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最終話:一生に一度の恋の行方

 お祝いは皆から沢山貰ったのに、今日も沢山持ち寄ってくれてティータイムは充実していた。

 だから余計に人気がなくなるとがらんとして見えた。


 日が暮れる頃、皆それぞれ家路に着いた。

 私はそれを見送ったあと店内をぐるりと確認して、噂の温室にももう一度足を運ぶ。


 ブラックが持ち込んだ植物は……生きてた。

 いや、全部生きてはいるんだけど、うん。動くんだよね。植物園で見た奴の小型版だ。荒らされないかと聞いたら肉食だから他のものを枯らしたりはしないといわれたけど……本当に問題はないのか。


 温室内をうろうろしていたそれを見下ろして嘆息する。


「害虫駆除に良いんですよ? それに実が生れば美顔薬にもなるので女性には大人気です」


 ふわりと背後から抱き締められてそう説明を重ねられる。もちろん居残っているのはブラックだ。


「ケテオセラってこんなものに生るの?」

「そうです。動いてるのは初めてですか?」


 初めてですよ。心の中だけで零した声に自ら脱力する。

 ねぇ、マシロ? と問い掛けつつ、耳を食むブラックに身体を捩って見上げれば夜の闇と同じ色の瞳に私が映っている。

 うん、と返事を返してブラックの髪に指を差し入れ引き寄せると口付けた。


「幸せですか? 私は貴方を幸せに出来てますか?」


 本当は寂しくないかと聞きたかったのだと思う。

 もう、元の世界に帰れないことを寂しく思うことはない。と、何度ブラックにいってもブラックは唯一自分の力及ばぬところだと哀しく思ってしまう。


「私は幸せだよ。有体だけどそれこそ怖いくらい幸せだと思う」


 本当にそう思っているのに、言葉にするととても軽い。ブラックは私の言葉に少しだけ微笑んだ。


「ねぇ、ブラックはどうしてそうではないと思うの?」


 問い掛けると少しだけ腕の力が緩んで私はブラックと向き合った。ブラックは「それは」と僅かに口篭って視線を彷徨わせたあと、意を決したように私の瞳を見詰める。

 ただそれだけで私の胸は高鳴るのに聞こえないのかな?


「時折泣いています。マシロは何か夢を見て泣いています」


 いわれて私はああと得心する。

 それで私がいつまでもしつこく元の世界に焦がれていると思ったのか。私は苦笑して、それでも話すかどうか少し迷った。遅疑逡巡したあと私はゆっくりと口を開く。


「元の世界を夢見て泣いてるんじゃないんだよ」

「では、何を夢見ているんですか?」

「……ごめんね……もう、絶対そんなことないって分かってるんだけど……分かってるんだけど、夢だけはどうにも出来なくて……独りを想って泣けてくるの」


 マリル教会の奥に幽閉されていた期間。傷の痛みと高熱と……孤独。


 レニさんを怨む気持ちも怒る気持ちももうゼロに等しい。でもそのときの感情だけはどうしても消えなくて、それは時折悪夢となって私の心に戻ってくる。

 きゅっとブラックの胸元を掴んでぽつぽつと告げた私をブラックは掻き抱いた。詫びるように強く抱きしめられて私は微かに笑った。


 苦しいよ、と零せば僅かに腕の力が緩くなる。


「私は幸せだよ」


 重ねた。


「私はそれよりもっとずっときっと幸せです」

「疑問が残るんだね?」

「まさかっ! 言葉にするとどれも軽くてなんていって良いのか分からないんです」

「口は上手いっていってたのにね」


 くすくすと笑うとブラックの顔は見えないけど、きっと子どものように不貞腐れて眉を寄せている。見なくても気配で機微が分かる。そのくらいはもう一緒に居た。


「私はとても浮いた存在だった。今もそうかもしれない。でも、少しずつ、少しずつだけど、この世界に、シル・メシアに根付いてきていると思うんだ」


 こうやって、私だけの場所も出来た。だから余計にそうあって欲しいと思う。


 さっきの冗談めかした話題ではないが、もし、もしも本当に私が子どもを産んでその子がまた誰かと恋をして生をつなげて行くことが出来たなら、きっと私はもうこの世界の住人だと思う。


 白い月の少女とかそんな馬鹿げた異質な呼び方ではなくて……もっとずっと普通の……うん。今のところは薬屋の店主ってところくらいで……。


だから……


「ブラック。長生きしてよね」

「……そんなに老体ではないですよ。いつまでも現役で居られるように善処します」


 私の言葉の真意が分からないほどブラックは鈍くない。


 ブラックは青い月だなんて崇め奉られる以前に種屋で多くの業を背負っていて……彼の最期は決まっている。

 僅かでも衰えれば消されるだけだ。


 そして、私は残される。

 そんなの……嫌だ……。


「でも……そのときには、私も一緒に……」

「……善処、します」


 ぎゅっと更に腕に力を込めたブラックの声は少しだけ掠れていた。




 


 白い月青い月二つ月

 紅く染まる月……在るべきものが在るべき場所に存在して初めて歯車は回り始める。

 回り始めた歯車は……カラカラカラカラ……もう、誰にも止められない


 止まらない歯車のひとつに組み込まれた私はずっと壊れるまで回り続けるだろう。

 叶うならその流れが穏やかであるように、人為的な崩壊が訪れないように私は祈り

 私を囲む歯車はそれを叶える為にゆっくりと、じっくりと、時をかけて回っていく。


 白い月 青い月 二つ月


 剣と魔法と素養の世界シル・メシアには今二つの月が浮かんでいる。



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