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第五十二話:恋人に望むことはなんですか?(2)

 それなのに、しょんぼりと下がってしまっている耳と所在なさげに、ぱたんぱたんっと、ソファを打つ尻尾に毒気がどんどん抜かれてしまう。


「マシロの想像通り、あの人からは大して参考になるようなことは聞けなかったので……図書館で少し蔵書も漁ったんですけど……」

「図書館に来てたのに、顔も見せてくれなかったの?」


 これには今度は私が少し傷付いた。


 そんな私の様子にブラックはまた少しだけ視線を彷徨わせたあと、はぁ……と嘆息してぽつぽつと話を続ける。


「私が図書館に行ったのは色々と事情がありまして、夜も遅かったですし、マシロはとっくに寝ている時間でしたから」

「そんなのいつも気にしないでしょう?」


 それに私は最近ゆっくり眠った記憶なんてない。


 浅い眠りの中を漂っているだけだったのだから、僅かな物音でも目を覚ましたはずだ。

 ブラックが顔を出してくれていたらどれだけ、ほっとしたか分からない。しゅんっと俯く私にブラックは「それに……」と話を続ける。


「私自身、答えも見つけていないのに、マシロの顔を見たら絶対、この間我慢した所為で抱き締めてキスして確実に押し倒す自信があったので……それでは我慢した意味がないなと……」


 どこに自信を持っているのか、もうよく分からない。


「じゃあ、答えは見つかったの?」


 短い溜息と共にそう訪ねた私に、ブラックはまたまた、しょぼーんと耳を下げた位置で揺らした。


 ―― ……どうしよう。


 なんかそれだけで何があっても私は許せそうな気がする。アニマルセラピー……。って和めない! 和めるわけない! と思っても、耳と尻尾が視界に入るとちょっと負ける。


「私にはやはりこうという決め手はなく、分かりませんでした……だから、マシロに聞いてみようと思って……」


 最初からそうすれば良いのに。


 私もそうだけど、ブラックも酷く遠回りをしている。

 お互いどうしようもないなと思うと微かに笑いが漏れてしまいそうになる。


「ねぇ、マシロは……マシロはどう思いますか?」

「結婚がどうのという話? そんなこと急に振られても良く分からないけど、全然考えてなかったし……そういえばこっちは十七で大人なんだから、結婚適齢期なんて時期も早いんだよね? うーん……んー……別にそれだけが想いの形じゃないんじゃない?」


 締め括ると、ぱっとブラックの表情が明るくなった。


 忙しい奴だな。


 実際元の世界でも晩婚化が進んでるし、結婚しない人も多い。家庭に入るというのも悪くはないと思うけど、自分の仕事を持って適度に恋をしていつまでも輝いている女性には同性として少し憧れる。だから特に拘るつもりはない。


「良かった、マシロがそう思ってくださるなら……」


 本当に悩んでいたのか胸を撫で下ろしたように、一度深呼吸したあと「先程の話ですが」と切り出した。

 先程ってどの辺りの話だろう? 私は無言で続きを促すようにブラックを見た。


 ブラックはさっきまでのしょげ返っていた姿を一掃している。


「私としたことがうっかりしてたんです」


 にこにこと嬉しそうに話を続けるブラックに、私は何? と、首を傾げる。ブラックは、話を続けながらそっと私の手首に触れた。そこにはお守りのように紅珊瑚が揺れている。


「カナイやエミルでもマシロに贈り物をしているのに、私は何もしていないなと」

「は? 私、ブラックからはいっぱい貰ってるじゃない」


 それこそ、一々上げたらキリがないほどだ。それなのにブラックは首を振る。



「そんなの必要最低限のものでしょう? 贈り物だなんていえません」


 十分です。と、思わず肩を落としてしまった私の前にブラックはひょいと小さな箱を出した。


 ピアスとか指輪が入るくらいの小さな箱に可愛らしくリボンが掛かっている。


「これを用意していたんです」


 突然のプレゼントに困惑し、誕生日でもなんでもないのに……と、ぽつと零した私に「では、今日を誕生日にしたらどうですか?」と、とんでもなく適当なことをいう。


 あのねぇ、と、眉を寄せた私をブラックは気にすることなく、なんでもない日でも良いじゃないですか。と微笑み、取った私の手に箱を乗せ、リボンをしゅるりと解いた。


 こういう強引さはブラックらしい。


 中に入っていたのは宝石用のケースだ。ブラックはそっとその蓋を開けた。


「綺麗……」


 中央に落ち着いた色を湛えるピンクダイヤが赤銅色の台座にゆったりと腰を据えるように収まっている。


 そっと取り上げると指輪だ。


「キカルにいったりしたのこの為?」

「あ、あれ? どうしてマシロがそのことを知ってるんですか? なんか必死になってたみたいで恥ずかしいじゃないですか」


 カナイから聞いたことは伏せたほうが良さそうだ。


 ふふっと微笑んだ私の手の中から、ブラックは指輪を取り上げると左手の薬指にそっと挿しいれた。 こちらでも意味合いは同じなのかな? 今日初めて身につけたのに、昔からそこにあったように落ち着いて煌く石に暫し見惚れる。


「やはりよく似合いますね。嬉しいですか?」

「うん……嬉しい……」


 嬉しい……。


「良かった。でも、指輪は調剤するときに邪魔ですよね? チェーンも用意したので、コレに通、せ、ば……マシロ?」


 細長いケースから同じ色のチェーンを取り出したものの、それを私に手渡すことはなく、気遣わしげに私の頬をそっと撫でた。


 私は恥ずかしくも、馬鹿馬鹿しくも……

 泣いてしまっていた。


 我慢しようと思えば思うほど涙は止まらなくなって、仕舞いにはしゃくりあげてしまう。


「ご、めん、私、良くないことばっかり考えて……馬鹿みたい」


 一気に気が抜けた。張っていた緊張が全て解けてしまって、もう本当駄目だ私。


 顔を拭おうとする私の手を取って、ブラックは止まらない涙を片手で拭って頬を包むと、そっと目尻に唇を寄せ微笑む。


「そうですね。馬鹿みたいです……でも、そうさせてしまったのは私ですし、気がつけなかったのも私です。マシロ……行き届かなくてすみません」


 本当に、本当に、こいつは私を馬鹿みたいに甘やかす。


「とはいえ、何故捨てられるとかそのような馬鹿な発想になるんですか?」

「……だ、って。さっき、もいった、でしょ。ブラックが私に、分かるような隠しごと、する、なんて、変じゃん。口数も、少なかったし……」

「そ、それだけですか? 私の愛はそれだけで疑われたわけですか?」

「それだけって、こともないけど、大体それだけだよっ仕方ないじゃんっ! 別に疑ったわけじゃなくて、私はいつも、自分に自信がないんだよっ!」


 ぺいっとブラックの手を払って、ごしごしっと止まらない涙を拭いつつ、やっぱり最終的に逆ギレする私にブラックが笑ったのが分かった。


「だから、マシロは自分を過小評価しすぎなんですよ」

「仕方ないでしょ。私は何も持ってない」


 人から評価されるほどの何か、なんて……私は一つも持っていない。

 元の世界でも、シル・メシアでも与えられてばかりだ。


「何も持ってないは酷いですね」


 ほんの少し傷付いたように零したブラックに私は驚いて顔を上げた。

 ブラックは僅かに眉を寄せ、微笑むと頬を摺り寄せて続ける。


「マシロは私の全てを持っているんです。せめて、私に愛されている自信くらい失くさないで下さい」

「だ、だから、その理由が……っんぅ!」


 ブラックの腕の中でもがいた私を離すつもりはないのか、がっつりと抱き締めて、次の台詞を遮るように唇を奪った。

 割り入ってきた舌が深く甘く口内を犯し、うだうだと考えたり悩んだりするのが面倒になる。

 遊んでいた腕をブラックの背に回すと、うっすらと瞼を持ち上げる。


 ふと視線が絡むとブラックは僅かに離れた。


「私は口が上手いので幾らでもマシロに理由くらいつけて差し上げられますが、そんなことよりも今は少しでもマシロに触れたい。繋がって居たいです」


 真っ直ぐ瞳を見据えられ、時折触れる唇から紡がれる言葉に逆らえるはずもなく、私は回した腕に力を込めた。


「マシロも、そう思ってくださるときがあるようですから」


 そっと耳元で繋がれた台詞に私は、かっ!と頬が上気した。

 そんなわけない! と、暴れたかったがそんなこともう許されなくて、反射的に振り上げた手は、ブラックの長い指に絡め取られた。


「打たれるのも悪くないですが、今は、もっと……」

「んっ」


 耳に這う舌先に頭に上がってしまっていた熱が全身に行き渡る。


「今の季節は夜が長いことだけが利点ですね」


 ふっと妖艶に微笑んだだろうブラックの吐息が、私の脳をすっかり麻痺させた。


 大好きな人の腕の中で、私は深く堕ちて行く。


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