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第五十一話:恋人に望むことはなんですか?(1)

 ―― …… 別れを直感したならこちらから切り出して差し上げるくらいの心意気で居ないといけないわ。

 って、なんでこのタイミングでアリシアの台詞を思い出すの! 私っ!


 歩きながら、うぬぅっと眉を寄せた私にブラックは気が付かない。

 やっぱり、変なの。

 いつもならどんな瑣末な動きでも気を配ってくれてたのに。

 自分が過剰なのは分かってる分かってるけど、胸が痛いよ。ブラックが何を考えてるのか良く分からない。あ、でも、それはいつものことか? 思わず嘆息したのにそれでもやっぱりブラックは無反応だ。




「わぁ、可愛い」


 会話らしい会話もなくアルファから聞いたとおり、大通りから一本奥に入った通りに家はあった。

 話していた通り一階は店舗部分になるのか、がらんとしていたがブラックのこじんまりは、予想通りかなり広い。

 建物自体は買収したような話だったけど、リフォームはブラックの好みだろう。少し種屋と似ている。


「一階は店舗の他に、奥に温室と調剤が出来る部屋と乾燥庫があります」


 二階に上がる階段の傍で、ブラックが廊下の先を指差しながら話してくれる。


「広くない?」

「そうですか? 手狭かなと思って、両隣も加えて建て直そうかとも考えたんですけど」


 我慢してくれてありがとう。


 そんな引っ越して直ぐ近隣問題が上がるようなことしないでくれて。そんな話をしながら階段を上がる。

 取り合えず扉を数える。5つだから思ったよりは少なくて良かった……少ない、かなぁ? あ、まぁ、扉の数だからね。うん。


「とりあえず、こちらが書斎でこの奥が寝室に繋がってます。一応、生活に必要そうなものは揃えておいたのですが、足りないものや必要なもの、いって頂ければ用意します。寝室のサイドテーブルの上に瓶も用意しておいたので、好きなように買い足して頂いても構いません」


 いって開けた書斎は、寮の部屋と同じくらいの広さだから馴染みがある。

 本棚には私が好きそうな本と、必要そうな本が並んでいる。


 暖炉の前にはカウチソファとローテーブルが置いてある。

 一通り説明を受けて書斎に戻った。とりあえずの感想は、一人暮らしの家じゃない。

 だけど、多分狭い家とかで生活したこと、これまで一度もないんだろうな。ブラック。

 本当にこんな感じで大丈夫なんですか? と、何度も聞かれた。元の世界の私の家なんてすっぽり入ってしまいそうな建物なのに、広さに不満だなんて。


 やれやれと溜息を零した私に気が付いてブラックは私の顔を覗き込む。


「何か足りないものでも?」


 問い掛けられて首を振る。


「結構歩きましたし、疲れました? 細かなことは明日以降に回して、食事にでも出ますか? それともここで用意しましょうか?」


 日が落ちてきたので、ぽふっと暖炉に火を入れてくれた。


 私はそれにも首を振り、カウチソファに腰掛ける。

 ごろ寝用って感じだけど、ぐんっと高い肘掛に肩を預け暫し黙する。ブラックはその隣に腰掛けてテーブルにお茶の準備をしてくれる。


 どうぞ。と、勧められありがとう、と、応えるとそのあと暫らく無言のときが流れた。

 別に二人で居ても四六時中話しているわけではないから、普段と変わりないといえば変わりないのだけどどうにも居心地が悪い。


 私は用意された紅茶を一口喉の奥に流し込んで一息吐く。


 ―― ……こんなの嫌だな。


 そう思って、意を決すると私はテーブルにカップを戻してブラックを見る。

 思ったことが一緒だったのか第一声が被った。


 お互いに曖昧な笑みを零して譲り合ったあと、発言権はブラックに渡った。


「あの、最近何かありました?」

「別に」


 真っ直ぐブラックの顔を見ていられなくて私は、再びソファに体重を預けて暖炉の火を眺めた。寒いなんて感じなかったけど、暖炉の火はなんだか温かみがあって良いなと思う。


「最近もマリル教会に行ってますか?」

「え? ……ああ、この間カナイの用事で一緒に着いて行ったりギルド依頼で行ったりはしたけど、それがどうしたの?」

「え、ああ、いえ、なんでもないです」


 歯切れが非常に悪い。

 おかし過ぎるだろ。


 いつものブラックなら絶対こんなことないと思う。

 いい難いことでも悪びれる風もなくあっさり口にしてしまうのがブラックだ。


 私はワザとらしいくらい大きな溜息を吐く。


 ―― ……もう、良いや。


 はっきりしないのはとっても気持ちが悪い。 覚悟は決めた。

 私は座り直すと隣に居るブラックを見た。二人の間に開いた微妙な距離に胸が痛い。


「いいたいことがあるならはっきりいって。聞きたいことがあるならはっきり聞いて。私、もうこんなの嫌だ!」


 浮かびそうな涙を堪えてぴしゃりといい放った私に、ブラックは僅かに驚いた風だ。

 しかし、同時に何かを決意したように膝の上の拳に、ぎゅっと、力を入れごくりと喉を鳴らした。そして、教えてくださいと切り出した。


 心臓がドキドキを通り越してドンドンと激しく打っていて息苦しい。大きく一度深呼吸してからブラックはゆっくり、しかし、はっきりと口を開く。


「マシロは結婚したいですか?」

「は?」


 私は物凄く間抜けな声を出したと思う。

 聞かれるとしても別れたいか、別れたくないか、とかそんな話だと思っていた。予想していなかった単語に次の言葉が出ない。


「ですから、結婚です。マシロも女性ですからやはり婚姻関係を望むんですか?」

「は?」


 尚も重ねた疑問符にブラックは少しイラついたのか、むぅっと眉を寄せる。


 その怒り方は可愛いから。

 ぴったんぴったんソファを打ってる尻尾と同じくらい可愛いから。


「なんで、そんな話なの?」

「なんでって、この間レニ司祭に求婚されていたとき、マシロ嬉しそうでした。だから、レニ司祭は罪人なので結婚相手としてはどうかと思いますし、物凄く不愉快ですけど……」

「ちょ、ちょっと待ってストップストーップ!」


 慌ててブラックの口を両手で塞ぐ。

 話を続けたそうだったブラックは、ふがっと息を詰めてどうして止めるんだろう? と、いうような視線を投げた。


「嬉しそうなんかじゃなかったから! 絶対ないから! 吃驚しただけだからっ! ちょっと、待ってブラック、それで、そんなことで最近様子がおかしかったの? というかそれ凄い前……そんな前から、そんな、馬鹿なこと……」


 私の台詞にブラックは数回瞬きしてそっと私の手を両手で取ると自分の口元から下ろした。


「おかしかったですか?」

「おかしかったよ」


 即答した私にどの辺りがと目が問い掛けている。私は、深い溜息を吐いた。


「私の話は聞いてないし、機微に気が付かないし、ぼんやりしてたし、週末以外部屋に来てくれることもなかったし……兎に角凄く変だった。私、てっきり」


 いい掛けて口を噤むと、ブラックがなんですか? と、続きを待つ。


 口にするのが怖くて、首を振ったがそれで許してもらえる雰囲気ではなくて、私は凄く小さな声で「捨てられるのかと思った」と呟いた。

 その言葉をブラックは笑い飛ばすことなく、驚いたように目を丸めたものの直ぐに「まさか」といつもの笑みを浮かべて私を抱き寄せた。


 「私が駄目でマシロに捨てられることがあったとしても逆はないですよ。いったじゃないですか、私にはマシロしか愛せないって」


 ぎゅっと回された腕に力が篭る。


「不安にさせていたんですね? 本当にすみません。一度は気にするほどのことでもないのかなと思ったんですけど……そんなことに関係なく、マシロは私を愛してくれているようでしたし……ですが、有耶無耶にしておくと、いつまでこうしていられるのか見当も付かなくて、私にそんなこと教える人は居ませんでしたし……」

「結婚云々?」


 もぞりと腕の中から顔を上げると「ええ、まぁ」と頷いたブラックは顔を赤くしていた。


「やはり女性はそういう形式を大切にされるということでしたし……とは、いっても私も色々考えたんですけど、やはり種屋は家庭を持つべきではないと思うんです。そうなると、行く行くそのことでマシロを悲しませたらどうしようかとか、でもだからって手放すのは絶対嫌で、どうして良いのか分からなくなってしまって……」

「因みにそれは誰情報?」


 腕を突っ張ってブラックの腕の中からもぞりと顔を上げて、問い掛けるとブラックは私から視線を逸らした。あからさまに怪しい。誰?と重ねると渋々口を開く。


「ジルラインです」


 ジルライン……なんだか凄く最近聞いた名前のような気がする。私は、刹那考えて直ぐに思い至る。


「お、王様に、そんなくだらない話したのっ!」


 あっさりくだらないといってしまった私に、ブラックは物凄く傷付いたという風に声を上げたが直ぐに萎んでいった。


「くだらなくはないですよ! 私にとっては死活問題です。それに、その……仕事のついででしたし……」


 ブラックの仕事ってことは、人の生き死にとか種関係だ。

 そんな重たい話の次いでで、聞くようなことじゃないと思う。


 それに相手は五人も奥さんの居る人なのに、そんな人が普通の感覚を持っているとはとても思えない。


 私は呆れて二の句が告げなくなった。


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