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***


 流石に疲れたな……。


 溜息と共にコックを捻って頭からシャワーを浴びる。吐く息で水滴が跳ねる。無造作に顔を拭って、顔に掛かる髪の毛を掻き上げ顎を上げて、顔面に湯を浴びながら暫し瞑目。

 僕は多分このままマシロさん風にいえば、縦ばかりに伸びた。になってしまうんだろうな。もちろん、それを悪いとは思わない。僕の素養に体格なんて関係ないし、届かなかった本棚も脚立なしでいけるようになったし……、そう考えた時に、ふとマシロさんと出会ったばかりのころ、子どもであることを拒んだ僕に、自分はまだ子どもだと笑ったマシロさんを思い出した。

 もうきっとマシロさんは子どもでは居られない。僕は、まだ子どもだと自分で認められるくらいには大人になった。


 ―― ……早く出よう。


 ちょっと目を離すと何に巻き込まれているか分からない。部屋に帰ったから大丈夫だなんて、きっとあの人には通じない。

 洗面台の棚から、経皮鎮痛消炎剤を取り出し腰に塗り付ける。明日には治るだろう。



「もう陽が落ちますね」


 部屋へ戻るとマシロさんは、瓶を抱えたままぼんやりと太陽が沈んでいく空を見上げていた。

 濡れた髪を拭いつつ、西日が差し込む窓にカーテンを掛ける。部屋の中が一瞬暗くなり、すぐに魔法灯で明るくなった。


「ごめんね。半日潰しちゃった」

「構いません。息抜きの様なものです」


 らしくなく責任でも感じているのだろうか? 殊勝な態度に首を傾げ、ベッドの端に腰かけて欠伸をかみ殺す。


「どうかしましたか? 薬、ちゃんと飲みほしてくださいね?」

「あ、あぁ、うん。分かってるよ。もうちょっとだから大丈夫」


 他に何かあるのか痛いくらいの視線を感じて眉を寄せる。


「マシロさん?」

「と、ごめん。制服に白衣以外のシゼって初めて見たなと思ったから」


 何をいうのかと思えば。気が抜けて呆れたような息を吐いた。確かに、僕は衣装持ちというわけでもないし、こだわりがあるわけじゃない。毎日そんなことに頭を悩ませなくて済むから、制服があって良かったと思ってる。

 場に適した格好くらいは気にするけど……自室の中だしラフな格好でも別に……変、かな? 良く分からなくて首を捻る。

「新鮮っ!」

「……それは良かったです」


 力強く口にしたマシロさんにどう反応して良いのか分からなくて曖昧に微笑むと、刹那時間を止めた後、ふぃっと顔を逸らして慌てたようにマシロさんは話を繋いだ。


「それにしても、エミルの部屋が魔窟だっていってたからシゼの部屋も似たようなものだと思ってた」

「エミル様はお優しいので、受け入れたものを捨てることが出来ないんですよ」


 人も物も然りだ。エミル様のお陰で今の僕がある。そして、僕はそれ以外に何もいらない。必要としないから部屋は確かに殺風景かもしれない。そういえば、みなさんの部屋は好きなものが把握出来るくらいは何かあるかもしれない。気にしたことなかったな……。それに――


「僕は……捨てることに躊躇はしませんから」


 ちらりとゴミ箱へと視線を送る。


「エミル様の部屋は、カナイさんあたりが勝手に捨てているはずですけどね。それに、エミル様は部屋で調剤されますし……僕も時々材料拝借します。貴重なものが平気で置いてありますから」


 取り繕う様に続けて笑った僕に、マシロさんもにこりと微笑む。


「隣、座っても良い?」

「構いませんけど、瓶ひっくり返さないでくださいね?」


 テーブルは座り心地が悪かったのだろうか? マシロさんの申し出を不思議に思いつつ、注意して腰を浮かせ机へと手を伸ばす。その手に運ばれてマシロさんは枕の隅をソファ代わりにした。不安定だったのか、小さな手が僕の袖をぎゅっと握った。僕にはまだ安心させてあげられるだけのものはないけど、もしかしたら頼りになっているのかもしれないと思えて嬉しい。

 僅かに緩んでしまった頬を隠すように「そういえば、カナイさんの時はどうしたんですか?」と切り出した。

 マシロさんは、ああ。と頷き


「あれは魔法具だったらしくて魔力切れで元に戻ったよ。私は呪い解除は王子様のキスに限ると推したんだけどね?」

「なるほど。マシロさんの世界ではそのような手法があるんですね」

「ないよ」


 いって残り少ない薬を飲み干す。不毛な会話をしている気がしてきた。俯き目頭をぐぐっと抑えた僕はそのままぐりぐりと揉み解す。急な睡魔も襲ってくる。もう少し、もう少しだけでもちゃんと起きていたい。


「あ、そういえば、シゼ、三日も寝てないっていってたよね」

「ええ、まぁ……よくあることですからお気にせず……」

「よくあっちゃ駄目だと思うけど……寝て良いよ? 私戻ったら勝手に帰るから」

「しかし、確認してからでないと」


 いくらごねても今日は体力の限界だ。うつらうつらとしている。観念、するしかないのかな。短い溜息を落とす。


「すみません……明日、診察受けに来てください……ね」

「うん」


 いい終わると同時に、ぽすりと枕に頭を沈め、その振動に空になった瓶をマシロさんが取り落とした。拾わないと、と、思うのにもう身体は重くていう事を利いてくれない。空だし、次に目を覚ました時に拾えば良いか。そう思って寝台に身体を横たえた。マシロさんがバタバタしているのが視界の隅に入る。その姿も見納めか。落ちそうになったのを這い上がって来たマシロさんの頭を撫で、楽しかったと口にしたかったのだけど、声になったかどうか分からない。瞼は落ち、深く意識が落ちていく感覚に直ぐに呑まれた。



***



 朝はいつも小鳥の囀りで目覚める――わけでもなく、僕の朝は大抵『呪いの人形メアリーちゃん』のぶつぶつで呼び起される。しかし、今朝はそれがなく、夢と現の狭間で揺れる。

 彼女が騒ぐのはいつも明け方だから起床予定時刻までにはまだ時間はある。声が聞こえないという事は、時間になっていないか、寝過ごしたかのどちらかだ。

 今日しなくてはいけないことは……まず、マシロさんの様子を確認しないと……それから、ラウ博士に昨日の話を聞いて今日の作業内容を確認……昨日採取したサンプルも整理しておかないと……。

 んん……どうにも今朝は目覚めが悪い……徹夜が続くことは珍しくないのに。


「―― ……はぁ」


 短く息を吐くとともに、胸元にある柔らかくて暖かいものを、ぎゅうと抱きしめて顔を埋める。ふわりと甘い香りがして、より深い微睡みへと誘ってくる。


 ん……あれ? 寝台に枕以外何があっただろう……抱きしめるようなものなんて……ない、ハズ……。


 じわじわと眠りから頭が覚めてきて、腕の中にある確かな温もりを再確認。

 さいかく、にん……暖かいはずが、すぅぅぅっと肝が冷えた。


「ぇ」


 ようやくハッキリと現実が戻ってきて、息を呑む。何が起こっているのか分からない。慌てて距離を取るよう身を捩れば、回された細い腕にぎゅうと抱き寄せられ嫌だという様に擦り寄られた。

 なんで? なんで? どうして? どうして? 脳内には疑問符しか浮かばない。


「ちょ……ど、どど、どうして、こここ」


 焦りすぎて呂律が回らない。


「……まだ、早いよぉ……」


 すりすり……ぎゅう……。

 文字通りの猫なで声に、ふわわっと身体は新たに熱を持つ。


「ちょちょっと、待って、離れてくださぃ、ま、マシロさんっ」


 何とか絞り出した台詞にようやく起きたのか、うっすらと瞼を押し上げ目を細めたマシロさんは、困ったように眉を寄せて僕の首に腕を絡めて引き寄せた。血圧と心拍数が振り切りそうで、頭がくらくらして、突き放すことも出来ず、どうしたいのかも分からずされるままになってしまう――


「……ブラック、煩い……」


 違う、僕は店主殿では……寝ぼけていると確信をもって否定しようした唇は、静かに柔らかく塞がれた。


「……っっっ!」


 一瞬が永遠のように感じた。触れ合った部分が甘く痺れて、思考が間に合わない。

 そんな僕が動けないでいると、ちゅっと軽く唇を吸って離れ「ふふ、やっと、静かになった……」と吐息と共に囁いて再びぴったりとくっつく。

 マシロさんの足が、僕の足の上を滑り絡めてきそうになり弾かれるように悲鳴のような声を上げて僕は身を引いた。



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