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 それは一つのお届け物から始まった。


「はーい。ご苦労様」


 いつもの配達屋が幾つかの荷物を持ち込んだ伝票にサインして見送ったあとマシロは荷を確認した。


 一つは在庫が切れかけていた薬瓶などの類。もう一つはアリシアのハーブ園から届いた紅茶。薬瓶の類は店の奥の調剤室へと運び、紅茶の缶は二階のキッチンと一階のミニキッチンにも運んだ。


 最後の一つの包みもアリシアからのものだった。


 マシロは何の疑いもなく箱を開けると中には瓶と手紙が入っていた。瓶を取り上げると色とりどりの可愛らしい飴が入っている。

 マシロはうんしょと瓶の蓋を開けて、一つパクリ。パッションフルーツっぽい味がするなと思いながら手紙も開く。


「ふー……ん、っと、何々、いつもお疲れさま。はい、お疲れさま。今日はとても面白い魔法食が手に入ったのでお裾分けします」


 マシロは首を傾げつつ唸る……魔法食? 魔法食というと確か魔法石みたいに魔法的効果を含んだ食材とかそういうのをいったはずだ。ということは、この飴がその魔法食なのだろう。

 マシロはもう一度瓶の中身を明かりに掲げてみる。色とりどりの飴は光を反射してキラキラしている。


「フツーのキャンディー以外の何ものでもなさそうだけど」


 そして手紙の続きを読む。


「この飴は……ああ、やっぱりキャンディーなのは正解なわけね」


 頷きつつ、マシロは続けて目を通し、やや黙したあと慌てて口を押さえるときょろきょろと口の中のものを吐き出す先を探した。


 


 ―― ……カランカラン


「今日も相変わらず暇そうだな。エミルがサボりに来てないか?」


 いつもと変わらない調子で遠慮なく店の扉を開きやってきたカナイはカウンターの奥で出たり引っ込んだりしているマシロの頭を見て眉を潜め「何やってるんだ?」と歩み寄った。

 よいしょとカウンターに腹を預けて覗き込むと奥でマシロはしゃがみ込んでいる。首を傾げて「おい」と声を重ねるとマシロはばたばたと手を振って何かを拒否しているようだ。


「その声は、カナイね。いいぃ、いらっしゃい」

「あ、ああ」

「良い子だからそのまま回れ右して帰って」

「は? 何いってんだよ、どこか調子悪いのか? 腹でも痛いんだったら……」


 マシロの不可解な台詞に素直に眉を寄せて問い返すカナイにマシロは良いから帰れと重ねる。重ねたのに、カナイはあっさり無視してマシロの頭頂部に手を置くとぐいっと顔を上げさせた。


「だ、ダメっ」


 マシロの忠告も空しく目が合ったとたん、目をあけていられないほどの光が走った。反射的に二人とも目を固く閉じる。


 どのくらいそうしていたか定かではないが、カナイは徐々に戻ってきた視界に目を擦り、ふらりと立ち上がる。きょろきょろと辺りを見回すと行きつけの薬屋だ。不思議なのはさっきまでカウンターの外に居たはずなのに、立ち上がるとカウンターの内側に居て……


―― ……やけに、視界が低い


 ことだ。そして、目の前に居たはずのマシロの姿はない。


「おーい、マシロ? っ!!」


 自ら発した声に驚いて慌てて口と喉元を覆う。


「あ、あー、あー……」


―― ……俺の声じゃない……。


 カナイは突然襲ってきた事実に困惑しつつ、店主を探す為にきょろきょろと辺りを見回し、はたと通りに面したウインドウに映る姿に愕然とした。

 視界が低いのも声が妙なのも、直ぐに得心がいく。


 しかし、納得はしたものの一番納得出来ないのは、どうしてこんな事態になったのか? ということだ。カナイはふとカウンターの上に広げたままになっていた手紙と瓶を見つけて手に取った。マシロが今しがたやったのと同じように多少の罪悪感を覚えつつも手紙に目を通す。


 そして最後まで読み終えて、くしゃりと手紙を握り潰した。


「―― ……口に入れて食べているときに最初に目が合った人と入れ替わるも、の……です……」


 ということは何が変わるのか直ぐに分かる。中身だ。


「俺がマシロで……マシロが、俺……?」


 分かった。それは分かった。いや、分からない。なんでこんな変なものあいつは口に入れていたんだ。絶対この手紙を読む前に口に入れてそのままこれを読んで……


「ありえねぇ……」


 でも想像付くその姿にカナイはカウンターに突っ伏した。

 確かに魔法食には失敗なのか成功なのか何の冗談なのか分からないようなものも多々ある。一部を除いて悪戯みたいなものだ。

 それで? どうしてマシロ、いや、俺か? はここに居ないんだ……もしかしなくても普段押さえてる魔力が暴走したんだろうなー……変なところに飛ばされてないと良いんだが。


 はぁと重たく溜息を吐いたカナイはとりあえずとカウンターを出ると店の看板をクローズに裏返した。


 一番飛ばされている可能性があるとしたら一番良く行くところだろうから……とりあえずは城に戻るのが無難だろうかと首を捻り、カナイはカウンターに出しっぱなしになっていた諸悪の根源を仕舞いこんだ。


「マシロちゃん、今日は閉店かい?」


 先回りして看板は返したものの鍵を閉めるのは忘れていた。申し訳なさそうに扉を開いてそう声を掛けてきたのは腰の曲がった老女だった。


「すみません。今日はとても大切な用事が出来てしまって……」


 とりあえず当たり障りない理由で客には帰ってもらわないととカナイは僅かに開いた扉から顔を覗かせていた老女に歩み寄り扉を支えて謝罪した。老女は「そうかい、そうかい」と頷いて相槌を打ったものの話を続ける。年寄りは決まって人の話を聞いているのかどうか微妙なところがある。


「この間のね、薬が良く効いてね。ここまで歩いてこられたんだよ。だからね、また作ってもらえないかと思ってね」


 ということは足とか腰の何かだろうか? 店の顧客情報まではさっぱり知らないが、あまり客が居るとは思えないこの店に来るくらいだから容姿とか教えれば、あとでマシロに話は通じるだろうかとか考えつつカナイは唸ったあと


「今日は無理だけど、近いうちに届けるから、ごめんね?」


 こんな感じだろうかととりあえず手探りで返答してみる。老女は「そうかい、そうかい」とまた頷いてゆるい動きでポケットを探ると幾枚かの銅貨を差し出した。


「えっと、お金はあとで良いよ」

「でも、マシロちゃんこの間は『効くかどうか分からないから効いたときで良い』っていってくれただろ?」


 こいつは商売する気が有るのかとカナイは呆れた。


「良く効いたから、これは御代。足りなかったらごめんよ? また、次のときになんとかするから、それで良いかい?」


 自分ならほぼ確実に答えはノーだが、マシロなら間違いなく


「良いよ」


 と答えるだろう。

 カナイは老女から銅貨を受け取って老女を見送った。じゃらじゃらと手の中で転がした銅貨は暖かい。きっと大事に握っていたのだろう。カナイは、ふっと息を吐いたあとそれを仕舞って改めて出ようとしたらまた扉が開く。


 この店の閉店表示は無意味なのか! 苛々と扉を振り返ると


「あれ? 今日はもう閉めちゃうの?」


 エミルだ。

 こいつこんなにデカかったのか。見慣れた姿を見上げてカナイは「サボり?」と口にした。


「え? 違うよ。サボってないよ? うん。多分」


 絶対、サボっただろ。今頃城ではきっと帝王学とか叩き込もうとしている教師陣が探している。そして、アルファや自分に泣きついてくるのだろうと嘆息した。


「んー……」


 そんなことを考えているとエミルがまじまじと顔を覗き込んでいた。それに気がついて弾かれるように後ろに身を引くとエミルは姿勢を正して顎に手を添えて何か考えるように曖昧に口にする。


「髪型……も、変わってないよね。口紅の色とかも違わない、よねぇ? 服もいつもと同じ感じだと思うし……なんだろう? マシロ、何か変わったことがあった?」


 中身が違うんだよ。即答したかったが、刹那伝えることに戸惑いカナイは首を振った。


「そんなことより、カナイ見なかった?」

「え、カナイ? カナイだったら城に居たよ?」


 その答えにカナイはほっと息を吐く。思っていたより直ぐに見付かって良かった。エミルはそんな姿に不思議そうにしつつ「何か用事?」と加えたあと話を続ける。


「魔法具管理部の人たちに連行されていたから、暫らくは解放されないと思うよ」

「魔法具っ!!」


 全然良くなかった…… ――。



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