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第一話:落し物の行方

 白い月青い月二つ月

 紅く染まる月……在るべきものが在るべき場所に存在して初めて歯車は回り始める。

 回り始めた歯車は……カラカラカラカラ……もう、誰にも止められない




「……どうしよう」


 私の名前は月見里真白やまなしましろ。しかし、このフルネームを使わなくなってもう久しい。

 剣と魔法と素養の世界シル・メシアに落ちた上、永住まで決めてしまった私は『マシロ』と名乗り現在は、まだ図書館に通う学生だ。


 不本意ながら、恋人の援助によって金銭的苦難は去ったものの、世話になりっぱなしというのはどうにも性に合わない。

 だから、今も昔も変わりなくギルド登録をし、細々と依頼をこなし生計を補っている。

 因みに、階位が上がったからランクもCまで昇格した。戦闘能力がまるでないので、これ以上は上げないということでブラックやみんなに手を打ってもらっている。


 と、そんなことよりも……私はそのギルド依頼をこなしている最中。

 落し物を拾ってしまった。


「こういうのは警察?」


 いや、でもこの無法地帯っぽい世界に警察組織なんてあるのか? 確か前に、カナイがその類の組織もあるにはあるっていってたような気がする。


 ―― ……じゃあ、そこに届けて……


 駐在所なんて見たことない。てことは王宮まで行くのかな?


 このところ急に冷え込んできているし、お日様が高いうちは気持ち良いくらいだけど日が沈むとこんなところには居られないだろう。


 連れて行くにしても依頼を終わらせてからじゃないと……今日は集金を頼まれたからお金も持たされてるし。



 私は散々悩んだあと依頼主であるミア工房のティンのところへ一度予定通り戻った。

 ティンは、主に魔法石の加工を得意とするオレンジ猫耳と尻尾を持った獣族の職人さんだけど、私が心配するくらい無用心だ。


 アーチ型の扉を開けると可愛らしいウェルカムベルが迎え入れてくれる――これは多分本人に聞こえてない。

 それほど面識があるわけではないが、いつものことなので店主が出てくるのを待つまでもない。ずかずかと店……というよりは作業場へ乗り込んでいく。

 売るときは基本露天販売だ。

 中央の広い机の上に途中拾ってしまった籠を置いて、キーンと金属音も聞こえる奥へ進む。


 足踏み式ののこぎりで細かい作業を行っていたティンは、物凄く近寄って初めて気が付いてくれたようで顔を上げた。

 そして、にぱっと人好きのする笑顔になって「おかえりっ」と声を上げた。ゆらゆらんっと好奇に尻尾が揺れたのに視線が取られるとか、仕方ないと思う。


「助かったさ! マシロちゃん」

「良いけど、こういうのはギルドに頼まないほうが良いんじゃないの? 集金なんてそのまま持ってどっか行かれたりするとか?」

「うわ。マシロちゃんに注意されるとは……まあ、心配ありがとさん。でもテラとテトはちゃんと身元のしっかりした人じゃないと登録しないし、依頼を請け負わせるのも人を見てるから大丈夫。マシロちゃんはあの二人に信用されてるんだって!」


 その割りに、私の登録は身元以外も怪しいところばかりだったとき、すんなり登録してもらったけど……カナイの顔利きがあったからかな。ふと思い出し複雑な気分になる。あのうさぎ耳二人の優秀さは良く分からない。


 作業の手を休めて「お茶でも淹れるさ」といったティンに後押しされるように、私は机まで戻った。


 片手に嵌めていたごっつい皮手袋を外すと、ティンは丸太の椅子に放ってお茶の準備を始めてくれる。私はその姿を目で追ったあと、数件集めて回ったお金を入れた皮袋を机の上に置いた。


「はい、どうぞー…ってマシロちゃん。その荷物何さ?」


 ことんっと私の前にマグカップを置いて机の上に、どかんっと置かせてもらっている籠を覗き込む。そして顔色を変えたティンは、恐る恐る私に尋ねた。


「マシロちゃんの子?」

「違うからっ! 絶対違うからねっ! ……大体私がいつ妊娠してたっていうの。それもなんか失礼じゃない?」


 いうだろうな、と思った疑問なのについ言葉を重ねる。

 ちょっと重ねすぎたかな? と思ったけどティンは気にする素振りもなく「だよねぇ」と頷いて手に持っていたマグカップの中身に口をつけた。


「ということは子守も請け負ったの?」

「違うの。ここへ来る途中に拾ったんだよ。落ちてたの」

「……落ちてないよね」


 おずおずと口にしたティンに私はうんと頷く。


「赤ちゃんに聞こえたら可哀想だから大きな声じゃいえないけど、捨てられちゃったみたいなんだよね。籠の中にね『誰か拾ってください』だって……」


 ポケットに突っ込んでおいた紙切れを、ティンに見えるように広げてそういった私に、ティンは「で、拾っちゃったんだ」と盛大な溜息を吐いた。


「いや、拾ったっていうかあんなところに放って置けないから、警察とか……そういう施設とか連れて行ったほうが良いかなと思って……」


 心当たりないかな? と首を傾けた私にティンは、うーんっと唸ったあと答えを出してくれた。


「マリル教会に連れて行くと良いさ。王宮でもそういう施設はあるって聞いたことあるけど、王宮は駄目。あそこは格差がありすぎるし教育上絶対良くない。マリル教会なら非武力団体だし……ちゃんと面倒を見てくれると思うから」


 マリル教会、か……。

 私がこっちに永住を決めてから、私の立場が危うくなるから近づいちゃいけないところだったよね。


「ティン、には」

「無理。オレは忙しいからさ」


 取りつく島もなく却下された。

 うーっと唸った私に、ティンは机の脇に積んである資料の山から一枚紙を引っ張り出して、穴だらけの机の上で地図を描き始める。


「悪いけど地図くらいは渡すからさ! だーいじょうぶっ! こんなあっつい五月蝿いところでもぐーすか寝てられる赤ん坊、どこででも上手くやるって!」


 ティンは私がマリル教会を避けている理由も知らない。だから、私が気に病んでいるのは赤ちゃんのことだけだと思ったのかそういって快活の良い笑顔を向けてくれた。


 確かに気持ち良さそうに眠っている。

 眠っている間に連れて行ってあげたほうが良いのは確かだろう。


 もうあの騒動から結構経ったし、私を指したらしい聖女像も私からはかなり掛け離れているものみたいだから……大丈夫、だよね? 私は自分をそう納得させて、ティンが描いてくれた地図を片手にマリル教会を目指すことにした。


 ―― ……にしても、机があれだったから紙が穴だらけだ……見辛い。


 ***


 そんなに小さい建物じゃないから、道なりに進めば見つかると笑顔で見送ってもらったのに……。


 見つからない。

 どうしよう。


 籠の中がもぞもぞと動き出した。

 起きて泣かれたら私にはどうすることも出来ない。赤ちゃんのあやし方なんてさっぱり分からないよ。わたわたしている間に泣き出してしまった。


 取り合えず、抱っこかな?

 抱っこだよね。


 私は籠を道の端へ置いて赤ちゃんをそーっと抱き上げる。


 ―― ……ぐにょん


「うわわわわわっ!」


 柔らかいっ! 何でくにゃくにゃなのっ。

 どうしよう! どうしようっ!!

 どこ支えれば……両脇に手を突っ込んで持ち上げようとしたら首がくにょんと残ったのだ、何これなんで? 人形だってこんなことにならないのにっ。


 私は慌てて籠の中に赤ちゃんを戻す。

 真っ赤になって泣き叫ぶ赤ちゃんの姿はまさにタコ! 良い感じの湯で加減になってる……って冷静に眺めているわけにいかなくて。


 ―― ……どうしようーーっ!!


「どうか、しましたか?」


 おやおや、酷く泣いてますねー。と、背後から生えてきた人影は、籠の中と私を交互に見比べた。

 おろおろとその姿を見上げると、男性……? だと思うけど、穏やかな笑みを浮かべた優しげな人だ。


「あ、あの、私」

「私が替わりましょうね」


 にっこりと笑顔のまま察したのかどうかは分からないが、彼はそっと手を伸ばし慣れた手つきで赤ちゃんを抱き上げた。大きな手で首の後ろを支え、包み込むようにその身に寄せた。

 大きな声でしゃくりあげながら泣いていた赤ちゃんは、その腕の中で安堵したのかひっくひっくとしゃくりながらも号泣するのはやめてくれたようだ。


「凄い……あ、ありがとうございます。助かりました」

「いえいえ、それで、この子のお母さん。というわけではなさそうですね?」


 鈴が鳴るような綺麗な声でゆっくりと問い掛けられ、私はこくこくと頷いた。


 よく見ると、彼は一目で聖職者を思わせる格好をしている。

 胸には少し大きめで、左右の端にダイヤとブルーダイヤをあしらったような特徴的なクロスペンダントも掛かってることだし。きっと近くまでは来ているはずだから……


「あの、もしかして、マリル教会の方ですか?」


 私の山掛けの質問に、彼は少しだけ驚いたように見えたが、僅かに眉が動いた程度だ。


「ええ。私はマリル教会の者ですよ。因みにここは教会の裏です。あまり一般の方は寄りませんね?」

「そう、ですよね」


 ごめんなさい。迷ってました。


「えっと、その丁度良かったです。この子八番通りの裏で……そのぉ…」


 ちらりと腕の中の赤ちゃんを見て言葉を濁した私の意図を察してくれたのか、彼は「分かりました」と頷いてくれた。


「貴方はとても優しい方なんですね。悲しいことですが時折あるんですよ。この子も貴方に助けてもらって幸運だったといえましょう」


 裏ではこういう子達を売買するものも居ますからね。と、続けて感情の読めない笑みを曇らせた。


 やっぱり、私はまだこの世界の表面しか知らないのだろう。

 とはいえ、私にもこういうことに深く首を突っ込むと心配してくれる人たちが居るわけだから深追いは出来ない。

 無事に教会の人に預けることが出来たのだから、お願いだけして立ち去ろうと思ったのに……赤ちゃんの入っていた籠を持たされた。


「この子がこれから生活する場所がどういうところか気にもなるでしょう?」


 ともいわれたら、頷くしかない。

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