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第十三話:おかんが心配していた件について

 翌日はとても上天気。


 このところ朝夕が特に冷え込んでいたのにそれも感じないくらい暖かかった。だからハクアに午後一でお風呂を約束していたので、私は特に深く考えることもなくユニットバスにお湯を張り、ハクアの身体を流した。ゴールデンレトリバーやセントバーナードみたいな大型犬より二周りくらい大きいかなという感じのハクアでは狭いのは仕方ない。でも聞いた話では本来白銀狼は雪を紡いだように白く煌いているらしいのにこのままでは野犬と間違われても可哀想だ。


「傷、染みたりしない? 大丈夫かな?」

『平気だ。問題ない』


 ハクアの驚異的な回復力はもう傷跡も消していたけどやっぱり気になり声を掛ける。


「泡流すから目瞑っててね」


 一言添えてからシャワーで泡々になってしまっているハクアの体を流した。きっちりと流し終えて私がシャワーを止めると濡れそぼった身体が気持ち悪かったのか立ち上がってぶるぶるぶるっと身体を振るうものだから私もろとも辺りもびっしゃりだ。


「ハクア、ちょっとは加減してよ……」


 ぽとぽとと髪の毛から滴る水を切りながら嘆息した私にハクアは短く詫びた。


「マシロ」


 タオルタオル……と、出しておいたタオルが駄目になったから洗面台の上から新しいタオルを引っ張り出していると名前を呼ばれて「何?」と返事をする。そして振り返ると同時に何かが覆い被さってきて私は目を見開いた。


「―― ……っ!」

「私だ。大きな声を出さないで欲しい」


 思わず悲鳴を上げそうになって口を塞がれた。大きな手の先を見ると金銀妖瞳と視線が絡む。


「ハクア?」


 もごもごと手の奥でそういった私に目の前の男性はこくこくと頷いてゆっくり手を放してくれる。ふと、カナイが人の形を取ることがあるといっていたのを思い出した。


「吃驚した。用があるならそのまま話掛けてくれれば良いのに……」

「このほうがマシロに近い気がする。マシロ、話がある」

「そ、そう? 良いけど、聞くけど、拭いてからにしたらどう? 怪我が治っても風邪引いちゃうよ」


 窓から差し込む陽光に雫が煌く上から私は手にしていたタオルを掛けた。拭いてあげようと手を伸ばしたが、その手を捕まれて私は困惑する。


「人が来るまでに聞いて欲しい。私は、群れから単独で離れたものを追い掛けてここまで来た。説得を試みたが間々ならず、争いになり守りに徹したばかりに深手を負ってしまった」


 カナイが予想していた通りの話に私も頷く。


「私はまだ、山へ戻るわけには行かない。マシロ、私の主になって欲しい」

「主……ってことは飼い主になれってこと? なってあげたいのは山々だけど駄目だよ。エミルたちも反対してたし、それに実際問題、ここでは貴方は窮屈だと思うし……」

「この姿ならそれほど場所は必要ない」


 いや、そうなると大きさ以上の問題が発生するということまでは……考えられない、よね? 白銀狼だものね。人間の、学生の事情なんて分からないよね。なんて説明すれば良いんだろうと黙り込んだ私にハクアは名を重ね「頼む」と懇願する。

 左右で色の違う瞳はとても綺麗で、真っ直ぐ見詰められると吸い込まれそうなほど、細かく光を反射している。私が迷っている間にハクアの手が伸び頬に触れる。


「私の主になり、私と血の契約をして欲しい……少し痛むが、我慢を……」


 じわりと私との距離を縮め柔らかく染み込むようにそう告げると私の首筋にハクアの吐息が掛かる。


「マシロー、出掛けているの? また鍵も掛かってないけど……お風呂?」


 足音が近づき開けっ放しにしていた扉からエミルが顔を覗かせた。驚いたエミルと目が合って話し掛けようとしたら、そんな隙なかった。


「アルファ」


 エミルに名を呼ばれ傍に居たのだろうアルファが、たんっと床を蹴るのとほぼ同時にどんっ! と鈍い音がして私は拘束が解かれたが……浴室の壁が崩壊した。


 あ、ああぁぁぁぁ……。


 アルファの一撃でハクアは壁もろとも吹っ飛び、直ぐに体勢を整えるとアルファはすらりと剣を抜き戦闘へと突入してしまった。早くて二人とも何してるかさっぱりだよ。時折、アルファの剣とハクアの爪がぶつかってキン……っと冷たい音を弾いている。じゃなくて!


「エミル! アルファ止めて! あれ、ハクアだから!」


 隣に立ったエミルの腕を掴んでそういった私にエミルは「なるほど、不審者かと思ったよ」と微笑む。そうじゃなくて、止めないと寮破壊しかねないというか破壊してるけど。


「カナイ、確保」


 どちらとも付かない間にそう続けたエミルの言葉にカナイは「はいはい」と返事して争っている二人に手を掲げる。


「アルファ! 下がれ!」


 カナイの一言にアルファは、たんっと地面を蹴ってハクアとの間合いを取った。間髪居れずにカナイが続ける。


「現出っ!」


 その声に反応して地面が揺れると、いくつもの柱がそそり立って来て檻の形を成し、あっという間にハクアを囲んでしまった。


「カナイ、幻視」


 続けて口にしたエミルに、カナイは頷くとポケットからクナイのような刃物を取り出してうちの浴室と檻の奥に付き立て、パチンっと指を鳴らした。目には見えないが、多分何かに囲まれたのだと思う。


 ざわざわと集まってきていた他の生徒が、口々に「なんもねーじゃん?」「さっきすげー音したと思ったのに」といいながらもわらわらと立ち去っていく。


 角部屋で良かったけど人の部屋破壊しないでよぉ。


「それで、マシロは何をされてたの?」


 つかつかとハクアを閉じ込めた檻に歩み寄りつつそういったエミルの後ろを追いかけて説明する。


「怪我が治ったから、身体を洗ってあげてて」

「マシロちゃん、一緒に入ったの? びしょ濡れだよ」


 何事もなかったようにそういって歩み寄ってきたアルファは私の頭からタオルを被せて、がしがしと拭いてくれるけど。


「い、痛いよ! アルファ、ちょ、ちょっと、ま……っ!」


 なんとかアルファの手をどかせてタオルから顔を出すと話を続ける。


「一緒に入るわけないでしょ。ハクアはあんなに大きいし」

「小さかったら入るんだ?」

「それはどうか分からないけど、ハクアは犬みたいなものでしょ?」


 何度か柵に体当たりをしたがびくともしないから諦めたのかハクアは元の狼の姿に戻っていた。私と同じようにちらりとハクアを見たあと


「犬、ねぇ?」


 と三人がわざわざ声を揃えたのに、うっと一歩下がる。気持ち的に。

 そして、溜息を重ねたあと、カナイはつかつかと崩壊した部屋に歩み寄っていく。多分修復してくれるつもりなのだろう。流石にアレでは拙い。


「それからどうしたの? 洗ってるだけであの状況にはならないよね?」


 苦そうな顔をしてそういったエミルに、あ、ああと頷き話を続ける。


「んっと、ハクアが……」

『マシロ、同族間の話は』

「……えっと、訳あって帰れないから私に主になって欲しいっていってて……それでそのあと、なんだったかな……金銀妖瞳に気を取られてて……そのあと直ぐにアルファが吹っ飛ばしたし……」


 皆にはハクアの言葉は伝わらないのかな? そう思いつつ誰によって怪我をしたのかという部分は伏せて話をした。アルファは、ふーん……と納得したのかどうか分からないような返事をしたあと


「怪我が治ったならもう出て行ってもらえば良いじゃないですか?」


 暴言を吐いた。聞いてたのかな? 私の話。


「とりあえず、部屋と壁は元に戻したから中で話そうぜ?」


 そういってハクアの檻を消し去り皆を招いたカナイに促されて私たちは部屋に戻った。つか、直って良かったよ。ほんと。




「要するに彼には里へ帰る気はないってことだよね?」


 困ったねぇと口調はのんびりしたものだったがエミルの目は笑ってなかった。ベッドの脇で大人しく丸くなっていたハクアを暫らく眺めたあと「仕方ないから……」と前置いて話を続ける。


「ブラックは来る予定はないの?」

「え? ああ、週末には来ると思うけど」

「……あと二日もあるね。じゃあ、カナイ馬車を手配してきて」


 不意に話を振られたカナイは「は?」と声を出したあと、何か思いついたのか「ああ」と頷いて立ち上がった。


「と、いうわけでハクアの件は、ブラックに一任しよう? マシロだって、どうこうするのにブラックに話を通さないわけにも行かないよね?」

「え、うん。まあ、そうだね。話はするつもりだったけど……」

「じゃあ、今から行って聞いておいでよ」


 今からっ?! と思ったものの、三人のこの様子では行かないわけには収まらない感じだ。確かにエミルのいうとおりブラックには話すつもりだったし、もうカナイは馬車まで呼びに行っちゃったし、行くしかないねと納得した。


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