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第三話:家族設定は基本

 特に何も怖いことはなかったけど、流石にマリル教会に行ってました。

 なんて口にしたら、みんな怒るよね。


「マシロっ!」


 何といい訳をしたものかと思案していたから、突然掛かった声に必要以上に驚いた。びくりっと肩を跳ね上げて、恐る恐る振り返ると……鬼の形相のカナイだ。


 ―― ……いや、でもカナイで良かった。


 私は胸を撫で下ろし「お迎え?」と歩み寄ってくるカナイに声を掛ける。カナイは、人の話を無視して「どこに行ってた?」と低い声で聞いてくる。


「え、と。道に……」

「迷ってないよな! マリル教会に行ってたんだろ」

「えー、カナイ。ストーカー?」


 ずばり当てられて茶化した私に、カナイは眉間の皺をこれ以上深く刻むのは無理というほど刻んで、ふっかい溜息を吐く。


「テラとテトに、お前はミア工房の集金に行ったと聞いたから、ミア工房に行ったらティンにとっくに出たって聞いたんだよ。で、行き先も事情も聞いた」

「それなら、納得だよね?」


 ―― ……わ、私は何も悪くない。


 人として当然のことをしたまでだ。

 ほっと胸を撫で下ろした私に、カナイは全然納得している風ではなく溜息を重ねる。


「本当に、お前は間違ってないか? 他に方法はなかったか?」

「そんな子どもにお説教するみたいにいわないでよ」


 ぶう垂れた私に、カナイは答えろと重ねる。

 私は不機嫌な様子を隠すこともしないで、うーっと唸る。だから、私は間違ってないと思う。

 赤ちゃんを拾っちゃって、そのままに出来ないから適切な施設へ送り届けただけだ。そりゃ、直ぐ帰らずに子どもたちと遊んでたけど。


「何が悪いのか分からないって顔だな?」


 呆れたようなカナイの声にだんだん悲しくなってきた。


「お前はさ……お前は、俺たちが何のために居ると思ってるんだよ」


 しょぼんとしてしまった私の頭に、カナイの大きな手が乗っかる。

 エミルなら撫でてくれるところだが、カナイには叩かれた。

 いつものことだけど。

 いてっと叩かれたところをわざとらしく押さえて見上げると、ほんの少し寂しそうな顔をして微笑んでいるカナイと目が合った。


 そんな顔をされたら、私は言葉に詰まってしまう。後悔の念が湧いてきて申し訳なさで泣きそうになる。


「もう少し頼れ」

「―― ……」


 カナイの言葉はいつも重い。

 ブラックやエミルが思っていても口にしないだろうことを、カナイははっきりと私に口にする。何もいわない私にカナイは、声の調子を戻して話を続ける。


「相談しに戻ってくるくらいの時間あるだろ? マリル教会に届けるとしても、俺やアルファが行けば済む話だ。お前がわざわざ危険を犯してまで踏み込んでいく必要はない。お前は俺らに迷惑を掛けたくないとか、そんなことを思ったのか、頭にすらなかったのかは知らないが、こうやって気を揉むほうがよーっぽど! 迷惑だ」

「……ごめん、なさい」


 子どもたちと遊んだ楽しい気持ちはすっかり失せた。


「分かったなら良い」


 帰るぞ。と、続けて私の手を取ったカナイについて歩く。カナイって……


「お父さんみたいだ」

「は?」

「カナイって、お父さんみたい」


 ふふっとこみ上げてくる笑いを隠すことなく私は口にした。

 カナイは、物凄ーっく不本意だという表情で「せめて、兄貴くらいに」とかぶつぶついってる。


「あー、お父さん?」

「それはやめろ。で、何だ?」

「はは、あの、さ……他のみんなには内緒にしてくれる? その、心配するだろうし……特にブラックは目くじら立てそう」


 カナイは、私の言葉にやや思案したようだけど「今回だけな」と頷いた。

 多分、ブラックの八つ当たりが気になったのだろう。ブラックは、私には甘いからきっと怒りの矛先はカナイたちに向く。


 ぶちぶちいいながらもカナイも結局優しい。

 まあ、ごたごたを避けただけかもしれないが、それでも嬉しいから、繫がれていた手に空いていた腕を絡めて「ありがとう!」と告げる。


 カナイは一番平気そうな顔をして、こういうことをされるのに一番慣れていないから直ぐに赤くなって動揺するところが可愛いと思う。


「キスしたいくらい嬉しい」

「キ……っ! ……まだ死にたくないので勘弁してください」


 うん。勘弁する。


 私からしたっていっても、ブラックはきっと聞く耳持たないはずだから……。下がりきったテンションもすっかり元に戻って私たちは仲良く寮棟に戻った。





 それから、子どもたちの「また来てね」の声に罪悪感を感じながらも、私はいつも通りに過ごした。

 赤ちゃんのことも気になるし、あの子たちも気になるけど、私には私を心配する人たちのほうが大切でその信頼を同じ失敗で裏切れない。


 今日はギルドの依頼がなかったら調べ物でもしよう、と、図書館内を歩いていると「マシロー」とか「マシロちゃーん」という声に足を止めた。

 受付に居たカーティスさんと目が合うと、カーティスさんは後ろだと指差してくれる。

 その指先を目で追うと一般に開放している階層で見慣れた姿を発見した。


「お前が来ないから来てやったんだ」

「違うでしょーっ! お勉強しに来たの!」


 広い机を一つ占領しているその一角に足を運ぶと、口々にそんな台詞が飛び交う。

 年中さんから上だけが来ているのだろう。教会内より少し人数が減っている。


「時々ね、こうやって園の外でもお勉強したりするんだよ」


 にこにこと説明してくれる女の子に頷いて、こんな小さな子達の勉強くらいなら見られるだろうと私も同席することにした。

 ここならマリル教会じゃないし、誰も気にしなくて良いはずだから。


「……マシロさん。何やってるんですか?」

「見ての通り、子どもたちに勉強を教えてるんだけど?」


 なるべく静かにさせていたものの、他よりはざわついてしまっているだろう一角に私を見つけて、きっと一言物申しに来たと思われるシゼに私は簡潔に答えた。


 シゼは一年ちょっとでずるずる背が伸びた。

 小さくて可愛かったのに。男の子の一年の成長は怖い。

 あっという間に追い抜かれて正直面白くない。


 私の答えに驚いたのか「まさか、マシロさんが誰かに物を教えるようになるとは……」とか失礼なことを口にしている。


「シゼも暇だったら見てあげたら?」

「……彼らは『陽だまりの園』の子どもたちですか?」


 陽だまりの園? 首を傾げた私に、隣に居た女の子が「そうだよ」と頷いた。シゼは刹那複雑な表情を見せたが、直ぐにいつもの雰囲気に戻った。


「僕は誰かに教える器用なんて持ってませんから」


 きっぱりそういったシゼを他に引き止める理由なんてない。

 だから「そっか」と頷いた。そんな私にシゼは何かいいたそうにしたが、結局は口を開くことなく踵を返す。


「待てよ」


 がたり、と席を立った一番年長ではないかと思っていた子、確か名前はロスタとかいったと思う。

 彼がシゼを呼び止めたが、シゼは聞こえなかったというように足を止めることはしなかった。ロスタは、ちっと舌打ちして乱暴に椅子に戻った。


「―― ……」


 私は何かいい知れない不安に眉を寄せる。

 シゼ……ロスタの声に気が付いていたと思うけど……シゼは、つっけんどんだし愛想もないけど掛けられる声を無視したりするような子じゃない。

 例えその声に敵意が篭っていたとしても、だ。


 小さな声で隣に座っている子に、二人は知り合いかと聞いたけど「知らない」と可愛らしく首を振られただけだ。気になって、シゼを追い掛けたくて立ち上がると、丁度、レニさんに声を掛けられた。


 みんなの邪魔になってはいけないからと、子どもたちから少し離れたところで立ち話に興じる。


「まさか、ここで会えるとは思いませんでした」


 図書館にはよく来るんですか? と続けた私に、レニさんはにっこり微笑んで「そうですね」と頷く。


「ここには一般に開放されている書物だけでも、沢山ありますからね。あの子達には良い教材ですよ」


 そういってわいわいと本のページを捲っている子どもたちを見詰めるレニさんは、とても慈愛に満ちている。

 マリル教会を、エミルたちは決して快く思っている風ではない理由は、一体どこにあるんだろう?


「あの赤ちゃん、大丈夫ですか?」

「ええ、元気ですよ。今日は流石にお留守番組みですけどね?」


 くすくすと笑ったレニさんに釣られて私も笑う。


「そういえば、マシロさんのご出身はどちらですか?」


 不意に問い掛けられ答えに詰まりそうになる。


「どうしてそんなことを聞くんですか?」

「貴方のことだから気になったんです。貴方のことをもっと知りたいと思いまして」


 私にはレニさんの笑顔の下の心は読めない。

 穏やかな笑みを湛えたまま、そんな意味深な台詞を吐かれたら……大抵ぽやんっとなってしまいそうだ。

 現に私の顔も少し熱い。


「私たちは、もう長い間探しモノをしているんです。少しでも多くの情報が欲しいところなんですよ、少し行き詰っていましてね?」

「……私は無知ですから、その、有益なことなんて何も」

「己を無知と語るものは、必ずしもそうではないものですよ? それに先に述べたように私は貴方に」


 いいながらそっと伸びてくるレニさんの腕を避けられない。

 触れられるのが怖い。

 どうしようもなく瞳を彷徨わせ、くっ! と、息を詰めるとレニさんの指先は私に触れることなく止まった。


「こんにちは、レニ司祭。彼女に何か問題でもありますか?」

「おや? エミルさん、これは珍しい方にお会いしますね?」


 伸ばされたレニさんの腕は、エミルに取られていた。私は、きゅっと自分の胸元を握り締めてほっと撫で下ろす。


「そうですね。お久しぶりです……」


 エミルは少し緊張しているのか、雰囲気がいつもより硬い。

 でもエミルはエミルで、レニさんが腕を降ろすのと同時に掴んでいた手を放して、ちらと私を見ると小さく頷いた。行ったほうが良いということだろう。


 私はレニさんへの挨拶もそこそこに、その場を離れた。

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