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第十九話:共同生活事情

 ***


 シル・メシアは悪天候が続くことは少ない。今夜も例外なく二つの月が夜空を明るくし夜の闇の中でも迷うことの無いよう世界を明るく照らしている。

 ぼんやりと窓辺に立ち降り注ぐ月光を浴びるのは心落ち着く。太陽の光は眩しすぎるから正直好きではない。


「何をしている?」

「月見です」


 むくりと寝台から起き上がった外見年齢のみ少年の白銀狼に簡潔に答えると、ブラックは窓を背にハクアを振り返る。


「種屋は何故私の力を奪わなかった?」

「貴方は何故血の契約を行わないんですか?」


 互いの投げた質問にやや黙したあと、同時に、ふっと口角を引き上げる。


「私は誇り高き白銀狼だ。白銀狼が生涯をとして使える主はたった一人。自らの命を持って護る……だが、今の私では例え私の命と引き換えても主を護ることは叶わない。だから今は契約は行わない」

「そんな貴方だから、私は力までは奪わなかった。考えなかったわけでは有りませんが、力の使い方を知っているもの、己の分を弁えているものにまで手を掛ける趣味は有りません。……今は、という意味ですけどね」


 大体……と零して呆れたような溜息を吐いてからブラックは話を続ける。


「貴方もよく種屋へ足を踏み入れますよね? 私にとっては遠い記憶ですが、貴方にとってはまだまだ鮮明に記憶されているものでしょう?」


 ブラックの言葉にハクアは子どもの容姿らしくない笑みを零して「そうだな」と頷く。


「だが、私の父を殺したのはお前ではないのも知っている。同じ種屋だが、お前ではない」

「そうですかー? 私と同じですよ。私は貴方の父上を知っていますよ。手に掛けたときの感触も鮮明に記憶されています。私怨から白化し保管することもなく見せしめのように種を破壊した。あのとき貴方方一族に根深い憎念が根付いたことと思いますよ」

「嗾けたのは父だ。一族間ではそのことは葬られかけている。皆、私よりも老齢のものばかりだというのに今更都合の良いことばかりを表沙汰にしてどうしようというのか……痴れものどもだ」

「なるほどー、完璧な統率力を誇っていた長も引き継がれてからは一枚岩ではいられなかったわけですね」


 どこまでも軽く言葉にするブラックに、ハクアは眉を寄せ短く溜息を零す。


「否定はしない。だが私は……父を慕い今も尚憂いで居る仲間を捨て置くことは出来ない」

「……それが、マシロが隠す事情というやつですか」


 窓の桟に体重を預け、寝台の上で心地よい眠りに落ちてしまっているマシロを暫く眺めたあとゆっくりと口を開く。


「種を内包していない魂……世界で唯一素養に疑問を持つ者囚われぬ者……人々に美しいときを分け与える白い月の少女」


 静かに寝台に歩み寄り、ぎしりと寝台に片方の膝を着き腕を伸ばしてそっと髪を梳くと「ん……」と身を捩るが目を覚ます気配はない。ブラックはそれに満足そうに微笑んで立ち上がると「少し出掛けます」とハクアに告げ戸口へと向かう。ノブに手を掛けたところで「種屋」と呼び止められ動きを止める。


「主は世界のものか?」


 真摯なハクアの問い掛けにブラックは笑みを深めて「ご冗談を」と肩を竦める。


「マシロは私のものです。誰が世界になんてくれてやるものですか」


 では留守番頼みます。朝には戻りますからと姿を消した。



 ***

 

 ―― ……ぺらり


 それから暫く私の周りはとても平和で、のんびりした時間が戻ってきた。昼間でも寒いな、なんて感じるようになってきたから、図書館でもふらふらと中庭や屋上を散策している人影も殆どない。だから私は屋上の一角で徽章便覧を捲っていた。

 ハクアが愚痴ることはなかったが彼のほうは手掛かりも何もぷっつりと途絶えて久しく、仲間の捜索は難航しているようだった。


「寒くないか?」

「うん、平気。ハクアがくっ付いてくれてるから暖かいし」


 それに少しくらい寒くないと、眠気が勝ってきてしまう。種屋の徽章は単純で分かりやすいのに、この便覧に載っているものはどれも複雑で模写しろといわれても私では到底描けないようなものばかりで正直この中にはあの赤ちゃんの手掛かりなんてないんじゃないかと思い始めていた。それに時間が経ってしまった所為もあり記憶が曖昧で詳細が思い出せない。


「だーめだ! 見つからなーーいっ!」


 両手を後ろに付き、くわーっと空を仰いだ私の視界に青空は映らなかった。


「何やってるんですか?」


 すっごい大きな口。と付け加えられて私は慌てて姿勢を正す。


「ア、アルファ。覗き込まないでよ。恥ずかしい」

「外で見られて恥ずかしいようなことを堂々としているほうが良くないと思うけど。でもゆるーい感じが可愛かったですよ?」


 ハクアとは反対隣に腰を降ろしたアルファは私の手元を覗き込んで「また面白くもないものを見てるんですねー」と零す。間違っていないからつい「まーね」と答えてしまったらですよね!と明るく笑われてしまった。


「アルファは何の用事?」

「用ってほどじゃないし、別にどこでやっても良かったんだけど、どうせ何処でやってもいいことならマシロちゃんのところでやろうかなと探してきたんですよ」


 といって、座ったばかりのベンチから滑り下り、ストンと石畳の上に腰を降ろした。首を傾げた私を一度だけ見てにこりと微笑むとアルファは作業始める。

 ジャラジャラと腰から下げていたキーホルダー……だけど武器一式……を取り外し、ポケットからパウダーとか布とか手入れに必要そうなものをぽこぽこ取り出した。

 いつも思うけど、アルファのポケットとか持ち物って未来の猫型ロボットのポケットと同じ造りになっているんじゃないだろうか? あんなに入ってるなんて嘘だ。


「僕静かにしてるんで、マシロちゃんも作業続行してくれて全然大丈夫ですよ」


 そういわれて私も本に意識を戻したが、一度逸れてしまった気はなかなか元には戻らない。


 暫らくは我慢して睨めっこしていたものの、ふと顔を挙げると、アルファがうっとりと刀身を眺めていたので、ねえ、と声を掛ける。恍惚状態っぽかったから気が付かれないかと思ったけど直ぐにアルファがはいと振り返る。


「アルファってそれ全部使えるんだよねぇ?」


 周りに広げられていたのは、大、中、小それぞれの大きさの剣と、槍。湾曲刀とかまである。ちょっとした武器コレクションだ。


「使えないもの持ち歩いてても邪魔なだけですよ。どれも一通り以上は扱えますよ」


 屈託なくはっきりとそう答えるアルファに凄いねと繋ぎつつも私はこの間王宮で握った模擬刀のことを思い出す。


「大丈夫です。もう二度とマシロちゃんに刀なんて持たせませんから」

「え……あ、ありがとう」


 自分は持たないとはいえないんだよね。アルファは騎士だし護る為に剣を持つんだから。私の不安を察してそういってくれたアルファに曖昧な御礼しか返せない自分がちょっとかっこ悪いなと思う。


「皆そうやって持ち歩いてるわけじゃないよね? 王宮とかでは普通に帯刀してる人居たし」

「ああ、これですか?」


 アルファは並べていた剣を一つずつ鞘に収めていった。ちんっと鞘に完全に収まると片手に収まるほど小さく縮小してしまう様子はとても不思議だ。


「これはねー、酷いんですよっ!」

「え、何?」

「図書館の寮に入って直ぐの頃は部屋に置いておいたんです。普通に! なのにカナイさんが『ここは武器庫じゃねぇ!!』って勝手に激高しちゃって。僕の可愛い愛刀たちに魔術を施しちゃって……今ではすっかりこんな姿に……カナイさんだって直ぐに本の返却サボって部屋の中を本で埋め尽くそうとするくせに僕だけこんな扱いなんて不当です」


 あ、あぁ……なんというかご愁傷様です。そのときの様子がありありと脳裏に再現されて私は納得した。


「まあ、慣れたら慣れたで便利なんですけどね?」


 アルファが前向きな子で良かったよ。苦笑した私にアルファはとても不思議そうに首を傾げたが私はなんでもないよと重ねた。

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