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第二十六話:晴れた雪の日

「えー、今ですか? 私は忙しいんですよ」

「仕方がないからマシロのことは任せるけど、解くのはそんなに時間かかるようなことじゃないよね?」

「時間は掛からないですけどー、もう封印は綻び始めてるんですからそのまま解けるの待てば良いじゃないですか、そうすれば少しでも長く王宮から逃げていられますよー」


 エミルと……ブラックかな?


「悪いね。君は星を詠まないと決めたから知らないかもしれないけれど、もう潮時なんだよ」

「あー、そうですか。それなら好きにしてください」


 ブラックもエミルも相変わらずだな、もっとお互い優しく会話すれば良いのに、二人とも私には優しいのに、勿体無いなぁ……そんなことを頭の片隅で思っていると閉じた瞳の向こうで何かが弾けたような気がして、私は眼を覚ました。

 ぼんやりと辺りを見回すとエミルの姿はなかった。見慣れた天井。どうやら図書館の寮で私は眠っていたらしい。


 ―― ……そう、私が選んだのは異世界。

     そして、今、心配そうに顔を覗き込んでくる黒い猫。


 掛布の間から腕を出せば両手で大事そうに包んでくれる。私が必要としていて……そして私を必要としている人。


「良かった、目が覚めたんですね? 調子は如何ですか? どこか痛みませんか?」

「んー……頭が少し」

「頭。そう、そうですね。あまり何かを思い出そうとしないで下さいね。ゆっくりで良いんです。もう直ぐ、シゼが作ってくる薬を飲んで、ゆっくり……そうすれば自然と記憶は戻ります。繰り返しある程度長い期間飲まされていた薬の所為で、本来の効果より強い効果が出ているようです」


 ブラックがそういってくれている間に、短いノックが聞こえて「シゼです」という声と共に扉が開いた。


「一応、いわれたとおりに調剤しました」

「では、それをあと六服用意して置いてください」


 さっさとシゼが持ってきてくれたトレイを取り上げて、そう口にしたブラックにシゼは「え」と声を詰める。ブラックはその様子に、なんです? と片方の眉を引き上げて睨んだ。


「ラウには話を通して在ります。彼は私に……? いえ、マシロに協力的です。だから好きなように貴方を使って構わないと許可していただいています」


 問題ないでしょう? と続けたブラックに、シゼは眉間に寄った皺に手を当てて、はあと嘆息すると、分かりましたと踵を返した。そして、部屋を出て行く際、慌てて「シゼ!」と呼び止めた私に足を止める。


「あ、ありがとう」


 他にもっと何かシゼには話さないといけないことがあると思うけれど、思い出そうとすると頭が痛む。何とかそれだけ搾り出した私にシゼは、ふっと口元を緩めた。


「お帰りなさい」


 パタンと扉が閉まってからも暫く私はその扉を見詰めていた。シゼって絶対男前になるよね。


「さ、マシロは薬を飲んで……」

「ブラック!」

「はい?」


 私の為に水の用意とかしてくれちゃってるブラックに声を張ってしまった。ブラックは少し驚いた様子で首を傾げる。


「あの! あの、ね……ごめん。私、謝りそびれてて、その本当にごめん。私、自分が自分で思うよりずっと嫉妬深いみたいで……凄く、凄く、嫌だったの」

「ええっと……私、嫌われてますか?」


 人の話を聞いていたのか聞いていなかったのか、きょんとしてそう聞き返してくるブラックに虚を衝かれ「は?」と一瞬間の抜けた顔をしてしまったと思う。


「まさか! 好き、だ、よ」


 痛っ。頭がずきずきと痛む。釘でも刺さっているように、刺すように痛む。息を呑んで俯いた私の頭をそっと撫で、自分のほうへ引き寄せてくれる。


「今は良いです。薬を飲んでください。記憶、想いが縛り付けられているようなものです。きっと長く苦しんだんですね。長く苦しんで、猜疑心に捕らわれて、不安で……本当にすみません。もっと早く気がつけば良かった。私の責任です。貴方を一人で行かせてしまった」

「私、一人じゃ……そう、ハクアは?」


 痛い……ハクアのことも思い出そうとすると、ぎゅぅぅっと締め付けられるようだ。


「大丈夫ですよ。ハクアは驚異的な回復力を持っていますから、通常、殺すことの方が困難です。封環……あの魔法石の環のことですが、あれを解放しましたから……元気です。マシロより余ほど軽い」


 あ、そういえば私も怪我をしてたんだ。痕が残ってて、気持ち悪いから嫌がられちゃうかもと思い、ブラックにもたれ掛かったまま、そっと左腕に触れる。


 ―― ……あれ?


 指先に触れるはずの肉芽がなくて私は身体を起こして袖を捲くった。ブラックが音もなく笑って「大丈夫ですよ」と声を掛けてくれる。


「でも、凄い傷が……」

「ええ、痛かったでしょうね。私が替わって差し上げられたら良かったのに……」

「魔法士さんでも色が戻っただけで治せなくて」


 わたわたと口にした私に、ブラックはくすくすと楽しそうに笑った。


「私を誰だと? 全てを納めるものです。あの程度の傷、なかったことにすることはそれほど大変なことでは在りませんよ? マシロさえ無事ならば、私は気にしませんがやはり女性は気になるでしょう?」


 いつもの部屋着になっているのは気にしなかったのだけど、わたわたと肩口も確認する。こちらもすっかり綺麗に治っていた。


「安心しましたか? それならばとりあえず、今は休んでください。今、マシロに必要なのは休息です。貴方自身が思っているよりもずっと疲れています。心が弱りきっている。お願いですから、もう少し、いや、沢山? 心も、身体も休めてください」


 私が頷くと、そっと薬を含まされ水で流し込まれる。甘い。小さい頃駄菓子屋さんで売ってた水で溶かして飲むジュースを舐めたときくらい甘い。




 それから私は丸一日寝込んだ、というかベッドから出してもらえなかった。日を跨いでようやく外に出た。といっても中庭に散歩に出ただけだ。ブラックが冷たい風は良くない! と怒ったけど、過保護過ぎるのも良くない。部屋の窓から見える範囲に出るくらい大したことじゃないと思う。

 頭のほうは随分はっきりとしてきた。掛かっていた靄が晴れて私はどうしてあんなにうじうじしていたのかと今では信じられない。いつもの私なら迎えが来ないくらいであそこまで落ち込まないし、落ち込んでも自分で詳細確認に動いたはずだ。なのに一歩もマリル教会から出ることも出ようと思うこともなかった時点で何かがおかしかったのだ。


「そろそろ、私、全貌を聞いても大丈夫だと思うの」


 ベンチに軽く積もった雪を払って、座ると隣に「寒いのは苦手です」と猫らしいことをいってブラックも腰掛ける。


「全貌、ですか……特に目新しい事実は私は知りませんよ? ずっとマシロに付っきりでしたし。私に分かるのはマシロを見つけるまでの自分が如何に愚かだったか。ということくらいです」


 んー? と首を捻った私にブラックは重たい溜息を零した。


「用意周到といいますか、私が油断しすぎていたのですが……」


 ぽつぽつと苦々しく話をしてくれたブラックの内容はこうだった。マリル教会の企てはあの日種屋に来た私にそっくりな女の人の訪問から……彼女は、最初はその姿を私に見せ私とブラックの不仲を狙ったのかと思われたけれどそれは種を仕込む表向きのものだったらしく、彼女の狙いは、ブラックに正当な結果に行き着くことのないように作られた強い魔法石を持たせることだった。

 その所為で本来なら直ぐに辿り着きそうなマリル教会への疑念は全く向けることが出来ず、あさってな白銀狼の里とかまで探しに行っていたということだ。

 それに気がつくきっかけを与えてくれたユイナちゃんに感謝大だ。


「マリル教会ごと殲滅するつもりだったのですが、エミルが面倒臭いことをいい出しまして……」


 ありがとうエミル。心の中でお礼を告げた。


「まあ、私はマシロさえ戻ればあとのことがどうなろうと、どうでも良かったので。ハクアも見つからなかったですし、種が放置されているという風でもなかった。ですから恐らくマリル教会のどこかで閉じ込められているのだろうと簡単に予想出来ました。そちらはカナイに任せ、見つけ次第、封環を解くようにと頼みました。エミルのほうは、マリル教会が今、強行して聖女確保に走ったかということに興味があったらしく、騒ぎに乗じて中を調べたようです。そこで居るべきはずの司教はなく既に種となっていた。詳しくは知りませんが、レニはそのことで相当焦っていたようです。次のマリル教会を担うものを指名することなく司教が先立ち、教会最高位の座が空位になってしまった。これを埋める為の、誰かを探していたんですよ」

「それが、私?」


 そんなのおかしい。シゼの話では実質レニさんがマリル教会を仕切っていたって話だった。もし、司教さんが亡くなったのならそのまま順を追ってレニさんが次の司教になるべきなのに……居るかどうか定かでもない聖女の存在に頼ろうだなんて。


「最初は白銀狼を、とも思ったようですよ。ハクアが話してくれました。レニは白銀狼の里まで赴いて彼にその話を持ち掛けたと、しかし、ハクアは王都で人々や宗教観でのしがらみに捕らわれることを嫌い、聞き入れなかった。ですが、皆がそういうわけではなく、抜けてしまったものが居た。今回それを追ってハクアは出てきていたようです」

「どうして、レニさんがなろうとは思わなかったの?」


 当然の質問なのに、ブラックは「んー…」と少しだけ唸った。


「私が直接見たわけでは在りませんし、確実な話はまだ分かりませんが……多分間違っていないと思います」

「何?」

「司教を務める素養がなかったのでしょう」


 素養って、そんなものなくても皆次の司教は彼だと思っていたはずだ。それなのに


「素養は絶対です」


 今更な台詞を重ねたブラックの言葉が重かった。

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