居るのに居ないフリは出来ない。マシロは恐る恐る扉を開いた。扉を叩いたのは二人の青年だった。部屋主の姿を見つけてあからさまにほっとしている風だ。
「カナイ様。お部屋にいらしたのですね。城外に出られたという話も耳にしていたので、居ないのではないかと冷や冷やしておりました」
「え、ああ、まあ」
実際は出掛けていた。というかこの様子からしてサボりにきたのはカナイだったのではないかとマシロは嘆息する。
そして、こちらへどうぞと続けられ、断る台詞すら思いつかなかったマシロはそのまま二人のあとに付いていく。その途中でエミルの姿を発見して「エミル!」と声を掛けると、こちらに気がついてくれたのに「頑張ってね」と手を振られただけだった。
その姿が若干挙動不審に思えたマシロは、あれはほぼ確実に抜け出すつもりだと悟った。
連れてこられた先は城からは少し離れた棟だった。
「こちらに集めておきましたので、エミル様周辺の魔法具の点検と魔力の補填をお願いいたします」
と一室に押し込まれた。
あのっ! と声を掛ける隙もない。
「……点検ってことは危険そうなものがないかチェックしろってことよね。あと、魔力の補填って、どうするんだろう?」
とりあえず広い机の上にマシロにとって用途不明そうなものが、山と摘まれているのに歩み寄るといくつか手にとって首を捻る。
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「そんなに、急ぎの用事なの?」
渋々といった風に来た道を一緒に戻るエミルに問い掛けられカナイは頷いた。カナイはどうせ始めれば直ぐに終わるからと後回しにしていた仕事を、待ちきれなくなった連中が自分を捕まえにきたのだろうというのは直ぐに分かったようで、エミルが店で一息つく間もなく店を出た。
大股で息が上がりそうなほど急いでいるというのに……
「遅い。足が短い」
ぼやいた。
「あ、ごめん。足速かったかな?」
エミルの的外れな謝罪にカナイは首を振り、嘆息する。エミルは自分と違ってマシロの歩幅に合わせて歩いている。だから気にする必要はないのだが、よくよく考えると自分はマシロに頻繁に歩くのが早いと怒られていた。確かに、このリーチで自分たちに合わせて歩くのは辛いかもしれない。ほんの少しだけ反省したが今欲しいのはスピードだ。
魔術もつかえないこの身体は物凄く不便だ。
「今日は無口だね?」
「は? いや、そんなことは」
ある。非常に在ると思う。が、隠すことなのか隠さなくて良いことなのか良く分からない。良く分からないイコールばれないほうが良いだろう。そう判断して出来る限りぼろが出ないようにしているつもりではあるのだが……カナイは居た堪れず「走る」と口走って最終的には走った。
―― ……お、遅い。
自分も運動が得意というほうではないがマシロはもっと不得手らしい。直ぐに、息が上がって、喉がゼロゼロいう。
「えーっと手でも引いたほうが良いかな?」
エミルは口にするのと同時に、カナイの手をとってとっとと走り始めた、殆ど引きずられるようにそれでも自力だけで走るよりは早く王宮に向かっていた。
「そんなに急いでるなら馬車でも捕まえれば良かったね」
王宮の門を潜ったところまで全力疾走したエミルは、少し上がった息を整えながらそういって微笑む。確かにその通りだ。
普段なら絶対に思いつくようなことなのに、きっと天パってるか、マシロ脳が馬鹿なんだ。カナイは勝手にそう決め付けて「もう、良い」と首を振った。走りすぎて喉から血の味がする。
門を潜って城までは馬車を使うと中は何か慌しかった。エミルは急いでいる風な衛兵を一人捕まえて何事か訪ねる。
「ああ! エミル様! ご無事でしたかっ? 今皆で探しておりました」
「何事?」
「分かりません。分かりませんが、魔法具管理棟の一角で爆破が起きて内部テロではないかと」
「違うっ!」
動揺している衛兵の台詞をカナイは途中で切った。驚いた衛兵を無視してエミルの前に回りこみ両手を取って
「話はあとでちゃんとするから! マシロはもう走れない。管理棟まで頼む!」
懇願した。
エミルは刹那驚いた顔をしたものの「良いよ」と頷くと
「ようするにマシロを管理棟まで運べば良いんだよね」
と纏めてひょいとカナイを抱え上げて「走るから舌を噛まないように、しっかり掴っててね」と注意して止める衛兵を無視して走った。
「運べっていったけど横抱きじゃなくても」
「舌噛むよ」
カナイの抗議はあっさり却下された。
「あっれー? エミルさんにマシロちゃん、何やってるんですか?」
カナイは無性に恥ずかしいのと不安定なので、不本意にもエミルの首にしがみつきこんなところ誰にも見られたくなくて、額をエミルの肩口に押し付けた。
カナイの努力むなしく悪目立ちしていることに本人はきっと気がつかない。
とっとこ走っているエミルたちが城を一旦抜けたところで合流してきたのはアルファだった。アルファこそどうしたのかと訪ねるとニコニコ顔で答える。
「何か管理棟でカナイさんが面白いことになっているらしくって、見物しに」
「お前は鬼かっ!」
思わず叫んだカナイにエミルとアルファはきょとんとしたが、直ぐに騒ぎの起こっている管理棟に到着した。
そして現場は騒然としていた。騒然としていて本当に面白いことになっていた。
「大丈夫ですよ、カナイ様」
「そうですよ、お気になさらないで下さい」
「で、でも、いっぱい壊して、皆怪我して……私も怪我した、絶対怒られる。ごめんなさーい」
駆けつけていた救護班の女性に囲まれてカナイは泣いていた。大泣きしていた。
「だ、大丈夫ですって、怪我人は埋もれている人はまだ確認出来ていませんが他の方は皆自身で結界など張って無事だったようですし、どちらかといえばカナイ様が一番の負傷者かと……」
「そうですよ、その怪我もわたくし共がきちんと治しますし、壊れた棟も大丈夫ですよ。宮廷術師は皆優秀ですから直ぐに元の姿に戻してくださいますよ」
そして、慰められていた。
その様子にうわー……と固まっていた三人の中で一番に我に返ったのはカナイだ。カナイはエミルに抱きかかえられたままの状態から暴れて降りると、大股で救護班を掻き分けて自分の傍に寄ると、がつんっと拳骨一つ落とした。
ひっくひっくと泣き止みかけていた涙がカナイの姿を捕まえて再び溢れ出す。
「カナイ遅いよーっ!」
「もう、それ以上俺の格好で恥を晒すのは止めてくれ。とりあえず、泣くな」
カナイは、はぁっと重たい溜息を吐きマシロの足元にしゃがみこんだ。
「泣きたいのはこっちだよ……本当、どうして慣れない身体で魔力とか使うんだよ。俺の力が半端ないのくらい知ってるだろー……本当、勘弁してくれよー……」
頭を抱え込んでぶつぶつ零すカナイの傍に歩み寄ったエミルに顔を上げると、嘆息して立ち上がり
「エミル……頼むから一生のお願いだ。かん口令を敷いてくれ」
と願い出た。エミルは首を傾げつつも空気を察してくれたのか、頷いて辺りに集まっていたもの全員にかん口令を告げた。やや辺りはざわつきはしたものの第二継承順位の王子の命令だ従わないはずはない。
そして跡始末を任せると、ヘタレているカナイ、もといマシロの腕を引いて場所を変えた。




