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第十四話:黒猫様のいう通り(1)

 がたごとと馬車に揺られながら考える。


 ほぼ確実にブラックは良しといわないだろうなと。犬猫を飼うとかそういう問題じゃないし、ブラックが白銀狼について何も知らないということは考え難い。と、なってくると理由はどうあれ、聞き入れられないだろう。


 うーん……と唸って隣を見る。


 御者の人が吃驚してはいけないからと、無理がないなら人の形で乗って欲しいと提案したらハクアは「問題ない」と、了承してくれ大人しく人の姿を取って座ってくれている。


「さっきは大丈夫だった? どこも痛くしてない?」


 病み上がりなのに、ごめんねと続けるとハクアは軽く口角を引き上げた。笑った、のかな? 人の形を成せばハクアは獣族と変わらない。

 凄く透明度の高い銀髪が綺麗だし、色白だし――でも、同じ銀髪でもエルリオン先生の髪とは少し違うなぁ? なんだろう、金色の色素を抜いていった銀って感じなのかな?――体型だって均等の取れた美しい筋肉のつき方は――別にそういうのが好み。というわけでなくても――彫刻染みていると感じるほど、綺麗だなと思う。思わずまじまじと見詰めてしまった私に小首を傾げつつも真顔で「問題ない」と答えてくれる。


「なら良いんだけど……その、みんな、悪気があるわけじゃないから、許してあげてね?」

「ああ、分かっている。全て主を護る為だ」

「私、ハクアの主さんになってあげられるか分からないよ? 多分、無理だと思っておいたほうが良いと思うし……一応、手は尽くすつもりだけど」

「私が誰を主に持つかというのは私とマシロが決めることだ。他人が介入すべきことではない」


 ―― ……ん?


 ま、まぁ、いわんとすることは分からなくもないけど? 主イコール飼い主ではないのか。いや、飼い主って……ううーん……益々良く分からなくて、結局のところハクアが良いならそれで良いや、と私は辺境の町までの道のりを楽しむことにした。



 

「随分と遠くまで来たな?」

「だよねぇ、遠すぎなんだよ。もう夕方だし、泊まって帰るしかないよねぇ。明日授業あるしレポート提出だし」


 馬車から降りるのを手伝ってくれたハクアにお礼をいって、いつもの道を歩き始める。その隣を同じスピードで並んで歩いてくれるハクアは私の話を一々真剣に聞いて居る。


「レポート……あの遅くまで書き物をしていたあれか?」

「そう。あれ。チルチル先生って普段は面白おかしい先生なんだけどね、怒るとねちっこいんだよねぇ。重箱の隅突くみたいに……」

「重箱?」

「ああ、そか……そうだよね」


 重箱なんて分からないか、ここでは。

 お花見はやったから、今なら紅葉狩りとかの季節だったりするのかな? でもここの季節っていきなり変わる感じするし、紅葉していくじわじわ感はないか。

 少し黙り込んでしまった私の顔を、ハクアは心配そうに覗き込んでくる。

 本当に綺麗な、文字通りの金色と銀色の瞳。

 銀のほうは少しだけ水色に近くて――深い水の底の色をしたアルファの瞳の色とはまた違う色だけど――とても、綺麗だ。


 私はハクアのこの瞳が好きだな。


 人になっても狼に戻っても同じなのは瞳の色と……耳と、尻尾……。


 ―― ……か、可愛いというか問題だよね。


 ふっと視線を逸らして笑いを堪える。大の大人の男性に動物耳に尻尾は……。ま。ブラックもそうだけど、アレは慣れた。ハクアも慣れるくらい一緒に居られれば良いな。




 ―― ……がちゃ


 ドアノブに手を伸ばしたら、ハクアに身体を引かれた。

 何かと思ったら、中からお客さんが出て行くのと被ったらしい、ハクアが居なければぶつかっていた。別にぶつかるくらいは平気だけど、中から出てきた女性が大事そうに抱えていた光の玉が壊れてしまっていたかも知れないから良かった。


「ありがと」


 軽く頭を下げて、擦れ違った女の人を見送ってお礼をいうと、ハクアは刹那不思議そうな顔をしたあと、首を振った。

 中に入ってしまえばもうハクアが人である必要もない。


「犬に戻って良いよ」

「……犬ではないのだが」

「あ、ああ、ごめん。狼?」


 慌てていい直した私にハクアは苦笑しつつ、ふ……っと狼の姿に戻った。


『ところでここは種屋か?』

「ハクア、種屋を知ってるの? そうだよ、ここは種屋さん。店主に会いに来たんだよ」

『何故?』

「何故って、その必要があるからだよ」


 ハクアが、どうしてそんなことを聞くのか分からなくて首を傾げると、ハクアは一瞬足を止めたが直ぐに何かを思い直したようで「分かった」と、続いてくれた。

 二階へ続く階段を昇り、書斎の前で足を止める。

 さっきお客さんがいたってことは居るはずだし、私が来てることもカナイが知らせているか、それがなくても、この屋敷に入った時点で気が付いているはず。今更、緊張する必要なんて微塵もないんだけどな。自分から帰るのってなんとなく気恥ずかしいというか、未だにちょっと慣れない。

 ハクアに待つようにいって、ノブを握ったまま苦笑した。

 深呼吸したあと軽くノックしてドアを押し開く。


「ブラック……居る?」

「マシロ!」


 後ろ手に扉を閉めて奥の机に向かって足を進めると、そこへ到着するまでに、お帰りなさいとがっつり抱き締められる。

 腕の隙間から、ちらちら窺える尻尾が嬉しそうにゆらゆら揺れてて……相変わらず可愛い。私、動物フェチなのかな……?


「それで、今日はどうしたんですか?」


 ややして私を解放すると、椅子を勧めつつ問い掛けてくれる。

 間違ってないけど、理由なく帰ってくるとは流石のブラックも思ってないわけだ。私は、腰を降ろすのは遠慮して、あー……と、頬を掻きながらごにょごにょと切り出す。


「あの、ね。今日はちょっとお願いがあって」

「お願い? 珍しいですね」


 にっこりと微笑んで、可愛らしく首を傾げるブラックの視線から逃げるように俯いた。


「おねだりですか? 何か欲しいものでも見つけました? 服ですか宝飾品ですか? それとも別宅でも構えますか?」

「そ、そんなものじゃなくて……その、い、犬」

「はい。犬?」

「そう! 犬が飼いたいの!」


 思わず叫んだ私にブラックは、すぅっと瞳を細めて「犬……ねぇ」と微笑む。

 その笑みは、私を通り越して後ろにした扉の向こうを見ている。


 私はじりっと後退った。


 ブラックが怖いわけではないが、何となく扉を挟んでいるのに二人が睨み合っているような気がしたのだ。


「大丈夫。ちょっと大きいけど、大人しくて良い子だから」


 後ろ手に、そっと扉を開くと、するりとハクアが大きな身体を滑り込ませてくる。

 するっと、私とブラックの間を通り過ぎ、私の隣に並ぶと腕に額を摺り寄せた。反射的に頭を撫でるとハクアは心地良さそうに瞳を細める。

 ブラックは黙ってその様子を眺めていたが、派手に溜息を吐いて肩を落とし、俯くと顔を覆うようにこめかみを押さえた。


「貴方が白銀狼を連れてきますか?」


 そういったブラックの声が、酷く悲しげに聞こえて、私はきゅっと痛む胸を押さえた。


「え?」

「いえ、こちらの話です。それにしても……エミルたちには反対されて、結局どちらも押し切れなかったから私のところまで持ってきたって感じですね」


 その通りです。


「あの、あのね! この子はハクアっていって、事情があって群れに戻れないの。だからその事情が解決するまででも良いから」

「ハクア……今、一番勢力のある長ですね。その長殿の事情、ですか? 縄張り争い程度のことが王都まで広がってくるとは考えられませんが……兎に角、どういう事情があるにせよ、私は反対です。今、マシロの元に白銀狼を置くのは良策ではない。それが私の判断です」

「でも、ブラック」

「駄目です」


 ぴしゃりといい切られ、私はしょぼんと肩を落とす。

 いうと思ったけど、もしかしたら私のお願いなら聞いてくれるかもしれない。と、思ったのに一刀両断とは。もちろんそれでも、その位で引き下がる気はなかったから、次はどう持ちかけようかと思案していたら「もういい」とハクアが口を開いた。


『誰の承諾も必要ない。私が主を定める』

「ハクア?」


 すぅっと人の形を成し、私に手を伸ばしたハクアの指先が私に触れると思ったのに……瞬きをする間に私の視界には見慣れた後姿が映っていた。

 全然気が付かなかった。


 ―― ……どん!


 と、屋敷が揺れ、一面が本棚になっている壁にハクアが叩きつけられていた。衝撃に棚から落下した本は、床に落ちることなくその場に留まっている。


「マシロに触れないで頂きたい」


 冷たいブラックの言葉に狼の姿に戻ったハクアは立ち上がり首を振ると、低く唸り声を上げ絨毯を敷き詰めた床に爪を立てる。

 僅かな隙にでも、床を蹴り飛び掛ってきそうだ。ぐっとハクアが前足に力を入れたところで私は慌ててブラックの前に出る。


「駄目っ! ハ、ハクア!」

『何故』

「何故って! ブラックは私の大切な人だからだよ! 傷つけて良い人じゃない」


 い、いや、傷つけて良い人なんて居ないけど……と、付け加える前に「マシローっ!」と感極まったブラックに抱き締められた。ぐぇっと可愛らしくない声が漏れ、位置を保っていた本がばさばさっと落下する。一冊ハクアの頭に当たった。


「ちょっ! ブラック! 今、そんな場合じゃ」

『……主は傷つけてはいけないものばかりだな』


 ハクアの言葉にブラックの身体がぴくりと反応する。


『種屋をその背に庇うものが居るなど……私は、見込み違いはして居ない』


 ブラックは私からそっと離れると、私を背にまわしてハクアと向かい合う。


「マシロに白銀狼など必要ない。マシロにはきちんと守りをつけています。役に立たないことが多いですが、まぁ、貴方よりは個々の力は増している」

「ブ、ブラック……」


 きゅっとブラックの背を掴むと、私のほうへちらりと視線を送ってくれる。その瞳はいつもと変わらず柔らかいのに、ハクアに向ける言葉は辛辣だ。


『私が必要か必要でないかという話ではない。主には命を救われた。その借りを返すのは当然だ』

「そう思うのでしたら、素直に離れなさい。通常であるならば、貴方の申し出は心強いかもしれませんが、先にも述べたように彼女には必要ない。戦う力のみならばアルファのほうが上ですし、魔力もカナイのほうが上です。上策を思いつき人を束ねることに長けているのも、恐らく貴方よりはエミルのほうが勝るでしょうし、どれも私には敵わない」


 ブラックの並べる言葉に、ハクアは唸り声を上げたがそれ以上食い下がることもなく、たんっと床を蹴って部屋を出て行ってしまった。

 ブラックが意外にもエミルたちを認めていることに驚いて、少し呆けてしまったけれど、ハクアの尻尾がドアの向こうに消える瞬間慌てて声を上げた。


「ハクアっ!」


 私の声に刹那足を止めたような気がしたが振り返ることはなかった。

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