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第二十四話:仕組まれた盲点

「おじちゃん、おじちゃん」


 図書館の受付カウンターを必死に覗き込み声を掛けてきた少女に、カーティスはのんびりと「どうしたい、お譲ちゃん?」と問い掛けた。


「あのねユイナ、おねーちゃん……ああっと、マシロちゃんのお友達に会いたいの」

「マシロちゃんの? エミルたちなら最近忙しそうに何かやってるな。んー、ああ、待ちな。呼んでやっから」

「急いでるの! ユイナ、自分で行くから場所教えて!」

「駄目だよ譲ちゃん。寮棟へは部外者は入っちゃいけねぇよ!」


 子どもの素早さには敵わない。

 結局場所も聞くことなく図書館の奥へと入り込んでしまった。「ああ、ちょっと!」と追い掛けようとしたカーティスは別の訪問者に捕まってしまった。小さな後姿に仕方がないなと、短く息を吐く。



 

「待て! 落ち着け! これ以上破壊するな!」

「落ち着いています。何も壊そうなどと思っていません」


 マシロが良く使っていたフリースペースの一角で、打開策を得ない面々は集っていた。


「お前な、魔力が垂れ流しになってるんだよ! これ以上俺に幻視と結界を続けさせるな」

「では解けば良いのです。図書館がなくなっても誰も私を責めませんよ」


 壁に背を預け、苛々と口にするブラックにエミルが冷たい声を出す。


「マシロは責めるよ。ここはマシロの帰る場所だ」

「帰る場所は、種屋です」

「そのどっちにも帰ってこないんですから、言い合ったって仕方ないでしょー」


 四人は堂々巡りの会話をずっと続けていた。

 あの日、マシロとハクアは共に消えた。馬車で王都まで辿り着いたことは分かっているのに、そのあとの足取りがぷっつりと途絶えている。

 何度も何度も都の中は探して回った。ブラックに至っては白銀狼の里にまで足を伸ばした。


「大体、元はといえばちゃんと送り届けなかったブラックが悪いんです」


 最初のうちはアルファの暴言に一々噛み付いていたが、ブラックも正直凹んで居た。いい返す気力も失せ、短い溜息だけで答えた。

 しかし、ぴくりと耳を緊張させたブラックは壁から背を離し「誰か来ます」と図書館へと続く扉へと視線を送る。カナイには幻視を解くように続け、アルファに扉を開けてくるように命じた。

 自分で行きなよとぶつぶついいながらもアルファは従い、扉を開く。

 ぎぃ……と蝶番を軋ませて扉が僅かに開くと隙間から勢いよく……


「う、わぁっ!」


 小さな少女が雪崩れ込んでくる。

 子どもには重たい扉だったのだろう。勢いで転げた女の子に驚きつつも、アルファが抱き起こすと少女は「見つけた!」無遠慮にエミルを指差した。続けて、ブラックの姿も見つけて「あれ、おにーちゃん?」とも続けたものの、一人でそんなことどうでも良いの! と纏めて駆け寄ってくる。


「ねえ! どうして! どうして、誰もおねーちゃん……ちが、マシロちゃんを迎えに来てあげないのっ! マシロちゃん、泣いてた! ずっと、ずっと待ってた!」


 がたんっ! と音を立て座っていたエミルも、カナイもユイナに詰め寄る。


「ユイナちゃん、だったよね? 君はマシロの居場所を知っているの?」

「知ってるも何も!」


 食いつくように口にしたあと、エミルたちの反応にユイナは僅かに逡巡し小首を傾げた。


「……知らないの? おにーちゃんたち……何度も、使いを出してるって先生いってたのに」


 先生? と全員が眉を潜めたのに、きょとんとしてユイナは話を続ける。


「レニ先生だよ。マリル教会の……。マシロちゃん、白銀狼に襲われて」

「ハクアにっ?!」


 慌てた様子のアルファにブラックが「それは有り得ない」と黙らせる。ユイナは「ハクアは犬でしょう? マシロちゃんが探してた」と答える。


「大きな白銀狼だよ。ユイナが追い掛けられてたんだけど、おねーちゃんが助けてくれて、代わりに酷い怪我をして、ずっと、起き上がれなくて、だから、ずっとおにーちゃんたちを待ってた。迎えに来てくれるのをずっと待ってた」


 ぎゅっとユイナは握り締めていた拳に力を込めた。


「いつも顔を合わせると、何か連絡はなかったかと聞くから、ユイナも気にしてたんだけど、最近変なの。昨日くらいから……そんなことひと言も口にしなくなって……」


 ユイナはその時のことを思い出すように瞳を伏せ小嘆息する。小さな握りこぶしが落ち着かな気に握り直された。


「今朝は、ユイナにずっとここに居るからいつでも会えるね。っていってくれたの。ユイナは嬉しいけど、おねーちゃん、変だった。だから皆で相談してこっそりここに来たの。レニ先生が子どもは心配しなくても大丈夫だっていって大事なことは任せてくれないから……」

「ど、して、今まで気が付かなかったんだ。どう考えたって一番怪しいだろ? 何故あそこには近寄れなかった……」


 口元を覆いぶつぶつとそう零しながら唸ったカナイに、ブラックが恐ろしいほど静かに答えた。


「どうやら、私が一番初めに謀られていたようです」


 ぎゅっと何かを握り締めていたブラックは、手の中でそれをばきんっと握り潰した。はらはらはらと粉砕された赤い粒が床へと落ちていく。

 こつっと一歩踏み出したブラックの尋常ではない狂気にユイナはびくりと身体を強張らせた。


「ブラック、落ち着いて」

「落ち着いています」

「怨み骨髄に徹すのは分かる。でも、これは全て消し去れば良い問題じゃない」

「そんなことは私には関係ありません。無くなってしまえばいいのです」


 ――……カシャ……ンッ!!


 びりびりと辺りに張り詰めていた空気が一息に窓や明り取り用に張られていた天井のガラスを破壊した。落ちてくる破片は凶器となり、床に容赦なく突き刺さる。

 反射的にカナイがエミルやアルファ・ユイナたちを囲ったが、ブラックは落ちてくる破片は気にならないのか、ぴ……っ、ぴ……っと頬や手の甲を傷つけるままにした。


「マシロはもっと痛く苦しく傷付いたことでしょうね……」


 ぽつ、と零して止めた足を進めたブラックの腕をエミルは慌てて掴む。

 思い切り邪魔そうに払われるが、それでも絶対に離すつもりはないらしい。エミルはブラックを刺すような瞳で睨みつけ、普段からは信じられないほどどっしりとした声で制する。


「何をする気だ」

「消すんですよ。面倒なので……全て失くすんです。貴方だってそうしたいでしょう?」

「君個人の意見を押し付けないで、僕はマシロが立ち直れなくなるようなことはしない。マシロは絶対に彼らを活かす道を探すはずだ。殲滅すれば良いなんて思わないし、そんなことが自分の所為で行われてしまったとすれば彼女は立ち直れない」

「そんなもの! 私が全て忘れさせます。痛みも悲しみも全て! 最初からなかったことにします」

「いい加減にしろ! 抑えろっ! そんなことを実際にやって、また闇猫は闇に戻るつもりかっ! 闇は光を見つけたんじゃないのかっ!」


 絶対に普段では有り得ない大きな声。荒々しい言葉。エミルに怒鳴りつけられてブラックは「……っく」と息を呑み、乱暴にエミルの腕を振り払った。

 マシロは命を惜しむ。尊む。

 例え自分を傷つけた相手であったとしても、その命を奪うことを良しとはしないだろう。そのくらいのことは直ぐに行き当たる。ぶつける先のない怒りは矛先を失い鉛のように体内に溜まっていく。


「……ユイナ、さん。次のミサはいつですか?」


 強く、強く、握り締めた拳。

 手のひらに食い込んだ爪あとから流れ出た赤い雫がぽたぽたと床を汚していた。指名を受けたユイナはアルファの後ろから少しだけ顔を出して答える。


「明日、です」

「では明日。マシロを迎えに行きます」


 その答えに頷いたブラックはこれ以上話すことはないと、ロビーを後にする。

 その姿が見えなくなり足音が床に吸い込まれて消え、静寂が戻ってくるまで呼吸をすることすら戸惑われた……。

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