第四十四話:シゼとロスタ
顔見知りの子どもたちに暖かく受け入れられて、順調にお話も終え、次があれば何か実物を持ってくると約束をして帰ろうとしたら、庭の隅の目立たないところで棒を削っているロスタを見つけた。
私は少しだけ迷ったけど気になったから「ロスタ」と声を掛けてみた。
ロスタは目に見ても明らかに驚いたようで、びくっ! と肩を跳ね上げる。そして慌てて手に持っていたものを足元に隠した。
「なんだ、マシロか」
そして振り返った先に居たのが私だったのを確認して、あからさまにほっとしている。私はそんなロスタに歩み寄りながら「何やってたの?」と続けた。
「別に」
ぶっきらぼうにそう答えたロスタは、踵で足元のものをすっかり隠してしまった。
「そういえば、ロスタはさっき居なかったね?」
「興味ないから」
まあ、万人受けするようなものじゃない。
私だってこんな風にならない限り一般教養以上のことを身につけることなんてなかっただろう。だからロスタの気持ちも分からなくもない。
「ま、面白い話じゃないからね」
そういって笑った私にロスタは「は?」と声を裏返した。
「だから、薬学なんて面白くないでしょ? まぁ、今日は別に近くで取れる薬草の話をしただけだから、豆知識程度のことだけど」
「……参加しなくても怒らないのか?」
「まあ、折角だから聞いていって欲しいとは思うけど、強要はしないよ? 居眠りしてても良いからその場にくらいは居て欲しかったかも知れないけど」
にこにこと隣に座った私をちらとだけ見てロスタは「分かった」と頷いた。結構素直な子だ。
「ロスタは何に興味があるの?」
別に特別な質問じゃないと思う。
でもその質問にロスタは苛立たしげに地面を踵で掻いた。
「何もない。オレは大した素養を持ってない。生きるに困らない程度だ」
私にすれば、それは十分な素養だと思うけど。
でも、ちらりとロスタの足元を見る。
やりたいことイコール素養の人って少ないと思う。ロスタもそんなすれ違いのある子なのかも知れない。
「ロスタとシゼって仲良かったの?」
そういう雰囲気だった。
何か蟠りがあってお互い近寄らなくなってしまっている気はするけど、嫌っている風には思えない。
「昔はな」
「昔っていうとシゼがここに居た頃?」
問い返した私にロスタは少し驚いたように「知ってるのか?」と目を丸めた。
私はその問いに頷いてシゼから聞いたことを伝える。ロスタは複雑そうな顔をした。
「シゼはここのことを悪くはいってないし、思っても居ないよ。同じようにロスタのことも悪くなんていわないよ。どちらかといえば……あー……」
「遠慮してるんだよ。オレに……」
うん。そんな感じだ。
「あいつ、喋らないしおどおどしてるし馴染もうとしないし……それに、泣かなかった」
ぼんやりと今日も良い天気の空を仰いでロスタは目を細めた。
「オレは物心つく前からここに居たから親は知らない。でも親を知っている奴は皆泣くんだ。捨てないで、一人にしないで、迎えに来てって……涙が枯れるまで、枯れてもまだ、ずっと、ずっと泣き続ける。そんな奴らには、レニ先生がずーっと付いて、大丈夫だときっと迎えは来るからといいくるめる……でも、シゼは泣かなくて、状況が分かってないのかと思ったらそうでもなくて、先生が困ってた。泣いたり怒ったり騒いだりして感情を出すのが子どもだから……凄く心配して、オレが頼まれた。目を離さないように」
五歳の子どもがそんなことを考えるのだろうか? 目を離すなということは必然的に死なないように見張ってろという意味にも取れる。
「だから自然とオレはシゼの近くにいたというか、連れてまわってたから一緒だった。大分経ってから一度聞いたんだ、なんで泣かなかったのかって」
いいつつロスタは自嘲的な笑みを零し肩を竦めた。
「母親が泣いてたから、ずっとずっと泣いていて、だから自分が泣いたら駄目だと、自分がここに居れば母親の涙はきっと止まるからと。自分は間違いで存在してるからと……」
「……っ」
間違いだなんて……じわりと目頭が熱くなってしまう。
「あー、泣くなよ? 女は直ぐ泣くな?」
はっきり不機嫌そうに眉を寄せてそういったロスタのお陰で私は泣かなかった。
「何となくオレも義務的なものじゃなくて目が離せなくなって、結局一緒に居た時間が一番長くて、だから、ここへ王宮の奴が来たとき物凄く揉めたんだ。緑色の長い髪の胡散臭い男が先生を説得して、エミル様がシゼを説得した。シゼは首を縦には振らなかったけど、先生のいうことには逆らえない……それにオレは知ってたよ? あいつが凄いことくらい。だから、ここに居ちゃいけないのも」
それからの経緯は何となく想像が付いた。
だから、早く仲良く戻れれば良いな。と、思って口にするとあっさり「無理」と否定された。
「そんなことないよ。シゼ、ちょっとは可愛い性格になってるし、ちょっとは素直だし……」
なんとか取り成してやろうと思うのに、私、シゼのこと嫌いなのか? と、いうような台詞しか出てこない。
ごめん、シゼ。
心の中で詫びた。そんな私にロスタはぷっと吹き出して「違う違う」と首を振る。
「話はした。この間、事件の前後王宮に居たとき、あいつも付き合って居たから。無理っていうのはオレ王都から出るんだよ。近いうちに船に乗る。商船だ。オレにも迎えが来たってことだろ?」
親ではないけどな? と、笑ったロスタになるほどと頷いた。そして、もう一度足元を見た。
「じゃあ、それは趣味?」
「お前さ、こういうのは見て見ぬ振りするものだろ?」
大人気ないと眉を寄せられて苦笑する。
悪かったね、大人気なくて。
ロスタは本当なら剣術系の素養が欲しかったらしい。
でも結局自分にはそういうのは無く、だから趣味までも行かず下手の横好きというやつらしいが止められない。
どうしようもない。と、自嘲気味に笑ってるロスタに別に止めなくても良いんじゃないかというと少しだけ驚いたように目を丸くしていた。そして「先生と同じことをいうんだな?」とほんの少しだけ柔らかく笑った。
でも、そのまま行くと海賊とかになってそうだよね……ロスタって……。
なんだかその姿が余りにもしっくりき過ぎていて私は考えないようにした。