第五十五話:これが私の生きる道(3)
「騒がしいと思って来てみれば、なんですか? この人口密度の高さは」
「ブラック、カウンター座るのやめて。明日から使うんだから」
聞き慣れた声に振り返ると、いつの間にか出てきていたブラックに眉を寄せ、歩み寄ってしっしと追い払う。
ブラックはとんっとカウンターから降りると、私の左手をとりそっと指輪に口付けたあと、ぎゅーっと私にしがみついてくる。
あの日以来恒例のようになってしまった一種の儀式だ。
「マシロは私の子どもを産むんです」
こっちも爆弾発言かっ?!
「え、マシロちゃん赤ちゃん出来たの?」
「出来てませんからっ!!」
きょとんと可愛らしく聞いてくれたアルファに盛大な否定をする。
そんな私に、物凄く真剣な顔をして歩み寄ってきたのはカナイだ。ぽんっと私の両肩に手を乗せて真摯に告げる。
「最低でも男と女の一人ずつ。いやそれ以上頼む」
「はぁっ?!」
ぐぅを作った私にカナイは、一歩下がってお前知らないのかっ! と力説。
「獣族は優性遺伝なんだ! ほぼ確実に、お前らの子どもは獣族だ」
「そうですね。私は両親とも獣族なのでそうなると思います」
肩越しにそう頷いたブラックの耳が視界の隅に入る。
―― ……これか!
カナイの狙いはこれかっ! どこまでこいつは可愛いものに目がないんだ! つぅか、その狙いは変態だからっ! 私の子どもに何をするつもりだっ!
私はこめかみに青筋を立てたがふと冷静になって素朴疑問を投げる。
「優性遺伝の割りに獣族って少なくない?」
やわやわとブラックの頭を撫でてそういった私にカナイは、あー……と唸る。私もしかして拙いことを聞いただろうか?
「少ないんだよ。獣族が普通の人間と結ばれることは、ね?」
抱いていたナルシルをレニさんに返しながらエミルがぽつりと答え「こんなに可愛いのに?」と首を傾げた私に苦笑しつつも話を続けてくれた。
「獣族は仲間意識が強くてあまり人間を快く思っていない……のかどうかは分からないけれど、獣族が人間に好意を持つことはとても稀なことだと思うよ……」
ねぇ? と、話を振られたブラックは「私は獣族も人間もどうでも良いです。マシロが良いんです」と私の首筋に擦り寄ってから姿勢を正し「まあ、エミルがいうことは間違ってないですけどね?」と小さく嘆息する。
私の知っている獣族はギルド管理者の二人とミア工房のティンくらいだけど二人とも全然そんな感じではなくてフレンドリーなんだけどなと思ったけれど、きっとこういうのは私には理解できないほどの根深いものがあるのだろう。
「一応、このくらいあれば良いと思います。在庫は用意していないので明日から合間を縫ってご自分で用意してくださいね」
シゼだ。
店内の騒ぎをものともせず調剤室から出てきたシゼはカウンターの奥の棚に瓶とか箱とか、並べてくれる。
シゼが唯一の常識人に見える。
ありがとうとお礼をいいながらブラックを引き離して、カウンターに越しに商品を見上げる。
「マシロさんでは明日開店に絶対間に合わせられないと思ったから手を貸したまでです。あとは知りませんよ」
冷たくいい放つが、きっと助けてといえば手を貸してくれるのはこの場の全員が知っている。だから思わず笑ってしまうとシゼは顔を赤くして兎に角っ! と声を大にした。
「皆さんも何をしに来ているんですか? お祝いムードも結構ですが、それならそれで上に上がったらどうです。邪魔です」
「それもそうだね? ごめんね。シゼ」
「エミル様は良いんです」
そうか、良いんだ。
あははーと、笑いつつ私も皆を上に通すべきだった。私はそういうことだからと皆を促す。
「それから、ブラックさんも。ハクアが裏で貴方が持ち込んだ鉢植えに困惑していましたよ。温室を破壊される前になんとかしたほうが良いんじゃないですか?」
「あー……じゃあ、それはシゼに頼みます」
「ブラック。シゼは徹夜明けなの。何を持ち込んでくれたのか分からないけど、ブラックがなんとかして」
ね? と自分でも寒いくらい可愛らしくいってみた。カナイとシゼが引いていたが気にしない。ブラックは二つ返事で温室に消えていった。効果絶大。
「ねぇねぇ、マシロ。今の僕にもやって」
階段を上がりかけた私の袖を引いたエミルに「私も」とレニさんまで便乗する。俺はもう二度と聞きたくないと腕を擦るカナイは足蹴にしたいが強請られても困る。
「恥ずかしいから無理」
即刻却下した。