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第四十一話:選んだ理由

「お兄様と種屋店主様との違いはなんですか? どうして、マシロは店主様を選ばれたんですか?」

「え・ええっ?!」


 ここに来てまさかの恋話っ?!


 私は突然のことで瞬間湯沸かし器の如く赤くなった。

 その様子にメネルは、くすくすと楽しそうな笑いを零す。そして人差し指を可愛らしく唇に添えて、私の顔を覗き込むと質問を重ねる。


「妹の私がいうのもなんですけど、結構良い線いってると思うんです。顔も見られないほどではないと思いますし、今なら地位も権力もそれなりにお持ちですが、それに胡坐をかくわけでもなく別け隔てなくお優しいですよ。お兄様そんなに駄目ですか?」

「いや、いえ、その、勿体無いお言葉デス」


 重々承知しています。

 本当にどうしてエミルが今まで余っているのか、不思議なくらいだと思います。

 はい。

 でもね、私は選んだんだよ。

 陰険で陰湿で孤独な種屋を……しかも今はそんな彼を可愛いとまで思ってしまうくらい、馬鹿になってたりもする。本当自分でも救いようがないと思います。

 はい。


 私は動揺に息苦しさを覚えて、夜空を仰ぐ。

 仲良く並んだ二つ月。

 それを眺めていると自然に言葉が紡がれた。


「……強いていうなら」

「はい」

「強いていうのなら……きっと、ブラックは独りだからじゃないかな。それを不便に感じたり寂しいと思ったりするような人じゃないのは分かってるけど、なんていうか、それを見てる私がキツイんだよね」


 それ以上の答えがなくなってしまって、もごもごとしている私にメネルは、ふふっと笑って話を続ける。


「先ほどマシロは自身に力はないとおっしゃいましたけれど、それは違いますよ?」

「え?」

「貴方のひと言でどれほどの人間が動くと思いますか? アルファ様は騎士としての才覚は例え、最上級階位を取得していなくとも素晴らしく、それに対して敬意を表しているものも多く従うものも多いです。カナイ様にしましても彼の実力は過去を差し引いても尚素晴らしく彼を敬愛しつき従うものが多いのです。我が兄にしても、貴方のひと言があれば簡単に動くでしょう。先ほども述べたように兄は今ここでマシロが思っているよりもずっと強い立場にあります。他にももっと沢山のものが貴方の声で動くでしょうし、何よりも、種屋店主様は全てを統べるもの」


 そっと、私の両手を取って、きゅっと握り締めると、そのことを決して忘れないで下さい。間違えず、迷わないで下さい。と、重ねて念を押した。


 そのあと私はメネルと長く雑談し、エミルの部屋へと戻った。

 帰り道の間に私がメネルはエミルに似ているというと、ちょっと恥ずかしそうにでも嬉しそうに笑ったメネルの顔が印象に残った。


 


 


「あれ、メネルは?」

「あれ、皆は?」


 部屋に入るとエミルとハモった。

 あまりのタイミングの良さに笑いあって改めて問い直し答えあう。


「メネルはアセアの様子を見に行ってくるって」

「アルファは騎士団詰め所で会議。カナイは、あー……シゼの手伝い」


 最後いい難そうにそう口にしたエミルに苦笑する。


 鳩尾辺りに擦り寄ってきたハクアの頭を撫でながら「もう怒ってないよ」と二人に声を掛けると揃って安堵したようだ。


「ていうか、シゼも来てたの?」

「え、ああ、うん。シゼはマシロたちより早く城に入ってたよ。顔出さないかなって声掛けたけど、図書館で毎日顔を合わせてるから必要ないらしくて……うーん、照れ屋だからね?」


 それは違うと思うけど、エミルがそう思ってくれていて良かったね、シゼ。心の中だけで伝えておいた。


 窓際に合ったティーテーブルに促されて腰掛けると、メイドさんが静かに入ってきてお茶を用意してくれた。

 基本的に人払いがしてあるのかこの周辺に使用人の姿はあまりない。

 彼女も用意が整うと直ぐに退席した。


「今日はごめんね? ここに泊まりたくは、ないよね? やっぱり。帰りはカナイに送らせるよ」


 直ぐ戻ると思うから、お茶でも飲んで待っていよう? と、続けられ頷いた。


 ハクアは私が暫くここから動く気配がないと察すると、外の空気を吸ってくると窓からとんっと外に飛び出してしまった。

 ここが三階だということは気にしないで置こう。


「アールグレーだ。美味しい」

「ふふ、マシロは利き茶が得意だね? 王室管理の茶畑で取れたやつだから、街には出回ってないのに……あ、ああ。もしかして、種屋で飲んだ?」


 あそこには卸してる可能性があるな、と、一人納得したエミルに私は分からないと首を振った。

 家には紅茶のブレンドを楽しむのに困らないくらいの種類が用意されているが、どこ産かまでは気にしたことなかった。


 それに家主自身そんなにこだわりを感じない。


「それにしても、本当に今日はマシロに嫌な思いばかりさせてしまったよね。ごめん。こんなはずじゃなかったんだけど」


 星を詠んでもらったときには、今日が最良と出てたのにな。と、続けて肩を落としたエミルをまじまじと見詰めたあと私はぷっと吹き出した。


 そんな私の反応が不思議だったのかどうしたの? と、首を傾げる姿がまたおかしい。


「エミルも占いなんて信じるんだ? 今日はお友達をうちに招くと良い日ですとかって出たの?」


 占いは女の子の専売特許のような気がするが、そんなことを真面目に気にしているエミルは可愛いと思う。


「お友達……か、まあ、そうだね。でもね、ここで星詠みは簡単な占いとはちょっと違うんだ。それにメネルの星詠みはかなり高確率で当たる。政にも用いられるんだよ?」


 まあ、外れることもあるみたいだけど、と肩を落とした。


「気にしなくて良いよ。それに、確かにちょっと吃驚することのほうが多かったけど、エミルがこれからどんなところで生活しなくちゃいけないのかとか色々分かったから。そういう意味では今日で良かったんじゃないかな?」


 改めてそう口にすれば、本当にそんな気がしてくる。


 私にとって傷付くような出来事はここに居た今日だけだ。

 本当に嫌だと思うならばもう二度と足を踏み入れなければ良いだけの話。


 本当の顔を知らずに何度も通いつめた末、見せ付けられるよりもずっと良いし、それにここがエミルが図書館に来るまで生活していたところで、これから生活していくところだと知ることが出来たことは悪くない。


「マシロ……」

「ん?」

「ありがとう」


 ぼやんっと、また降り始めたのかな? と、僅かな雪がちらつく窓の外を眺めていた私に掛かった言葉に、私は僅かに心臓が跳ねた。


 窓から顔を逸らし声の主を見たら、とても優しそうな柔らかい笑みを浮かべていた。

 なんだか、そんな笑顔を向けられる自分が急に恥ずかしくなって、一瞬どう対応して良いのか分からなくなる。


「……どう、いたしまして?」


 ぽつんと答えた私にエミルは笑みを深める。

 居た堪れなくなって私は、そういえば! と急に話を振った。


「ナルシルの徽章なんだけど」

「ナルシル?」

「あ、そう、私がこの間保護した赤ちゃん。その子の名前。レニさんが付けてくれたんだって」

「白銀の炎……か。確かにレニ司祭の好みだろうね」

「凄い! 直ぐ分かるんだ」


 ぽんっと手を打って歓喜した私にエミルが首を傾げる。


「古い言葉だって聞いてたから。私はさっぱり、カナイは術とかで使うらしくて詳しかったけど、エミルはそういうわけじゃないよね?」


 一般教養なのかな? と、重ねるとエミルはふふっと笑いを零してそうだねと頷いた。


「一般的とはいえないけれど、何かの儀式のときは使う言葉だからね。僕はラウ博士に教わったよ。幼いときに……あの頃はアセアとメネルも一緒に教えてもらってたんだ。アセアも走り回るくらい元気でメネルのほうが引っ込み思案ではにかみ屋だった」


 ぽつぽつとそう話をしてくれるエミルは窓の外を仰いで遠くを見た。


 きっとその頃は記憶は優しいものなのだろう。

 私も釣られるように外を見る。ちらちらと舞い落ちる雪が月明かりに照らされて綺麗だ。



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