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第十七話:王子様は金銭的に麻痺してる系

 物凄い見られてる。物凄い見てる。

 私は、のんびりと屋上庭園でハクアを遊ばせるためにベンチの一角を陣取っていた。だけど、ワンコ……もとい、ハクアは遊ぶつもりはないらいしい(当たり前)座っている私の足に、背をぴったりとくっつけ隣に丸くなりお昼寝中。

 どっちに何か用事があったのか、なかったのかは、知らないが、カナイがさっきからその隣を陣取っている。


「あ、あの、カナイさん? 触りたいなら、触らせてもらえば? 可愛いよね?」

「ば! 馬鹿! そんなことあるわけないだろっ! 俺が見てるのはそっちじゃなくて」


 どっちだよ。

 今明らかに耳に当たる風がくすぐったくて、耳をぴるぴる振るわせたのに釘付けだったじゃん! カナイも可愛いもの好きなら好きで、無理しなきゃ良いのに、バレてないとでも思ってるならある意味凄いだろ。ていうか隠す気があったのかな?

 はー……と、嘆息した私にカナイは、こほんっと咳払いして「兎に角」と話を始めた。


「なんかさ、昨日はブラックの実力見せ付けられた感じだよ」

「ハクアの愛らしさを認めちゃった感じじゃなくて」

「いや、そっちもだけど」


 そっちもなんだ。

 ふわふわと寝てるハクアの背を撫でた私に続いてカナイも手を出したが案の定噛まれた。でも挫けない。痛くないのかな。


「あいつ、あっさり俺にいうつもりだったっていってただろ?」


 こつっとハクアの前足にくっ付いている紅い輪を弾く。

 確かに、昨日時間が有ったらカナイに頼んでたっていってた。面倒臭がりだからね。自分は滅多に動かないんだよ。ごめんね。


「俺が作ったら、間をはしょったとしても、最低でも五日は掛かる」

「え?」

「だーからー。こんなもん一晩で出来るか! ってこと。まず魔法石手に入れて、禁書棚に入り込んで構築式を組んで……だろ? 絶対無理……あ、いうなよ。俺が愚痴ってたこと」

「……アルファテンション上がるだろうね」

「だからいうなって」


 苦い顔をして重ねたカナイに、私は笑って「はいはい」と頷いた。

 その様子に納得したのか「なら良いけど」といいつつ私の向こう隣へ視線を送る。そこにあるのはこの間シゼから預かった徽章便覧だ。

 目を通したのか? と、聞かれたので、まだだと正直に答える。ぱらりと見はしたけどそのくらいでは何も得られない。


「シゼは、お前に知ることを強いているみたいだけど、あまり気にするなよ。あいつは、まだ子どもで……無知は罪だと思っているところがある」


 確かに、シゼはいつも自分から知ろうともしない私のことを嫌う。

 その意見も私は尤もだと思うから、特に反発を持ったこともないのだけど、カナイや他のみんながどう思っているかなんて考えてこともなかった。


「でも、私は知らないことで、みんなに迷惑を掛けてきてるし」


 ぽつりと零した私の言葉にカナイは「お、殊勝な態度だな?」と茶々を入れる。むすっとむくれた私の頭をカナイはぽんぽんっと叩いて困ったような笑みを零す。


「お前、知っててもどうせ同じだろ?」


 ぐさっ。

 いっちゃったよ。この人いっちゃったよ。


 本人に悪気が全くないところがまた痛い。間違ってないのも痛い。

 益々眉間の皺を濃くした私の眉間をカナイは指で弾く。痛いんですけど。弾かれたところを抑えて睨みつけるが、カナイは凄く真面目な顔をしていたから怒るに怒れない。


「知ることは全てじゃない。知ることで、分かったつもりになるのは一番危険なことだ。それは俺が一番良く分かってる。大体、過去帖なんて捲ってるより、お前は自分の目と耳で確認して回ったほうが性に合ってるんじゃないのか?」


 まあ、俺の個人的な意見だと苦笑しつつ、最後に一撫でとハクアに手を伸ばし、噛み付かれてから立ち上がった。何か前にも同じようなこと……。あ……


「私、アルファにも同じようなこといわれた」


 ぽんっと手を打ってそういった私に、カナイは凄ーく不味いものを口にしたときのように苦い顔をして眉を寄せる。


「……何か俺っていつも二番煎じ?」

「だね」


 デジャヴだ。

 だったらいうんじゃなかったと肩を落としたカナイに思わず笑ってしまう。それとほぼ同時に「こんな所に居た!」と、エミルが昇降口からこちらに手を振った。どうしたのかと歩み寄ると、エミルは「デートしようよ」と微笑む。何事かと首を傾げると、エミルは楽しそうに話を続ける。


「下でアルファとシゼも待ってるよ? カナイも行こう。ハクアは行くんだったら人の形で宜しくね?」


 君の大切な主のためだよ。と、念を押したエミルにハクアは、ぽふっとお子様の姿になって私の手を取った。そして、空いたほうの手をエミルが取って、ほぼ強制連行状態で階段を下りた。

 因みに荷物はカナイ持ち。




 図書館の入り口で待っていたアルファによって、ハクアは大き目のキャスケットを被せられ、少しだけ色の付いたサングラスまで掛けられた。特に眼鏡は嫌がったが、アルファまで「マシロちゃんのため」と重ねたので渋々外すのは諦めたようだ。


 珍しくみんなで出掛けたのはいつもの市より離れたところだった。そこでは沢山の露天が軒を連ねて賑わっている。私が初めて、こちらで市を見たときくらいには賑わっている場所だった。


「これでも少しは減ったんだよ。僕とシゼは午前中に一度来たんだ。マシロたちは授業があったし、早い時間じゃないと特殊なものは手に入らなくなっちゃうから」


 にこにこと、逸れないように私の手を取って歩いてくれるエミルに話し掛けられ頷いた。


「この市は渡来品が中心で、三ヶ月に一回開かれてて、本当はね、もっと早くマシロもここに連れて来てあげたかったんだけど」


 といいつつエミルは先に見える露天の商品を指差した。


「ここはマリル教会に近いんだよ」


 エミルが指差しているのはロザリオだ。

 レニさんの胸にも揺れていた特長的なものだ。私はなんとなく納得し頷いた。エミルの指先に気が付いた店主がにこにこと声を掛けてくる。


「このロザリオは一級品だよ。これを身に着けていればマリル様のご加護も一気に強まるってもんさ! どうだい? 可愛い彼女に買ってあげたら?」

「ありがとう。でも、遠慮するよ。それは彼女に相応しくないから」


 にっこり穏やかにそういわれると、店主は食い下がれなかったようだけど、結構、凄いというか失礼なことをいわれてるっておじさん、気付いてるかな? 気付いてないよね? 苦笑しているとシゼが「エミル様こちらですよ」と声を掛けてくれる。何? と、エミルに訪ねるとにこにことエミルは嬉しそうだ。


「マシロに似合いそうなの見付けたんだ。まだ残ってると良いんだけど」


 エミルに腕を引かれ、小さな手に握られている感触がふと消えてきょろきょろと辺りを見回すとハクアはアルファたちと何か見ていた。誰かと一緒ならハクアも心配ないかと思い、そのままついていく。


「エミル、私聞きたいことがあるんだけど?」


 足を止めることなく声を掛けた私に今度はエミルが「何?」と私を見詰める。


「昨日、絶対にブラックがハクアのことを許すはずないっていってたよね? どうして?」


 私の問い掛けにエミルは、ああと頷き答えてくれる。


「白銀狼を聖獣に指定しているのは国だけれど、それに加えてもっと特別な意味を持たせているのはマリル教会なんだよ」

「特別な意味?」

「うん、そう。マリル教会には、夜空を飾る白い月以外に明確に祀る対象がないからね。白銀狼の見た目と、その能力から、直接白い月から加護を受けているとしているんだ。さっきのロザリオ覚えてる?」

「え、うん。あの両端に宝石が埋まってるやつだよね」

「そうそれ。あれはね、白銀狼を現しているんだ。金銀妖瞳を模造してる。だから、今、マシロが白銀狼なんて連れて歩いた日には、マリルが転生しましたよーっていってるようなものだよね」


 マシロが拾ってきたときには、かなり驚いたよ……と、苦笑したエミルに私は肩を落とす。

 間違ったことはして居ないと思うけど、やっぱり思慮には欠けたかも知れない。気落ちした私を気遣ってかエミルは繋いでいる手に力を込めて「そんなことよりこっちだよ」と手を引いた。


「あった、コレだよ、どうかな?」


 エミルがそっと手にとって見せてくれたのは、綺麗な紅珊瑚のネックレスだ。混じり気の全くない紅は、深く濃く鮮やかで見るものを魅了する。


「マシロの肌は白くて肌理も細かいから、きっと似合うと思うんだ。午前中にふらふらしてるときに目に付いちゃって一目惚れしたんだけど、マシロはこういうの嫌い?」


 そんなキラキラ王子様スマイルで聞かれても。

 宝飾品が嫌いな女の子なんて少ないと思う。でも、明らかにコレは分不相応に高級そうな気がする。私が身につけたのでは紅珊瑚に申し訳ない。


「同じコーラルなら白もありますよ? エミル様」

「へぇ、綺麗だね? でも指輪って……シゼ、意外と大胆だね?」

「っ! い、いえ、別に他意はなくてですね」


 二人が他の商品で話しこんでいる間に、私はそっと紅珊瑚を商品棚に戻した。惜しい気もするけど、きっと今の私の手持ちでは足りない。ちょっぴり引かれる後ろ髪を振り払うと私はくぃくぃっと腕を引かれた。ハクアが戻ったのかと思ったら違った。


「やっぱりお姉ちゃんだ!」


 くりくりと大きな目が愛らしい女の子だ。私がこの子とあったのはそれほど前の話じゃない。今日は買い物ー? と続ける女の子に私は頷いた。


「久しぶりだね、ユイナちゃん」


 少しだけ腰を折ってそう声を掛けると「知り合い?」とエミルの声が降ってくる。それと同時に……


 ―― ……シャラリ……


 私の胸元にさっきの珊瑚が光る。


「え! ちょ、エミルこれ」

「プレゼント。ほら、やっぱり良く似合うよ。ね、君もそう思うよね?」

「えっと、えと、はい」


 エミルーっ! ユイナちゃんまで巻き込まないで。見目麗しい王子様ににっこり訪ねられたら子どもとはいえ女の子。頷くことしか出来なくて当然だ。私は何とか外そうと首の後ろをまさぐるのだけど、エミルが止め具を握ったままだ。強引なエミルに結局


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 という結果になる。でも、本当に綺麗だ。今の私には勿体無いような気がするけどこういうのが似合う女性になりたいなと素直に思う。


「あ、紹介遅れてごめん。エミルに、シゼだよ、あっちの方で買い物してるのも一緒なんだけど……ちょっと見えないな。それから、この子はユイナちゃん。前に種屋で一緒になったんだよ」


 と簡単に紹介する。愛想良くとまで行かないまでもシゼも普通に挨拶を交わしてくれてほっとする。店先では迷惑になるだろうから私たちは人ごみを抜けた。


「今日お爺ちゃんは?」


 実は迷子だったのではと思い、そう訪ねた私にユイナちゃんは刹那逡巡して顔を上げると、一緒じゃないよと首を振る。


「ユイナ、今はね、陽だまりの園に通ってるんだよ。今日はレニ先生のお使いでみんなと来たんだ」

「通っているということはレニ司祭に何かご教授いただいているのですか?」


 大抵、一歩も二歩も離れているシゼが私の直ぐ隣に居た。

 若干前だ。物凄く珍しい。「きょうじゅ?」と可愛らしく首を傾げたユイナちゃんに、エミルがにっこりと「何か教えてもらっているの?」と聞き直した。

 ユイナちゃんは、やっと合点がいったのか、こくこくと頷いた。


「ユイナはね、いっぱんきょーよーと、痛いの治すのを教えてもらってるんだよ」


 そういえばユイナちゃんには癒し系の素養があるとブラックが告げてたなと思い出す。そうか、偉いねとエミルに良い子良い子されて、ユイナちゃんはぽんわりとした笑顔になる。


 分かるよ。うん。エミルからは基本マイナスイオンが出てるよね。


 思わず和んでいると遠くから「ユイナちゃーん!行こー!」と大きな声が掛かる。ユイナちゃんは帰らなきゃと顔を挙げ、私たちにさよならを告げて足早に立ち去っていく。私もユイナちゃんが見えなくなるくらいまで見送りたかったのに、エミルとシゼが私の前に立っていた。


 二人の背中しか見えない……。


 陽だまりの園の子達から、私が見えないようにしてくれたのだと思うけど、相手は子どもだしちょっぴり行き過ぎな気がする。でも、まあ、やり過ぎ感が否めないのはいつものことか。曖昧に苦笑したところでそろそろ帰ろうと、みんな合流した。


 カナイは相変わらず用途不明な細工物を握っていた。


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