後編
―― ……そして帰宅、就寝前…… ――
途中、はしょったのか行きより随分早く辺境の町へ到着した気がした。町に入ると家に明かりが灯っているところも少なく、しんっと静まり返っている。
馬を厩舎へ戻す為、裏へまわるとブラックは短く嘆息した。眠い目を擦りながらどうしたのか聞くとブラックは尚も溜息を重ねる。
「嫌な訪問者です。もう少しここで時間を潰しましょう」
「あふ、折角時間が合ったんだから、会ってあげれば良いじゃない。私先に中に入ってるから」
水を飲んでいた馬にありがとうと告げたあとそう答えた私にブラックは、えー、と不満を零す。
「きっとマシロも会いたくない人だと思いますよ?」
「……? 私そんなに人の好き嫌いないよ」
首を傾げたが訪問者を確認して納得した。
その存在だけで私の体感温度を数度下げてくれる人物。蒼月財団々長レムミラスさんだ。ブラックがいった通り、玄関先で鉢合わせた私はそっとブラックの後ろに隠れる。
既に見付かっているから無意味だけど、苦手なんだよね。あの冷たい目。眼鏡の奥から冷徹ビームとか出そうだよ。
「随分と仲がお宜しいのですね?」
私への嫌味も忘れない。
「それで、こんな時間にどういう用向きですか? 種の売買以外なら帰ってください」
冷たくいい放つブラックにレムミラスさんはご挨拶遅れてすみません。と深々と頭を下げた。そして顔を上げて早々仕事内容を語る。
「不穏分子が今夜ある場所に集まっているので」
「お断りします」
「は?」
最後までいわせなかったブラックに、レムミラスさんは声を裏返す。
かなり虚を突かれたのか刹那姿勢が崩れた。
「さっきもいったでしょう? 種の売買以外は今夜は受けません。明日以降にしてください」
「何故です。今なら一掃出来るのに!」
話の内容から多分、というかほぼ間違いなく誰かを消す依頼だろう。それにあっさりノーを出すブラックにレムミラスさんは本当に分からないという風に首を振る。
「そんなもの決まっているじゃないですか。私はこれからマシロを抱くんです」
「は?」
私も、は? だ。ですから……と、重ねそうだったブラックの腕を容赦なく抓った。
「あ、いたた、ちょ、マシロ、抓らないで下さい」
ブラックの泣きにとりあえず手を離すと、ブラックは兎に角と口火を切ってお断りしますと重ねた。
「この程度で私の業がどうにかなるとは思いませんが、マシロに触れる日だけは手を汚さないと決めているんです」
今夜、例外を作ることになりそうですが……と、続けて、ふっと手を上げるとその手には銃が握られていた。
銃口は真っ直ぐレムミラスさんを見据えている。
ブラックはいつだって本気だし今もきっと彼が引かないようなら、あっさり彼に向けた引き金を引くだろう。
レムミラスさんは憎々しげに私を見たあと、はぁと嘆息し「分かりました」と頷いた。
去っていくレムミラスさんを少しだけ見送って家に入った。
「マシロは少し休みますか? 疲れていますよね。私は傀儡の様子を見てから休みます」
そう促されて私は素直に頷いた。眠気はすっかり失せていたから先にお風呂に入ることにした。なんとなく……今はブラックを一人にしたほうが良いような気がして……。
「―― ……」
ゆっくりと固まった筋肉を解して上がると、まだ書斎に居るだろうと思っていたブラックはベッドにごろりと転がっていた。
濡れた髪を拭きながら顔を覗き込むと眠っているようだ。
―― ……
私はベッドの端に腰掛けて、ブラックのほうへにじり寄ると顔に掛かっている前髪をそっと梳いた。 そして、ブラックの言葉を思い出す。
正直いうタイミングはどうかと思うけれど、そんな風に思ってくれていたのは嬉しいような呆れるような……どうともつかない感情に私は苦笑する。
私はブラックが思っているほど上等ではないと思うし、決して良いとは思わないけれどブラックの仕事についても理解しているつもりだ。そしてそれをブラックが好き好んでやっているわけではない、ということもちゃんと分かっている。
静かに眠る……というかきっと起きていると思うけど、ブラックにそっと口付ける。すぐに離れるつもりだったけれど予想通り起きていたブラックに捕まる。
黒曜石のような綺麗な瞳が外から差し込んでくる月の光を映して煌いている。
その瞳に映る私はとても普通でなんだか申し訳ない気になるし恥ずかしくなる。だから無言に耐えかねてどうしたの? と、問い掛けるとブラックはふっと息を吐いて「なんだか……」とぽろぽろと零すように口にする。
「傷付いているような気がします。マシロ、慰めてください」
普段なら絶対に聞かないお願いだ。聞く必要も無いと思うだろう。
でも、なんとなく今夜は私がブラックを甘やかせたくなった。
「良いよ」
ブラックも意外だったのだろう私の答えに刹那驚いたようで、それがとても可愛かった。
ブラックの顔の両脇に肘をつき指先で前髪を上げると、一度視線を絡めてからいつもブラックが私にそうしてくれるように、額に口付け、瞼、頬、鼻先と順に降りてきて、そのあとそっと唇を重ねる。
最初は軽く啄ばむように重ねて、僅かに開いた唇の奥にそっと舌を侵入させ歯列を撫でる。
ゆるりと身体に回されていたブラックの腕が、私の身体を撫でるのに合わせて口付ける角度を変える。
「……っ」
僅かに息を詰めたブラックに苦しかったかな? と、離れるとすぐに駄目だと引き戻された。
歯がぶつかってしまうのも気にせず、深い口付けを続けると私からやったはずなのにいつの間にか私のほうが組み敷かれていた。
あれ? と、思った私に気が付いたのか、ちゅっと可愛らしい音を立てて離れるとブラックの妖艶な笑みが向けられる。
「今日は怒られてしまったので、我慢しようと思っていたのですけど、無理・みたいです」
いって首筋に顔を埋め「マシロもでしょう?」と舐めたあと強く口付ける。
ちりっとした痛みが走って、心臓が跳ねる。きっと所有物の証のように赤い華が咲いているだろう。
昨夜は昔の夢を見た。
今夜はきっと貴方の夢を見る……。
―― ……眠らせてもらえれば、きっと……ってあ、れ? なんだか私猫に飼われている気がしてきた……?
※ リク的なものを書いてもらえたのが嬉しくて、勢いづいて手がけてしまいました。
登場人物が極めて少ない番外編。休日をぼっさり過ごしてみましたが、楽しんでいただけたでしょうか?
もし一人でもそう思っていただけたなら、幸いです。
番外編は今のところあと一本用意してあります。良かったらお付き合いくださいね^^