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第四十九話:そんな役回りでも少しはお得

 こんな風になる前から、別れる別れないのシュミレーションは何度もした。

 だから大丈夫だと思ってるけど、そういえば私、ブラックに家庭教師まで頼んでたんだった。ブラックのことだからきっとそれは守ってくれそうだ。


 でも私にはきついな。

 うん。それだけは断ろう。うん。


 私はアリシアに話を聞いてもらったあと、ぼんやりと考えていた。だから結局、うとうととしたのは明け方で、私は午前中もずっと起きられなかった。


 ―― ……コンコン、コンコン


 何度も何度もしつこいくらいに鳴り続けるノックの音に、私はようやく眼を覚まし重たい身体を持ち上げた。

 ごしごしと目を擦っていると、扉の外から聞きなれた声が会話しているのが聞こえる。


「……中に居るんだよね?」

「んー、居ると思うけど」

「僕、ドア破壊しましょうか?」


 エミル、たち、か……ふわぁぁぁっ。何? こわ……


「壊さないでっ!」


 慌ててドアノブにしがみついた私はドアを押し開いた。


「ほら、居ただろ?」

「あれー、マシロちゃんお寝坊さん? もうお昼ですよ」


 呆れたようなカナイの声に、底抜けに明るいアルファの台詞。良かったと胸を撫で下ろすように息を吐いたエミルが扉の前に立っていた。


「えっと、その、大丈夫です。ごめん、ね?」

「良いよ。大丈夫なら。もしかしたら部屋で倒れているのかと思ったんだ。最近調子良くないみたいだったし……僕とアルファはこれから王宮に向かうけど、マシロはカナイとお昼でも食べると良いよ。お腹空いてると良い考えは浮かばないからね?」


 エミルの王子様スマイルに、ありがとう。と、答えるとカナイが「え? 俺!」と驚きの声を上げている。


 予定にはなかったようだ。




 着替えてくるから待ってて、と、カナイを廊下で待たせ私は手早く身支度を整えて廊下へ出た。お腹はあまり空いてないけど、多分頭がぼんやりしているのはろくに食べていない所為だろう。


「付き合わせてごめんね?」

「もういい。別に俺は王宮にそんな用事ないしな」


 食堂につくと人は疎らだ。

 時間がずれている所為だろう。


 私を席に着かせカナイがランチを取りに行ってくれる。普段ならそんなことしてくれるタイプじゃないけど、どうも足元が怪しいと突っ込まれた。


「あれ? カナイは食べないの」

「俺は食った」


 いってティーポットからカップに静かに紅茶を注ぐ。

 動かない私に「食えよ」と念を押した。私はやや黙したあと嘆息してフォークを手に取った。取り合えずサラダとか摘んでみる。


 暫らくだらだらと私が食事をしている間、カナイはいつもと変わらず読書をしている。本のタイトルからして古代語だから私に理解出来る範囲のものじゃないことは分かった。


 私の視線に気がついたのかカナイはぽふっと本を閉じて、掛けていた眼鏡を外すとあー……と唸ってから、諦めたように嘆息して話を始めた。


「アリシアから聞いた」


 どきんっと心臓が跳ねる。


 アリシアはエミルに頼まれたっていってたし、そりゃ伝えるよね。それに、特に内緒にして欲しいなんていわなかったし……。


「へ? あ、ああ。あはは……心配掛けてたんだよね。ごめんね?」

「そりゃあれだけわざとらしければ普通変だと思うだろ」


 呆れたような台詞だけどいつもほどそっけなくはない。カナイは、取り合えずと口火を切った。


「気になることがあるなら、本人に聞いたほうが良いぞ?」

「……カナイってデリカシーないよね。聞けるくらいなら聞いてるよ。私だって怖いの……べ、別にね、そういうことがないとは思ってないよ。だって、私だし。だから、私だってちゃんと考えてたんだよ。考えてたよ、一人でもちゃんとやっていけるように」


 考えてたよ。と、繰り返すと、昨夜に引き続き、ずーっと我慢していた涙がはらはらはらと零れてしまった。

 カナイが慌てた様子でガタっと椅子を鳴らしたので、慌てて拭うがその程度で止まるようなものではなくて涙はあとからあとから溢れてくる。


「分かった! 分かったから落ち着け。お前が切羽詰ってたのは良く分かった。泣くな、こんなところで……俺が泣かせてるみたいだろ?」


 場所変えるぞと、カナイは慌てて立ち上がると、私の手にハンカチを握らせて「先に出てろ」と背中を押した。





 憎らしいほど今日も天気が良い。

 冷たい風が火照った顔を冷やしてくれて心地良い。


 屋上庭園の一角で赤くなってしまった鼻をハンカチで隠すように抑えて深呼吸。少しだけ落ち着いた。


「お前さ、あいつのこと信じてないの?」


 俺は信じてないけど。そういって肩を竦め、あっさりいい切ったカナイに笑った。


「私は信じてるよ?」


 なんでそんなことを今更、と、赤くなった目を隠すことなくカナイに向ける。カナイは、困ったように笑ってウサギみたいだと皮肉ってから話を続けた。


「それならそれで良いだろ? 正直、俺らからすればあいつがお前と別れたいとか思ってるとは微塵も思わない。いや、有り得ない、馬鹿馬鹿しい。世界が消滅するよりないことだと思う」

「いや、いい過ぎ」

「うん。いい過ぎた」


 カナイの勢いに思わずお互い笑いを零す。

 そんな私の頭をぽすぽすとカナイは叩くと「兎に角、勘違いだ」といい切った。


「どこからそんな自信が湧いてくるかな?」

「そんなの理由がないからに決まってる。俺たちの知らない原因が在るなら別だが、本人にすら曖昧なくらいのこと、お前の考えているような結果に結びつく理由にはならない」


 それにだ、とカナイは一呼吸置いて話を続ける。


「あいつお前のこと考えてるだろ? ちゃんと」

「う……そういわれると、多分、きっと、うん……? 沢山出資させちゃってるしね」

「金銭的なことはあんま関係ないだろ。あいつも金銭感覚麻痺してる系だから。そんなことじゃなくて、だ。マシロは自由にしてるし、何より俺たちから引き離されてない」


 真摯な態度でそう告げるカナイに私は首を傾げる。

 カナイはそんなことにも気が付かないのかという風に呆れたように笑った。


「そうか、お前は知らないんだよな。今のブラックしか」


 しみじみと口にするカナイに私は頷くしかない。本当のことだ。


「これまでの種屋店主やブラックなら、気に入ったなら確実に囲う。誰の目にも触れさせないように閉じ込めて、飽きるまでそうしたあとは消すだけだ。そのくらいなんとも思わないよ」


 黙った私にカナイは以前のってことで今じゃないから、その辺は流せよと苦笑する。


「兎に角、お前は自由にさせてもらってるだろ。特に人間関係。ブラックはブラックなりに考えてのことだと思うぞ? あいつはああいう職業だ。獣族が人間より多少なりとも寿命が長いにしても老いが来ないわけじゃない。どういう形で店主が交代しているのか、俺は知らないが、前種屋店主。という存在が居ることを知らない。ということは、だ……いいたくはないが、新しく店主が立つとき前店主は」

「消されるんだよ。種屋は種で受け継がれるの。ブラックもそうだったっていってた」


 奥歯がかちかちと鳴ってしまった。

 そんな私の頭を引き寄せて胸に抱き、カナイはこつんっと、顎を乗せると「今は考えるな」と囁いた。


「ブラックにとって面白くないだろうが、エミルは国の有力者だ。アルファや俺もそれなりに発言権がある。もしものとき、お前が誰を頼ってもお前一人の存在くらいどうとでもしてやれる。お前が本当の意味で一人になることは絶対にない」


 俺がいうのは違うと思うけど……と前置いたあとカナイは一つ深呼吸して


「それがお前が愛されている証拠じゃないのか?」


 いい放った……。

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