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第三十八話:王妃と王女

 道すがら妹君のお話を聞いた。


 アセアとメネルという双子の姉妹で妹アセアは素養に恵まれたものの身体が弱く今は床に伏せりきりらしい。昔は違ったんだけどと、哀しそうな笑みを浮かべるエミルが印象的だった。メネルのほうは星を詠む素養に恵まれ、王家の素養を持たなかったお陰でエミルと同じように王宮より出て大聖堂で勉強中らしい。その子が暫くぶりに戻ってくるらしいから会えると良いなということらしいけど。



「そういえば、メネルさん? って図書館まで来てた子?」

「ん、あ、あー……そういえば、そうだね?あの時は、確か良くない星を見たと知らせに走ってくれたんだ。あのあと例の事件が起こったんだけどね」


 曖昧に微笑んでそう話してくれるエミルに、なんとなく申し訳ない気分になった。


「お陰で最悪の事態は避けられたと思っているよ?」


 陛下の話を聞いた限りでは最悪に近い結果になっていると思うんだけど。きっと顔色がさえないのだろう私にエミルはゆっくりと説明してくれる。


「世界はマシロを失わなくて済んだ。それに、蒼月教徒に和平を持ちかけ結果を出した。これはね、マシロが思うよりずっと凄いことなんだよ? 彼らはいつでも上の合図さえあれば王宮を狙っていた。ここを抑えれば国を独裁出来るからね。実際、過去の歴史でも種屋が蒼月教徒に加担した時期は壮絶な争いが長く続いたらしいからね」


 生まれるよりもずっとずっと昔の話だけどね? と締め括ったエミルに、ふーんっとしか答えられない私はやはりまだまだ勉強不足だ。

 歩いていた廊下の両端に兵士が立っていた。珍しくはないけど、何となく違う気がして通り過ぎても尚振り返ってしまうとエミルが「ここから王妃様の領域になるからね。許可のないものは通れないんだ」と説明してくれた。妹って王妃、つまり第一ターリ様の子どものことだったんだなと思いつつ私は頷いた。ということは他のターリ様もこんな風なら城の殆どはターリ様の住処となるのだろうか?


「王城で生活できるのは王妃様だけだよ。他のターリ様達は王宮内に点在している屋敷に身を置いている。数字が近いほうが王城に近いんだ。だから僕の実家は王城からかなり離れているよ?」


 私の疑問ってどこかから垂れ流しなのかな? 淡々と答えてくれたエミルに私はまたまたふーんと返す。通された部屋は寝室だった。他の場所と違い些か消毒の香りが残っている。扉のところでアルファとカナイは足を止め部屋にまでは入らなかった。王宮って色々難しいところなんだなと、肌で感じる。可愛いメイドさんがベッドに横たわっていた女の子を優しく起こすと天蓋から降りたカーテンを開けベッドの柱に引っ掛けて私たちを招いてくれた。


 ―― ……くぃっ


 私がエミルの袖を引くとそっと振り返る。


「ん?」

「体調良くないならハクアは出てたほうが良いんじゃない?」


 動物ってあんまり身体に良くなさそうな気がする。ハクアはあれから面倒になったのか白銀狼の姿のままここまで来ていた。奇異の目で人間に見られるのは特に気にならないらしい。私ももう珍獣扱いだから気にならないけどね?

 私の言葉にエミルはにっこりと微笑んで「ハクアには居てもらわないと困るんだ」と答えてくれる。何か引っかかる物言いだな?と思いつつもそれなら良いけどと遠慮なくベッドへと歩み寄った。


「兄様に、聖女様ですか?」


 にこりと愛らしい笑顔を浮かべたのは綺麗な綺麗なお姫様だった。


「また体調を崩したと聞いたけど、大丈夫?」


 エミルはいつも優しいけれどそれにもっと拍車をかけて柔らかい声で語り掛けている。本当に大切なのだろう。メイドさんに促され私もエミルもベッドの傍に腰を降ろす。問い掛けられたアセアさんはアルファと同じかもっとずっと幼く見えた。透明に近い日の光を紡いだような金髪が流れるようにベッドの上まで垂れている。


「平気、平気。兄様は心配しすぎ」


 ころころと楽しそうに笑う姿も儚げに見える。


「そう? 今日はマシロが白銀狼も連れて来てくれたんだよ? 物語ではない白い月の少女はとても暖かい子なんだ」

「エ、エミル。恥ずかしいから程ほどに」


 そのまま褒め殺しに会いそうだったのでとりあえず、袖を引きストップを掛ける。エミルは本当のことなのにと笑いながらも止めてくれた。アセアさんはその様子に、微笑み改めてまじまじと私を見詰める。髪と同じ色をした瞳がガラス玉のようだなと思う。


「そうだ! マシロ様、アセアは絵を描くのが得意なんです。一枚白い月の少女を描かせてもらえませんか?」

「様は良い、です」

「では、お友達のように構いませんか?」


 にこにこっと無邪気そうな笑顔に変えてくれたアセアに釣られて私も笑顔で頷く。思っていたより馴染みやすい感じの女の子で良かった。

 それから私は彼女のスケッチにのんびり付き合った。その隣でエミルも退屈そうにするでもなくその様子をのんびりと眺めている。とても穏やかな時間に思えたのにそれはそう長く続かなかった。入って来た扉とは違う部屋の奥の扉が開き派手な女性が出てきた。彼女は私に目をくれることもなくエミルのところまで歩み寄ってくると、立ち上がり掛けたエミルの足元に膝を着きエミルの手を取った。


「エミル様。どうかわたくしたち親子にお慈悲を」


 縋るようにそう告げてエミルの手を自らの額に押し付けて懇願する。私が声も出せずにその様子を見ていると、エミルと目が合った。エミルは困ったように微笑んで尚も続ける女性の願いを遮るように「王妃」と彼女に取られている手に開いた手を重ねて立ち上がる。それに釣られるように床から膝を上げた女性は潤む瞳をエミルに向けた。


「母様、聖女様の御前です。場を弁えてください。エミル王子もお困りです」


 凛とした声でそう告げたアセアにも驚いた。そして、このゴージャスな感じの女性が王妃様というのにも驚いた。


「アセアっ! 貴方のことをお願いしているというのになんという態度! 貴方こそ改めなさい」


 王妃はヒステリックな声を上げた。そんな風にいわなくてもと口出ししそうになった私よりも早くエミルが「王妃」と囁き、彼女を促して出てきた扉へ進んだ。


「直ぐに戻るから」


 にっこりとそう告げて扉が閉まると妙な沈黙が流れる。エミルの言葉通りエミルは直ぐに戻ってきた。その表情は少しだけ疲労が窺える。大丈夫? と問い掛けた私に「平気だよ」と微笑み優しく髪を撫でると、アセアに断って私の退室を促した。

 私と入れ替わるようにカナイが中に入り、残された私とアルファは待ちぼうけ。アルファはエミルの護衛だからこの場を離れることは出来ないらしい。ハクアを残してきてしまったことに不安を感じ中へ戻ろうとしたらアルファに止められた。私は目の前の中階段を下りたところに広がっていたエントランスまで降りて窓際に置いてあったソファに腰掛けた。ここならアルファも見えるし傍には兵士さんも居るし、余計な心配はないだろう。ちらりと階上を見上げるとアルファがニコニコと手を振ってくれた。


「お仕事大変ですね?」


 手持ち無沙汰だった私は傍に居た兵士さんに声を掛ける。無言で立っていられるとちょっと息も詰まるしね?兵士さんは私語は禁止なのか私の問い掛けに、そのようなことはありませんと答えたあとまた黙した。続けて私語なんてしてると怒られるのかと問うと首を振ったので話しに付き合うようにお願いしたら、ようやくこちらを向いてくれた。

 日常会話の基本! 今日の天気の話から始まって当たり障りない会話を続けていたが兵士さんがふと零した。


「聖女様はまるで人のようですね?」


 と……。私は人以外の何に見えていたんだ? 私が眉を寄せると兵士さんは慌てて謝罪する。別に怒ったわけじゃないんだけどね? 苦笑した私に兵士さんも苦い笑いを零した。


「兵士さんは私をなんだと思ってたんですか?」

「は。月から召された尊いお方で、唯一、私共に美しいときを与えてくださる女神様だと」

「……あー……期待に添えなくてごめんなさい」


 乾いた笑いを浮かべてそういった私に兵士さんはとんでもないと首を振った。


「ご謙遜されるのですね? エミル様の素養が認められたのも蒼月教徒が刃を納めたのもマリル様のお導きだと噂されていますよ」

「噂です。それは本当に唯の噂です。エミルのことだって私は何もして居ないし蒼月教徒とのことは被害も大きかった。とても功績とは呼べないと思いますよ?」


 苦笑した私に兵士さんはゆっくりと首を振った。


「マリル教会の事件を私は余り知りませんが、それでもそのご結ばれた和平は素晴らしいことだと思います。犠牲は確かに手痛いことでしょう。しかし、ひとたび争いが勃発してしまえばその程度では済みません。私も、交替の時間を向かえ一日の仕事を終えて兵宿舎に戻り仲間と酒を飲み交わすことが出来る。それが行えるのは平和であるからです」

「じゃあ、兵士さんはもう”美しいとき”を見つけてるんですね?」


 兵士さんの言葉にそう答えた私を兵士さんはまじまじと見詰めたあと……そう、でしょうか? と不安そうに零したので私はそうですよと頷いた。

 美しいときなんて誰かに分け与えられるものじゃなくて誰もが持っているもののはず。白い月の少女なんて偶像に縋るからそれすら気が付くことが出来ない人が多い。

 なるほどと笑いを零した兵士さんと一緒に私も笑う。そんな穏やかな時間が突然開かれた扉から乱入してきた人影が破壊した。私は慌てて立ち上がり、兵士さんが素早く前にでる。

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