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第二十話:自由というのは責任が重い

 日を増すごとに寒さが厳しくなってくる。外に出ると息が白くなることも珍しくなくなってきた。図書館などの建物の中は常に気温が一定なのか、激しい寒暖の差を感じることはないけれど、北風吹いて寒そうな外を眺めていると身体が冷えてくる気がする。


 ―― ……パタン


 重たい本の表紙を落とす。出来る限り協力したい。そう思うし、私には他の皆みたいに特定の研究内容とかがあるわけではないから暇な午後の時間を使って多くのものを確認しようと今日もページを捲っていたのだけど成果なし。そろそろ折れてきそうだ。なんとなくこれかなぁ? という感じのものがないわけではない。でも決定打に欠けるというか、コレ! と断言するのが怖かった。

 館内にはもちろん動物の入館は禁止。なので私はハクアと寮と図書館の間にあるフリースペースを陣取っていることが多い。本当はもっと奥まったところでこっそり居るべきなのかも知れないけれど、全く人の気配のない場所ではあまり集中できなかったりもする。屋上とか中庭とかなら別なんだけど、今、外は寒いしね。


「マシロ、ここに居たんだね?」


 お疲れ様と顔を覗かせてきたのはエミルだ。綺麗な水色の髪が大窓から差し込んでくる陽光に煌いて綺麗だ。王都には噴水や水場、水路くらいしかないけれど、辺境の町まで行く途中にある湖は時間帯によって色が変わりとても美しくて大好きで、エミルの髪はそんな色をしてる。


「私を探してた?」

「うん。進行状況はどうかなぁ? と思って」


 にっこりとそういって私の隣に座ったエミルは膝の上で閉じられてしまっている本の表紙をコツっと叩く。私は曖昧に微笑んで、ごめんね。と答えるとエミルはゆっくりと首を振った。


「あのね、なんとなく、これかなぁとか思うのはあるの。でも、シゼが確実じゃないと駄目だっていってたし、確かに似たり寄ったりのものも多いし……だから、記憶と照らし合わせてるんだけど見れば見るほどごっちゃになっちゃって……その、役に立たなくて、本当、ごめん」


 しょぼんっとしてしまった私の頭をエミルは優しく撫でつつ、私の膝の上で本を開く。


「シゼは完璧主義なところがあるからね。まあ、そうでないと駄目なんだよ。彼は薬師だから、僕みたいに思いつきで何かをしてしまうわけにはいかないんだ。天才たちは融通が利かないよね?」


 そういう、何かに固いところが僕は好きなんだけど。と笑ったエミルにつられて微笑む。

 

「それで、どの辺りが近いなと思うの? 徽章っていうのはね、見ていると分かると思うけれど細分化してみると数が多いと思うけど、ある程度は形や象徴しているもので絞れるんだよ」


 優しい声色で訪ねてくれるエミルに促され、私はぱらぱらと本のページを捲る。私の記憶では星が幾つか刻まれていてそれが太陽の光を反射してキラキラして見えてたような気がする。その星も五芒星ではなくて、六芒星で……私がぶつぶつと呟きながらページを進めていると隣でエミルがうんうんと頷いてくれている。そしてお目当てのページに到着すると「この辺りかなぁ……? これ、とか、これ」と指先で弾く。エミルは特に穏やかな調子を崩すことなく頷いてくれた。


「この小さなのが幾つあったのかとか良く分からないし、それに沿って描かれていたのもよく思い出せないの……あ、でも最初のほうにもこんな形のが……」


 そういってページを戻そうとするとエミルに手を止められた。


「良いよ。うん。何となく見当が付いたよ」

「本当?」

「うん。ありがとう。今日はずっとそれと睨めっこしてたんだよね? この時間なら食堂も空いてるだろうしお茶にしない?」


 そう誘われて私たちは食堂に向かった。殆ど無能な私でも役に立てたなら良いんだけど。そんなことを思いながら。


「オレンジペコだね。丸い味がする」


 元の世界に居るときはあまり紅茶と縁がなかったけどこちらに来てからは珈琲を飲む機会は少ない。だから自然と紅茶を飲む機会が増える。暖かなカップを両手で包み込み、ほうっと一息。人型になって隣の席に着いたハクアはマグカップに入れてもらったポタージュスープをふーふーっと必死に冷ましている。猫だけじゃなくて、犬も熱いの苦手なのかな? なんだか微笑ましい。


「今日はどこかに出掛けてたの?」

「え? ああ、ちょっと人と会ってたから」


 珍しく曖昧な返答に私はそうなんだと頷きつつも疑問が残る。普段のエミルなら私に知らせたくないことなら最初から口にしないし、知ってもいいことならちゃんと説明してくれるのに、どうしたんだろう?


「ごめん、別に隠すようなことじゃないんだ。ちょっとメネル……異母妹と会ってたんだよ。僕には沢山母親の違う兄弟が居るんだけど、彼女とは小さなときから仲が良くてね?」


 私の疑問に気が付いたのか、改めてエミルは説明してくれる。妹さんの話をするエミルはとても優しい顔をしている。きっと本当に可愛くて大切で大好きな子なんだろうな。なんとなく私まで優しい気持ちになって「良かったね」と頷いた。私の言葉が的を外したのかエミルは刹那きょとんとした顔をしたけれど、直ぐににっこりと微笑んで「そうだね」と答えてくれた。でも、そのあと直ぐ難しい顔をしてテーブルの上に乗せた手を組むと思案気に揺らしながら、話を続けた。


「マシロは……マシロはこれからどうするのかな?」


 少しだけ戸惑い気味に問い掛けてくるエミルに私はこれから? と重ねて首を傾げる。


「一応、ハクアの用事が解決出来るようにしたいなと、思ってるけど」


 とりあえず継げた言葉にエミルは苦笑して、そうだねと頷き言葉を重ねる。


「そのあとはどうするのかな? マシロは気が付いているかどうか分からないけれど、僕にはここでの素養の限界が来ている。僕は図書館の薬師階級で最上級階位は取れない。今日明日ということはないけれど、僕はここを出て王宮……王城に戻らないといけないんだ。遅くても次の祭りの頃には……」


 お祭りというのはこの王都で年に一度開かれる大きなものでそこで行われるパレードは王家の人たちがこぞって参加しなくてはならないものだ。エミルはこれまでその参加を避けてきた。でも、もう、タイムリミットが近いということなのだろう。


「マシロはまだここで伸びると思うんだ。でも、僕がここを出るということは、カナイやアルファもここを離れる。ラウ博士も王城に戻ると思う。シゼにはまだ暫くここで学んでもらわないといけないことが多いから残ってもらうことになる……だからもし、マシロが図書館に残るならシゼに任せることになるけど……マシロはどうしたいのかな?と思って」


 なんとも表現しがたい困ったような顔をして微笑んだエミルに私は逡巡した。確かにここで私は知り合いも増えたし、良くしてくれる人も増えた。でも、やっぱり三人が居なくなると不安だ。シゼが頼りないわけじゃない、でも、それでもやっぱりここには女の子がアリシアしか居ないし、アリシアは今同じ階位に居るけど伸び悩んでもしかしたら種を考えているかも知れない。あのはきはきと何でも口にするアリシアが最近私の前で良く口ごもっている。私ではこの世界の人の素養への悩みはちゃんと分かってあげる自信がないから追求はしていないけれど。


「ごめん。なんだかすっかり悩ませちゃったね?」

「え。あ……そんなことはないんだけど、急だったから……」


 エミルは、曖昧に答えた私の頭をいつものようにゆっくりと撫でてくれる。


「君が望むようにあれば良いと思う。選択肢は沢山あると思うけど、その中に僕らと一緒に王宮に入るというのもあることを覚えておいて欲しいんだ」

「え、私が、王宮に?」

「うん。その中でも立ち居地は色々有るからそのときに決めれば良い。図書館を出てブラックの元で生活するというのも、ここに残るというのも選択出来る」


 頭を撫でてくれていた手がそっと下りてきて頬を包む。今の季節には懐かしくも感じる柔らかな翡翠色の瞳に見詰められ、その瞳は柔らかく細められる。戸惑いがちに「でも……」と繋いだが、エミルはそこで言葉を飲み込んで首を振ると静かに手を離した。


「機会があったら考えておいて欲しいんだ。もしくはブラックと相談してみると良いと思う。彼も全く考えがないというわけでもないと思うから」


 にこにこっとそういい終わったエミルはそのあとこの話を持ち出すこともなく他愛ない話を続けてくれた。

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