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白蒼月銀狼譚~二つ月の集った世界(種シリーズ②)  作者: 汐井サラサ
リク番外編:愛猫と正しい休日の過ごし方
63/141

中の中編

 そして辺りがすっかり暗くなった頃、凄く不思議な夜だった。

 もう少し水辺に寄ろうとブラックに手を引かれて湖の淵に立った。畔で傍で仲良く並んで休んでいた馬たちもその身体を起こし佇む。


 いつもは白い月と青い月が煌々と夜空を明るくしているのに、今夜の月はとても控えめだ。そんなことを思っている間に突然それは起こった。


 一つキラリと星が流れた。


「流れ星っ!」


 思わず歓喜の声を上げるとそれを合図にしたように幾つもの星が放物線を描いて夜空を滑り降りていく。

 もう何度目かの凄いを口にした私の耳元でブラックがそっと囁く。


「足元も見たほうが良いですよ」


 その声に促されて首が痛くなるほど見上げていた顔を湖へと向けた。


「凄い、綺麗…… ――」


 水面を星が滑っていくようだ。湖面の色々な場所で光が点在し輝いては消えている。


「気に入りましたか?」

「うん! ……あ」


 ブラックの穏やかな声につい勢いよく頷いてしまった。

 なんだかちょっと子どもっぽかった気がして恥ずかしくて、ちらりと隣を見ると目が合ってにっこり微笑まれた。


「ああ、マシロ。この流星群の下で口付けを交わす恋人たちは幸せになれるそうですよ」


 いって間合いを詰めると緩く私に腰を折った。

 私は今でも十分に幸せだと思うけど、それが少しでも長く続くことを心から願うからブラックの声に応える。


「……んっ、ぅ」


 こういうときのキスは普通誓いの口付けのように軽く触れるだけと、相場が決まっているような気がするのに、唇が触れたとたん腰を引かれて固定されてしまった。抗議の声を漏らせば音も無く「駄目」といわれたような気がして私は観念してブラックの背に腕を回した。


 あっさり割り込んできた舌先が深く口内に侵入し私の舌を絡め取っていく。未だに深く口付けられると上手く呼吸が出来なくて私は直ぐに酸欠気味になって赤くなり涙目になってしまう。

 膝が折れそうになって腕に力を入れるとブラックが「あ」と声を漏らして少しだけ私を解放した。


 どうしたのかと目で問うと悪戯っぽい笑みを零して「終わっちゃいました」と告げて空を仰ぐ。私も釣られて空を見ると数え切れないほど流れていた星空は、しんっといつもの静寂を取り戻していた。

少しだけ残念だ。


「すみません。マシロが可愛い顔をして上ばかり見ているものですから、ちょっと妬けました」

「―― ……」


 てへっ。じゃねーだろ……。


 ブラックが連れてきたくせにそのいい草はなんだ。私は多少呆れたものの、まあ良いやと気を取り直した。何もいわない私に疑問を感じたのか首を傾げたブラックに「帰ろうか?」と告げる。

 雪の降る頃じゃないとはいえ夜は冷える。そうですねと頷いたブラックと一緒にまた馬に乗る。

 帰りは行きよりももっと気を使ったのかとても静かで柔らかな震動だ。


「エミルたちも見たかな?」


 いつもと変わらない星空を見上げて呟いた私に、ブラックは素直に嫌な顔をしてから「見てないと思いますよ」と答える。あんなに沢山の星が流れてあんなに綺麗なのに……どうして? と私が重ねて問う前にブラックが話してくれる。


「あんなに流れて見えたのはあの場所だったからで、王都ではそれほど見えなかったでしょうし、それに、誰も星が流れる程度のこと気に留めたりしません」

「そうなの? あんなに綺麗なのに」


 それを見ることもしないなんて少し残念だし勿体無いと思う。


「マシロならそういうと思いました」


 ふふっと笑い声を漏らしたブラックに私は背を預ける。そして夜の空と同じ色をしたブラックを見上げる。


「じゃあ、あのセオリーみたいなのはなんだったの?」


 誰も気に留めないなら恋人同士のお約束みたいなのが出来るはずない。物凄く尤もらしかったのになと思って眉を潜めるとブラックがまた笑った。


「そうだったら良いなーと思ったので、私が作りました」


 マシロの気も引きたかったのでと恥ずかしげも無く口にするブラックに怒る気も失せる。

 だから何もいわなかった私にブラックは「怒ってます?」と可愛らしく問い掛けてくる。怒られるのを覚悟しているのか頭上の耳がしょげているのが凄く可愛い。私は笑って首を振った。


「私もそうだったら良いなと思ったから許す」


 あーあ……好きとか愛とか恋とかどこまで人を馬鹿にさせれば気が済むんだろう。


 声に出来ない贅沢な愚痴を飲み込んで、前を向くと改めてブラックに体重を預ける。規則的な揺れが心地良く眠りを誘う。


 でも眠ったら落ちる。落ちたら痛いだろうな。

 馬は見ると乗るでは凄く違う。


 下から見ているときはそれほど思わないけれど乗ると地面からの距離はかなりある。眠気を殺そうとごしごしと目を擦った私に「落としたりしませんよ」と声が掛かった。その声に許しを得たようにうとうとと私は舟を漕ぐ。




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