第五十三話:これが私の生きる道(1)
季節は巡って、私の一人暮らし生活も板についてきた頃、その知らせは届いた。
「ああ、居た居た。マシロさん。こちらにサインして」
カーティスさんの本の返却作業を手伝っている中。最後の一冊と、本棚に本を納めたところに走り寄ってきたのは相変わらず小さなチルチル先生だ。
ミチル先生……もとい、チルチル先生は私に封書を押し付けて、一枚の羊皮紙を近くの机に載せる。私より先に内容を把握したのかカーティスさんが「おお!」と声を上げた。
「凄いじゃないか! マシロ。これで薬師として店も出せる」
「え! じゃあ、この間の実技試験も通ったんですか」
「通ったから、こうやって許可証が王宮から届いたんです。今の学生証は返却しますから、出してください」
淡々と事務作業をこなしていくミチル先生……チルチル先生に私とカーティスさんは顔を見合わせて苦笑したあと、いわれたとおりサインをしたり学生証の返却を行った。
小さな両腕に書類一式を抱えたチルチル先生は最後にひと言だけ「おめでとう」と付け足してちょこちょこと職員室へと戻っていく。
カーティスさんはここに来るときには本が山と載っていたカートを押し、立ち去り際に手伝いへのお礼とお祝いを告げて、私の頭をくしゃりと撫でると鼻歌交じりに去っていく。
私は入学したのも変な時期だったし、ここを出てからは変則的な授業だったから他の生徒とはずれた時期の試験だった。
ごそごそと貰った封筒を探ると学生証と同じような小さな手帳と小冊子が入っている。
小冊子にはこれからの進路的なものが書かれていて、このまま研究員となることを強く押していた。
研究員になれば外から通うのも駄目ではなくなる。
実際研究員には家庭を持っている人も居るし、学生とは違う階位になるから今までの校則的なものは全て除外される。
でも、私は町で薬屋さんをすることに決めている。
ブラックが予想したとおり、私の家の一階は今もがらん、と空いたままだ。最初はテナント募集の張り紙もしていたが途中で諦めてクローズの札を掛けておくだけになった。
何もない空間はとても寂しい。
だから私は早くそこを埋めようと、これまであまり力を入れていなかった勉強にも力を入れてそれなりに頑張った。
そんな私に飲んだ種は応えてくれたのだろう。私はこうやって無事に薬師の資格を得た。許可証の最後には王家の徽章がでんっと押されている。
国家資格みたいなものかな?
私は直ぐにでも皆に知らせたい気持ちを抑えて、持ってきていたペンと紙を机の上に広げる。これはカナイに貰った品で、用件を認めて飛ばすと相手まで届けてくれるものだ。
最初は半信半疑だったが、他に王宮まで無条件で直ぐに届く連絡方法がなくて利用していたら、結構有能だった。
魔法雑貨を扱っている店では、珍しくない品らしいが正確性が問題視され、私ほど遠くに飛ばす人は居ないようだ。
因みに私のはカナイのお手製だから、これまで郵便事故にあったことは一度もない。
まずはエミル宛に合格を認めた。
多分、カナイとアルファにも伝わると思ったけど、二人にも大体同じ内容で書いた。マリル教会にも宛てた。そして、もう一枚白紙を用意して、私は机をコツコツと叩く。
「うーん」
唸ってちらりと左手に納まっている指輪を見る。もうあれから結構経つのにそのときの気持ちが蘇って、ほくそ笑んでしまう。
「まあ、良いか」
ブラックには口頭で伝えようと決めた。
何より、神出鬼没だから今どこに居るのか良く分からないブラックへの手紙は、私の部屋へ戻ってくることが多かった。それと同時に大抵本人が私の部屋に現われる。
大窓から差し込んでくる陽光にキラキラと石が煌く。
『凄いわね。それはね、愛の叶う石だといわれているのよ? 女の子は皆憧れるわ』
アリシアに、そう教えて貰ったとき凄く嬉しかったのと同じくらい凄く恥ずかしかった。
そして私の杞憂だった話をすると物凄く笑われた。でも、ひとしきり笑ったあと「良かったわね」といってくれたアリシアの顔が素直に暖かくて華やかで良く覚えている。
「一人でニヤニヤしているのは不気味だと思うわ」
かたんっと私の正面の椅子が動いて音を立てると、そこに腰掛けた人物が声を掛けてくる。顔を上げればアリシアだ。
「資格取れたってチルチル先生から聞いたわ。おめでとう。やっとオープンの看板が出せるわね?」
くすくすと訳知り顔でそういったアリシアに私も頷く。
アリシアはあれからやっぱり種を飲んだ。代金は拝み倒して分割にしてもらい以前の私のようにギルド登録をして依頼料を返済に充てている。
それもそろそろ終わるころだと思う。
アリシアは私と違って世渡り上手だから稼ぎ始めたら早かった。
「アリシアは上級階位を卒業したらどうするの?」
今、最上級階位にはシゼが居る。
でもそんなところまで上り詰められるのは、ほんの僅かな人間だけらしい。だから基本的に上級階位を通れば大抵の資格取得資格は得られる。
「あたしは家に戻るわ。うちの無駄になっているハーブ園を整えて、盛り返さないと食い逸れる家族が居るのよ。うちの男共は役に立たないのばかりだから」
そんな憎まれ口を叩きながらも、家族の話をするときのアリシアは嬉しそうだ。これまであまり知らなかったのだけどアリシアはかなり生活苦をしょっていた。アリシアの行き過ぎた現実主義者っぷりはそんなところから来ていたようだ。
「そのうち、マシロのお店にも卸させて欲しいわ。良いのを育てるから」
くすくすと笑いながらそういったアリシアに私は二つ返事でもちろんと頷いた。
ひとしきりアリシアと話をしたあと、私は図書館を出た。
話しながら折った紙飛行機を一応王宮のあるほうへ向けて飛ばすと、ぐんっと風を切って高いところを飛び去った。見えなくなるまで見送ってから私は帰り道を急いだ。