第三十七話:知らされなかった事実
「あ、あの! 今日はどういう用向きで」
無理矢理割って入った。なんとか陛下の興味がこちらに戻ってくれたらしく、にっこりと「ああ悪かった」と話を戻してくれた。
「何、用などない。唯、噂の白月の姫にお目通り願いたかっただけじゃ。この愚息が、都合が付かないばかりいいおって本当に情けない」
ちらりとエミルを見ると悪戯な笑みを浮かべて肩をちょっと竦めた。その様子から本当に私を連れてくるというのは最終手段だったのだろう。
「そういえばラウから図書館を出られると聞いたが、どうじゃ? ここに身を落ち着けてはみんか?」
「いえ、私は」
「そういえば白月の姫は、闇の猫とも懇意とか?」
断りかけた私の台詞を遮って、ジル陛下は台詞を重ねる。あれ……? なんだか雲行きが怪しくなってきた。私はなんだか嫌な予感を感じながらも否定する理由はなく「はい」と頷く。陛下は僅かに瞳を細めて憂いを帯びた瞳で私を見ると話を続ける。
「あれは心を持たぬ闇の者。民の救い手となるべき姫が気を許される相手とは思えん」
「陛下!」
「父と呼ばぬか愚息よ」
良くない流れを感じてエミルが止めに入ってはくれたがジル陛下は止める気は毛頭ないといった様子だ。私が答えなくてはいけない問題なのだろう。私はなるだけ冷静な声を作るようにそっと深呼吸してから「誤解です」とゆっくり口を開いた。声が震えないか心配したけどまだ大丈夫だ。私の言葉に陛下はエミルを見ることなく私を見て興味深そうに「ほう」と零した。
たったそれだけの動きなのに私は萎縮する。国を纏め上げているだけの人だ、その存在感や重さは人一倍感じさせる。でも、だからって私も黙ってばかりは居られない。ブラックはなんていわれても気にもとめないだろう。それは分かってるけど、大切な人を蔑まれて平気なほど私は大人じゃない。私は意を決して言葉を続けた。
「陛下はご存じないんです。彼は孤独に心を凍らせていただけで、持ち合わせていないわけじゃない。彼は誰よりも真っ直ぐで純粋だと思います」
いつもならアルファやカナイ、エミルにいたっても笑ってしまいそうなことを口にしたのに、誰も茶化したりはしなかった。唯、陛下だけが好戦的な笑みを浮かべる。
「流石は白月の姫。闇猫にまで慈悲を掛け美しいときをとお思いか? では姫、貴殿はその純粋な男がマリル教会の一件でどれほどのものを犠牲にしたか知っておるか?」
「父上お止めください。彼女には関係ないことです」
ジル陛下はエミルの制止をあっさり無視して告げる。
「報告では二十七人とあがっておる。敬虔なる信者。一目聖女を拝もうと集まった民衆。優秀な騎士をつけていたのにも係わらず、多数の死傷者を出した。それでも尚同じことを申すのか?」
―― ……二十七人
あの騒ぎでこの人数が多いのか少ないのか分からない。分からないけれど決して少ない数ではないと思う。
どう応えて良いのか分からなくて黙した私に陛下は細い溜息を吐き、苦しそうに僅かな間黙祷するように瞼を落とした。ややして瞼を上げた陛下は愁いを帯びた瞳で私を見た。
「確かに天上人であられる二つ月には関係のない事柄かも知れぬな」
ぽつんっと最後に零された言葉に私はくっと唇を噛み締めた。罵られたり蔑まれたり怒られたり怨まれたりするほうがマシだ。ジル陛下の言葉は本当に呟きで、雲の上を見ているようだった。今、目の前に居る私は居ないようなものだとそう捨てられた気がして泣きそうになった。私はここに居るのに。
「父上お話が違います。カナイ、ハクアとマシロを連れ退室を」
すっと完全に私と陛下の間に割って入ったエミルは静かにそう告げた。私が構わないと顔を上げようとすると、既にカナイが隣に立って「行こう」と囁き右手で私の背を支え左手で私の手を取った。
「ああ、姫。ここへの在住はご検討あれ。いつでも王城は姫を喜んで迎え入れるじゃろう。滞在中は城内禁止区域も排除しておこう。寛がれよ」
あんなことをいったあとにいう言葉じゃないと思う。いう言葉じゃないと思うけれど、陛下は単に自論を述べただけで私を貶したり排除したりしようとしたわけじゃない。私はなんとかありがとうございますと搾り出してカナイに導かれるまま謁見室をあとにした。重たい音を吸い込んでしまうようにぴったりと扉が後ろで閉まる。
「馬車回すから今日は帰れ」
カナイにいわれて私は首を振った。呆れたようなカナイの溜息が聞こえる。取り合えずここを離れようと促されてそれに続く。
「ここに鏡がなくて残念だけどな? お前、顔真っ青だぞ」
来た道を戻ることなく、城から出ると中庭に出た。ところどころに雪が残るというのに、青々とした芝が敷き詰められていて、少し奇妙な景色だ。少し歩いて円筒形のポーチに到着。促されるまま腰を降ろした。ハクアは人型で居るより元に戻るほうが多分好みなのだろう。狼の姿に戻ると私の膝の上に一度頭を擡げたあと足元に伏せた。言葉少なだけどきっと心配してくれているのだろう姿にちょっと和む。
「平気。まだ、帰らないよ。少しだけ休む」
「お前が帰っても俺たちは責めないぞ?」
いつになくカナイの言葉尻が優しくてちょっと笑ってしまう。
「エミルは妹さんに会って欲しいっていってたし、そっちが本命だっていってから」
だからまだ帰らないと締め括った私にカナイはやれやれと嘆息し私の隣に腰を降ろす。少し戸惑いがちに私の肩に腕を乗せて、自分のほうへ引き寄せてぽんぽんっと頭を叩く手のひらがなんとなく不器用そうで優しい。
大丈夫、大丈夫……ちょっと哀しかっただけだから。この世界から孤立した存在だと断言されたような気がして、当たり前のことなのにちょっとだけ哀しかった。
少し溢れてしまった涙を指先で拭うと、私の頭を抱えたカナイの腕に力が入った。カナイがそんならしくないことをするから、ちょっと零れただけだったのに涙が止まらなくなる。
私はいつだって強く在りたいと思うのにいつも弱い。
「カナイさーん、やーらしぃ」
「っ!」
ややして私の涙が止まったのを見計らったようにアルファがひょっこりと背後から顔を出した。慌ててカナイが私から離れて、私はごしごしと確認するように顔を拭った。
「お、お前遅いだろ?」
「あのですねー、僕はカナイさんじゃないんですよ。城内がどれだけ広いと思ってんですか。これでも急いで探してたんです」
「あ、あー……そうか」
「マシロちゃん、大丈夫? あのあとしっかりエミルさんが釘刺してくれましたからね?」
そういってアルファは私の頭をイイコイイコと撫でる。……エミルが刺す釘……それはまた抜け難そうだね。うん。ふふっと笑いを零した私にアルファはにっこりと天使の笑みを浮かべてくれる。華やかで暖かい笑顔だ。
「も、大丈夫。ごめんね、途中で抜けちゃって」
「構いませんよ。全く、王陛下はご高齢ですからね。愚痴っぽいんですよねー」
「アルファ」
「ああ、そうでした。僕はカナイさんと違って王宮仕えだから陛下が主なんですよね。あーあ、早く代替わりすれば良いのに」
あまり効果はないと思うがほんのちょっとだけ声のトーンを落として、そう愚痴ったアルファは私を見て、内緒ですよ? と唇に人差し指を添えまたにこりと笑みを作る。そうして和んでいると息を切らせたエミルが合流した。
「っは……はぁ、もう、アルファもカナイも居場所を教えてよ」
柱に手を着いて一休み、顔を上げたエミルと目が合うと困ったように微笑まれた。
「ごめんね。泣かせちゃったみたいだ」
歩み寄ってくれる姿に私も腰を上げる。別にエミルが気に病むことじゃない。そっと涙のあとを辿るように頬を撫でたエミルに、私はなんとかにこりと笑って見せたつもりだけど、大丈夫かな?
「先に帰ってしまっても構わなかったのに、大丈夫?」
重ねたエミルに平気だと答え、待っていた理由を告げるとエミルは目を丸くしたあと呆れたように微笑んで「ありがとう」と頭を撫でた。




