第五十話:引越しセンターとかないよね
「……カナイ」
「今の忘れろ。なんか凄い柄じゃない。寒い。俺何いってるんだ……」
苦し紛れに人の頭を掻き雑ぜる。
混ぜるなら自分の頭にしてくれ。
はたと我に返ったカナイが、悪いと謝罪してぐっしゃぐしゃにしてくれた髪を梳き整えてくれている。これまた珍しいことだけど、髪を触られるのは嫌いじゃないからしてもらう。
「あとさ、これは俺の予想だけど」
「何?」
この際なのでなんでもいってください。
「お前がこっちに戻るとき……それを俺らに手伝わせたのも、同じような理由じゃないかと思うんだ……」
「……それはまた、買い被りすぎじゃない?」
思わず苦笑した私にカナイは「どうだろうな?」と苦笑して肩を竦めた。
確かにブラックがどこまでも見通して何をしているかなんて、私にも図れないから答えもないのだけど……とりあえずは……
「カナイがいってくれることは分かるけどさ、分かったけどさ……じゃあ、何を隠してるんだろう? 今だっていつもなら、どこでどこから聞いてたんだよっ! て、突っ込みたくなるくらいなタイミングで出てきても良いのに来ないし。やっぱり私あからさまに避けられてるじゃん」
腰を降ろしていたベンチの上に足を乗せて膝を抱え顎を乗せる。
身体が冷えてきたから丸くなるとちょっと暖かい。
ぶっすーっと不貞腐れた私にカナイは「そういえば」と今思い出した風に口を開く。
「なんかあいつ探し物してたみたいだぞ? 鉱石だかなんだか? レアなものだったと思う。王都の中で見かけなかったか聞かれたから、原産地に行くしかないんじゃないかって……確かキカルだ」
キカルってどこ? 遠いの? と、問い返した私にカナイは白い目を向ける。地理くらい把握しとけという無言の圧力だ。それでもカナイは説明してくれる。
「海を渡ったところだよ」
「ここ以外に国があるの?」
「国じゃない。町だ。王が居るのはここだけ。王家に近しい貴族が納める領土だな。あいつになら距離は関係ないだろうから夜はこっちに帰ってるだろうけど昼間は手が離せないんじゃないか?」
私はもう、ふーんとしか返すことしか出来なかった。
そして、今週もブラックは余分に姿を見せることはなかった。
私の不安は増すばかり。
行き場のない苛々が募る。
カナイに答えたとおり、私はブラックを信じてる。信じてはいるけどそれとこれとは別問題だ。
そんな私のことを心配したエミルたちは、極力、私をひとりにしないように気をつけてくれているようだったけど、私は自分から一人になることを選んでいった。
悪いとは思ってる。
思っているのだけれど……空元気でもそれを行うのは今の私には無理だった。どちらにしても心配をかけてしまうのだったら、一人でぼんやり黄昏て居るほうが良い。
そして私が何かの答えだすことも、時間は待ってはくれなくて……人伝で聞いた引越し日は近づいていた ――ていうか直接いいに来ないとはどういうことだ―― ぶすっと不貞腐れたまま私はスーツケースに蓋をした。
でも、そういえば引越しの準備なんて誰もいわなかったな? こっちの世界で引越しってどうやるんだろう? 最初は私何も持ってなかったから全部こっちで用意したし……もしかしたら、準備なんていらないのかも。
ふとそう思い至ったらそんな気がしてきた。
「やーめた」
馬鹿馬鹿しくなってきて、私はベッドに大の字でごろりとする。
大抵、このタイミングで人は入ってくるのか、今日も例外なく鍵も掛けていなかった扉をノックと同時にエミルが開いた。
飛び起きた私に「あ、ごめん」と短く詫びたけど、いつものことでお互い慣れっこになってしまった。私はベッドの端に腰掛けると歩み寄って来てくれたエミルに顔を向ける。
「これが、書類と、新しい学生証。アルム学長が直接サインしてくれたらしいから……図書館内でも外でも身分証として使って大丈夫だよ」
エミルは私の傍に膝を折ってベッドの上に書類の類を並べて説明してくれる。
「あと、午前中は駄目だけど、午後は暇な先生が個人授業をしても良いっていってくれているらしいから、彼らの負担にならない範囲でお願いしておいたから、存分に使うと良いよ」
「それじゃ、結局負担になるんじゃ」
「大丈夫大丈夫。彼らは教えるのが仕事だからね。負担になるならないは建前。使えるだけ使って問題ないからね」
いい切った。
にこにこと微塵も気にすることなく……王子様の人使いの荒さは素晴らしい。
「そういえば、エミルたちも寮を出るんだよね? 準備とかないの?」
「準備? ああ、荷物はカナイが必要なものだけ送ってくれるし不要なものは寮監さんが処分してくれるから特に必要ないよ。それに直ぐに誰かが入る予定はないから急ぐ必要もない」
にっこりとそういったエミルに私はやっぱりなと肩を落とした。
エミルはふと部屋の隅にあったスーツケースに目を留めて「ああ、ごめん」と謝罪した。
「もしかして自分で運ぶつもりだった? ちゃんと説明が足りてなくてごめん」
「良いよ。途中でそうじゃないかと思ったから止めたところだったの。皆忙しいんだもん、仕方ないよ」
これから一人の時間もずっと増えるんだから、この位で寂しいとか思うのは駄目だと、ちゃんと分かってる。
「私、先週末からブラックに会ってないんだけど」
本当に今日なのか? と、続けるとエミルは、はぁ……と、ふっかい溜息を落とし前髪をかき上げる。
そして、何をやってるんだろうね。あの猫は……と、私の替わりに愚痴る。
その姿に私は苦笑し、ほんの少しだけ救われる。
「日が沈むまでには迎えに来ると思うよ? 僕はこのあとちょっと王宮に戻らないといけないから、今日は無理だけど近いうちにマシロの家に行きたいな?」
招待してくれるよね? と、にこりと微笑まれ私はきょとんとしてしまう。その様子にエミルは「ん?」と首を傾げるから私は慌てて取り成す。
「も、もちろん。いつ来てもらっても良いよ。で、でも、大丈夫なの? 王子様が街中ふらふらしてて」
「大丈夫だよ。確かに毎日は無理かもしれないけど、僕だって出来る限りマシロに会いたいよ」
真顔でいわないでください。王子。
ふわふわと柔らかいもので包まれたような心地になる。
赤くなる顔を隠すように、私はベッドの上に並べられていた書類を纏めながら、ありがとう。と、告げる。
私の慌てぶりが楽しかったのかエミルはくすくすと笑って立ち上がり「さて、と」と口にして何か他に伝え忘れはないかと、やや思案する。私は資料を抱えて立ち上がりエミルの続きを待つが特になかったようだ。
エミルは、何かあったら直ぐに連絡をするようにといって部屋を出たけれど、連絡ってどうやってするんだろう? お城の住人へのアポの取り方なんて知らない。
廊下まで出てきていたカナイたちと合流して、寮を出て行く皆を見送って私は部屋へ戻る。
そのタイミングを見計らったように、ブラックは部屋に現われてなんのわだかまりもないように「お待たせしました」と微笑む。
うん。と頷いたものの、なんだか胸の辺りがずしりと重くなりきりきりと痛む。カナイはああいってたけど、明らかにおかしいブラックの態度に不安にならないはずはない。
「少し距離がありますが、歩きますか?」
「そうだね。ぽんっと行っちゃうと場所が良く分からないから歩くよ」
手ぶらで良いの? と問うと、あとで一括しますから構いませんよ。と、微笑まれる。
いつもと変わらなくも見えるけど、僅かな緊張を含んでいるようにも感じる。
私は頷いてブラックの手を取ると、きゅっと握り返してもらえてほっとする。
大丈夫。
―― ……大丈夫……だよね?




