第三十六話:王宮ってちょっと遊びに行くところ?
翌日カナイとアルファに盛大に笑われた。
「マシロちゃん、真面目にそんなこといったんですか?」
「部屋を借りるってそんなに変? 私の居た世界では至って普通のことだと思うけど」
かなり不満気な調子でそう口にした私にカナイが「普通ならな」と無理矢理笑いを押しとどめたような顔でいう。
「確かにお前一人ならテラとテトにでも頼めば直ぐに住むとこくらい世話してくれるだろうけど、絶対長くは置いてもらえないぞ?」
失礼だ。私は別に人様に迷惑を掛けるほど生活態度が悪いわけじゃない。
「まあ、ブラックなら上手く行き来するでしょうけど、面倒臭がりですからねぇ。どこかで見付かったら闇猫と通じているような住人絶対に置きたがらないと思いますよ?」
「そんなこと……」
「マシロとブラックのことを理解出来るのは上層でも極僅かな人間だけだよ。残念ながら、種屋の悪評は根深い。仕事柄民間にまで理解を求めるのは無理だよ。本人もそんな面倒好むとは思えないし……」
動揺した私にエミルがそっと説明を付け足してくれる。
「ブラック、そのこと分かってたよね。私もしかして傷つけた?」
「そんなことで傷付く繊細な神経してないと思うぞ? それにあいつはそのこと自体反対はしなかっただろ?」
カナイにいわれて私は素直に頷く。もともと反対されるなんて微塵も思っていなかったけど。話には続きがありそうだったのに、エミルに呼びかけられてその話は終わった。
「つまり、その準備が整うまでは僕らもマシロの傍に居て良いんだよね?」
「え? ああ、もちろん。図書館を出てからだって普通に……は、立場上来られない、のかな?」
ちょっぴりよぎった私の寂しさに気がつかないようにエミルは話を変えた。いつもだけど、エミルの話の内容には脈絡がないというか順序が色々とばらばらだ。
「今日の午後空いてるかな? 良かったら王城に遊びに来て欲しいんだ」
一体どういう流れでそんな話に辿り着いたのか皆無だけど、にこにことそう告げるエミルに、萎縮しながらも断れるはずはない。私はおずおずと頷いた。
「なんの用事があるんだろう?」
エミルとアルファは午後一番で王城へと戻り、私とカナイはマリル教会へ立ち寄ってカナイは経過観察と書類回収。私はその間ハクアと一緒に子どもたちの相手をしていたけれど疲れたので一休み。ハクアにもたれ掛かってうとうととする。夕べはあまり眠っていないからちょっと眠い。ふわふわの毛皮に包まれてハクアのゆっくりとした呼吸で上下する胸は安心する。揺り籠に抱かれている赤ちゃんってこんな心地良さなのかな。
そんな安堵感に包まれて直ぐだと思う。カツンカツンとお尻に痛みが響く。うーっと唸ってみる。
「起きろ馬鹿」
―― ……コツン。
もう一度叩かれてなんとか覚醒し瞼を持ち上げる。私の幸せタイムを邪魔する奴は誰だ。まあ、いわずと知れたカナイなのは間違いない。大体女の子を起こすのに足先でお尻を蹴るなんて何事だ。綺麗に磨かれている革靴をぐうで思い切り殴る。
「っ」
私のほうがダメージが大きかった。不貞腐れてもう一度寝なおそうとハクアに埋もれたら「早く起きろ」と首根っこ捕まれた。
「カナイってさ、私の扱い酷くない?」
「……正当な扱いだろ。普通の女がこんなところでごろごろ寝転がって熟睡したりするか」
カナイと論議して敵うわけないから、私は流した。
「用事は済んだの?」
「ああ。お前らが居なくなってるから少し時間が押してる。余り時間がないからさっさと行くぞ」
どんっと私の背中を押して、廊下を進ませたあと直ぐに隣に並ばないから振り返ると何事かハクアと話をしていた。ハクアは、深く一度頷いて身体を起こすと、すっと人の形を取りカナイと一緒に歩み寄って来て「行こう」とそっと私の背を押した。どうしたのかと聞いても問題ないと返されただけだ。
ちょっと待て。ハクアの主は私のはずなのにどうしてこう私は蚊帳の外なんだ。食い下がって問質せばきっと答えてくれるとは思うけどそこまでしないといけないのだろうか? 腑に落ちないまま私は道連れが多いのは悪いことではないかと一人納得した。
王城へ着くとアルファが迎えに来てくれた。そしてそのままエミルと合流するととんでもない事を聞かされる。
「え、ちょ、待って。私普通の格好だし、そんな、え? エミル遊びに来てって……王様に会うようなこと出来ないよ」
「ごめんね。陛下はいい出したら聞かないんだよ。僕もなんとか先延ばしにして置いたんだけど……本当ごめんね? 変なこととかさせないように気をつけるから少しだけ老人の話に付き合ってくれないかな」
エミルにそんな困った顔をされてしまったら嫌だと私がいえないのくらい、分かってくれてそうなものなのに、ていうか多分分かってていってるんだよね。がっくりと肩を落とした私はしぶしぶ、国王陛下との謁見を賜ることにした。賜りたくない。
「彼のいうことはほぼ聞き流して良いからね。今日は本当はこれがメインじゃないんだ、本当は僕の妹たちに会って欲しくて呼んだんだけど」
王様二の次にして良いんですか? 私はそうなんだーと乾いた笑いを浮かべつつ、右見ても左見ても上見ても足元見ても絢爛豪華な城内を突き進んだ。
前を歩くアルファやカナイですら違和感ないのに私には場違いも良いところだ、エミルはもちろん我が家的な感じだし。
心細くなってハクアに傍寄る。ハクアは元々場に気おされるなんてことはまずないだろう。今も別に普段と変わったところはない。
こんなにデカイ扉にする必要ないんじゃないの? という大きくて彫り物ががっつりしてある扉の前に到着。きっとここを潜ると謁見の間というやつなのだろう。王城とか普通に有り得ない世界だったから凄く緊張する。
「主? 心拍数が上がっている」
「平気です」
分かってるけどバレると恥ずかしい。
ハクアに顔を覗き込まれてぷぃっと答えたのに声が裏返った。皆はもちろん扉の両隣に配置されている兵士さんにもくすりと微笑まれてしまった。
そして重厚な音を立ててゆっくりと両側から開かれた扉の奥には私の想像力は貧困だったと実感させられるくらい圧倒的な広さと、煌びやかさが待っていた。つか、こんなに広い必要ないじゃん。私が通ってた学校なら室内運動場くらいだよ。
はぁ、と嘆息した私の背をエミルがそっと押してくれる。その手が暖かくて優しくて、肩の力がほっと抜けた。
扉から正面に位置した玉座に座しているのが当たり前だけど王様だろう。それなら隣はラウ先生のお父さんという話の執政殿かな?
恐らく定位置まで来たのだろう、アルファとカナイが一礼して両脇に離れた。深く呼吸してから、顔を上げると合わせるようにエミルが紹介してくれる。
王様をエミルは老人だといったけれど、どう見ても五十歳前後くらいに見える。家のお父さんよりちょっと上かなぁと思うくらいだ。外見上エミルと似ているとは思わないからきっとエミルは母親似なんだろう。
「ジルライン・ドール・アラニオン陛下だよ」
え? と息を詰めた私にエミルはそっと囁く。
「呼び名なんて何でも良いよ。そんなことあの人は気にしないから」
にこりと告げてくれたけどでも国で一番偉い人でしょう? 陛下……とかで良いのかな?
「貴殿が白月の姫か。白銀狼を従えてこの場にやってくるとは実に素晴らしい!」
座ってて良いからっ! と思わずいいそうなくらい、目の前まで来るのが早かった。すっと両手を取られこともあろうかそのまま唇を寄せて指先に触れるまでぼやんっと見届けてしまう。
「えと、私はマシロです。その、出来ればそうお呼びください。陛下」
「陛下とはまた他人行儀じゃな? 愛情を込めてジルと」
「呼ぶ必要ないから」
陛下の言葉をあっさり切って捨てたのはもちろんエミルだ。私じゃない。心情的には近いけど私じゃない。もしかして、エミル、お父さんともあんまり仲が良くなかったりするのかな? ジル陛下も私の手を握ったままエミルと睨みあうのやめてください。
「我が愚息には勿体無い美姫だが、そういえばラウから色々と聞いておる」
見た目に反して、翁っぽい話し言葉だなとか悠長なこと考えちゃ駄目、だよね? そして、血の成せる業なのかエミルと同じように美的感覚は狂っているようだ。自分の息子は愚息とかいうくせに、私を美姫とはお世辞にも程があるから私はあえて触れない。恥ずかし過ぎる。
「博士から何をお聞きになったのか知りませんが、それは陛下が口出しをされるようなことではありません」
なんか火花散ってませんかっ?! 凄い険悪なんですけど、誰か助けろって周りを見ても皆いつものことなのか失笑している。執政殿も含めて、だ。