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第四十三話:動き始めた歯車

 ―― ……マシロに出会ったことは、僕にとって掛替えのない幸運だよ。


 別れ際そういってくれたエミルの言葉がとても優しくて暖かくて、ジル陛下に突き放されたことも、ケレブ様に否定され罵られたことも、全てチャラにしてくれた。


 今日ここに来たお陰で、分かったことも多くあるし、メネルに会えたのは私にとってとても良かったとも思う。


 まあ、それに私は自分の脳細胞が単純に出来ていて、本当に良かったとちょっぴり思った。


「ハクアが居るから大丈夫なのに」

「俺も帰るところなの」


 アルファは結局まだ詰め所。


 戻ってきたのはハクアとカナイだった。

 私は雪がちらつく大通りを二人と一匹で歩く。もう夜も随分遅いから、大通りは静かだ。こういう時間は裏通りのほうが盛り上がっている。


「エミルこれからあそこで、あんな人に囲まれて生活するんだよね。大丈夫かな」


 ぽつりと零した私の台詞にカナイは苦笑した。


「そうだな。そうだけど、お前が見たのは一遍に過ぎない。悪いところだけじゃない。何せ俺が知る限りはずっと国を治めてきたのはあの王家だ。どんな争いも最終的には収めてきた。肝心要のところで人心を掌握するだけの力を持ってるんだろうな? 俺には分からないけど、今も昔も上手いことやるんだよ、王宮の連中は」


 苦笑しつつも評価しているという風に口にしたカナイの言葉になんとなく納得する。


「それならもっと先手を打って、争わないようにすれば良いのに」

「やっただろ? ちゃんとやったじゃないか。お前もそれに協力した。大聖堂や図書館、王宮、つまり騎士塔では、もっと複雑な締結が今後定められる。今回のことはその足がかりに必ずなる」


 真剣にそう口にしていたカナイは、それにしてもと前置いてちらりと私を見ると首を振った。

 なんだ? また何か私に小言があるのか? 身構えたのに何もいわないカナイに「何?」と問い直す。


「お前ってさ」

「何よ」

「強いのか弱いのか、良く分からないな?」


 それは褒められているのか、貶されているのか図りかねる台詞だ。


 私は思わず眉間に皺を寄せて返答に困っていると、カナイは話を続けた。


「俺はしょっぱなからマシロを泣かせたし、だから、弱いものだと思ってた。だから囲って護ってやらないと駄目だと思った」

「えー……っとそれはありがとう?」


 冷たくなってきた手を擦り合わせて、はぁ……と、息を吹掛けつつ答えた私にカナイは苦笑した。


「世界に美しいときを分け与える白い月の少女なんて、ただの御伽噺だと思っていたし、世界の落し物なんてこの世界の不純物でしかないと思っていた」


 同じように自分の手に、はぁ……と、息を吹掛けてそう続けるカナイは、ちらと私を見て寒いからと私の手を取った。

 節張った大きな手をそんなに暖かいとは思わなかったけれど、別に嫌だとも思わなかったから私はぎゅっとその手を握り返した。

 空いた手は隣を歩くハクアの毛の中に埋めると凄く暖かい。


「でも今、エミルが思い描く美しいときは確実に現実に近づいていっている。マシロはレニを許したし、活かしただろう? エミルはマシロがそう判断すると分かってた」

「ああ、そんな口ぶりだったよね?」


 苦笑した私にカナイはこくんと頷いた。


「エミルとマシロは少し似てる。エミルも昔大罪人を許した。外に出てはいけない罪人を解放した」

「それで、上手くいったの?」


 素直に聞いた私にカナイは、どうだろうな? と、苦笑して肩を竦めた。えー、そこが分からないと私のいったことが良かったのかどうか分からないじゃん。


 僅かに眉をひそめた私に、カナイは微笑む。


 少し遠くを見ているような、でも柔らかく慈しみを込めた表情。

 出会った頃には絶対見ることは叶わないものだったと思う。


「それは……それだけは俺には永遠に分からない」


 私にとってそれはカナイらしくない答えだと思った。

 カナイはどちらかといえば、なんでも白黒はっきり付けたがるほうだし、分からないことは分かるまで突き詰めたいと思うタイプだ。


「なんだか、らしくないね?」

「どうだろうな? でも、お前だって自分のことなんてそうそう分からないだろう?」


 緩く笑いながらそういったカナイを私は仰ぐ。

 それはつまり、エミルが解放した大罪人は自分だといってるのだろうか? 黙っていると、するりと繋いでいた手が解けかけた。

 私は指先が離れてしまう寸前で絡め取る。

 刹那、カナイの手がこわばったのが可笑しかった。笑った私にカナイは声を詰めた。


「なんで逃げるの? 私の知らないときのカナイはもちろん知らないけどさ、今は結構知ってると思うよ? 地味で、嫌味で意地悪で、可愛くないことばっかりいってる本の虫でしょう?」


 褒めてないだろと目を眇めるカナイに私は笑う。


「でもいざというとき、とても頼りになるよ。自分で優秀っていっちゃうだけはあるよね?」


 皮肉ったつもりなのにカナイは、まあな。と、笑う。

 拍子抜けだし調子が狂う。


 それにそんな柄にもない優しそうな目を向けられたら、ちょっと恥ずかしい。

 私は居た堪れなくて顔を逸らしほんの少しだけ足を速めた。素直に馬車に揺られていれば、そんなに時間は掛からなかっただろうけど、考え事もしたかったし断った自分に反省しろといいたい。


 図書館と王宮はちょっと遠い。





 翌日からもまだまだ寒い。はぁと手に息を吹掛けると白い。

 空を仰ぐと澄んだ青に霧のような薄い雲が掛かっている。多分天気は崩れない。


 私が王宮にいってから数日経った。

 午前中はいつも通り授業を受け、午後はエミルたちを見送ってから私もギルドへ向かう。

 マリル教会の一件も片が付いたから、私も行動範囲を制限されるようなことは基本的にない。


 相変わらず簡単な依頼を中心に受けることにして、私は請け負った依頼書に目を通す。陽だまりの園からの講師の依頼だ。


 私はまだ中級階位だけど、一般教養の延長線上にある程度の薬草学を、とのことだから私に出来る範囲のことだ。


 きっと私がいったら吃驚するだろう。


 私は足取り軽く、教会の前に立った。今度は間違いなく正面。私は一人苦笑して真っ白な門を潜った。


「マシロさん……」


 すっかり綺麗になった礼拝堂に足を踏み入れると、丁度、説教後だったのか台の上を片付けているレニさんに会った。

 ステンドグラスから差し込む光がレニさんの真っ白な修道着をカラフルに染めている。やっぱりこの人ほどこの場所が似合う人は居ないだろう。


 どうしたんですか? と、分厚く大きな教本を抱きかかえて歩み寄って来てくれるレニさんに、微笑んで「ギルドから来ました」と告げ、依頼書を開いた。

 レニさんは、ああ。と、頷いてこちらです、と、案内してくれる。


 相変わらず真っ白な建物に気圧される部分はあるものの、前ほどの閉塞感は感じなかった。

 長い廊下を歩いていると時折教徒の人たちと擦れ違う。


 レニさんに深々と頭を下げたあと私に気が付いて慌てて振り返る人多数。でも、深追いしてくるような不躾な人は居なかった。


「結構人が居るんですね?」

「昼間は居ますよ? 色々と手を貸してもらっています。事件後去ったものも多いですが、残ってくれたものも多い。マシロさんが知っているのは奥まったところなので、あの辺りには関係者でも極一部、あの時なら私だけですし今はそれにハクアさんと王宮からの監視の方が居るだけなので今でも人気は余りありませんが」

「監視続いているんですね?」


 ぽつりと付け足した私にレニさんはくすくすと笑った。


「まだ一月と経っていないのですよ? 当然です」


 そうか、まだ最近のことなんだ。


 あまりにも通常通りに戻っているし、静寂に包まれているから……もう遠いことのように思われる。


 私が居たから起きてしまった事件だ。

 ケレブ様がいったように私が居なければ事態は起きなかった。

 陛下のいったように私は他人事としてしか見ていないのだろうか。


 ふとそんなことを考えると暗い気分になる。


「マシロさん。動き始めた歯車は決して止まることを許されません。だから貴方が責を感じることはない。私は犯した罪を償う為に、これからの一生を費やすでしょう。ですがそれで救われたのです」

「レニさん」

「物事は多くの局面を持っています。だから、貴方にとって辛い面を見せることもあるかも知れない、かといってそれだけではないこと忘れないで下さいね」


 着きましたよ。と、扉の脇に立ち、木戸を開いてくれたレニさんは綺麗に微笑んでいた。そして開いた先では子どもたちの笑い声が木霊している。


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