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―4―

「シゼ」


 急いでいた僕に声を掛けたのは、遠目からでも良く分かる。アルファさんだ。

 アルファさんは特に感情を隠すようなことをここではしないから、今不機嫌なのだろうことは雰囲気で直ぐにわかった。


「何かありましたか?」


 反射的に、ちらりと天気を確認した。晴天だ。


「何ってわけじゃないけどさ。中庭の鳥が五月蠅いんだよ。行かない方が良い」

「え?」

「いつもと違うっていうのは、良くない。特に小動物は色々敏感に反応するから……」


 顎に手をかけて難しい顔をしたまま息を吐く。


「散歩には向かない。気を付けて」


 じゃあ、僕このまま走りに行ってくるから。そう締めくくったら僕の肩をぽんぽんっと叩いてきた方の道へと走り去ってしまった。

 マシロさんにいわせるとアルファさんは天真爛漫、天使の顔をした何とか……。らしいけど……僕から見れば、アルファさんも荒いけど思慮深く、小さな背中は頼もしい。

 ふ……と、顎を引き自分の身体を見て出てきそうになる溜息を飲み込んだ。今は、それどころじゃない。そうだ―― ……鳥。


 その言葉に確信を得た僕は靴音高く駆け出した。



***



「シゼ―っ!」

「見つけまし、た……!」


 中庭はアルファさんがいうほど騒がしくはなっていなかった。

 両膝に手を着き肩で大きく息をする。枝葉を揺らして飛び立つ鳥がいた先、見上げた木の上には鳥の巣が。その中からマシロさんが手を振る。


「今から下りるから受け止め……」

「られるわけないでしょう!! 僕は、ほぼ確実に落としますよっ! 今の自分のサイズを考えてください! その時、打撲ではすみませんよっ!!」


 マシロさんの暴挙を止めようと思わず怒鳴る。その勢いに一応マシロさんの動きは止まった。本気でやりかねなくて怖い。臓物は見慣れているけれど……マシロさんのを見たいとは思わない。

 がっくりと俯いて……はぁ……と長嘆息する。不安が暴挙を生む。まずは落ち着いて貰わないと。そう心に決めて顔を上げ、何とか笑みを作った。


「大丈夫、助けますよ。ですから、落ちては危険です。引っ込んでおいてください」

「―― ……無理、しないでね」

「僕は分を弁えた人間ですから、心配には及びません」


 さぁさぁと押し込むように手を振れば、マシロさんはやや逡巡したのち巣の中へ引っ込んだ。代わりに、ぴーぴーと雛が騒ぎ始める。


 さて、どうしようか……。大丈夫とはいったものの……。


 一つ息を吐くと、ベンチをちらり……目の前の木を見上げて巣までの距離を目測する。

 まぁ、いけるかな。

 頷いて、よいしょとベンチの背を踏み台にし幹へと足を掛ける。図書館生が引きこもり体質で良かった。人目がないというのは救いだ。


「よい、しょ……っと……」


 木登りなんて記憶にある間にやったことがあるかどうか怪しい。ロスタはよく登ってたな。

 巣の中であらぬ気配が近づくことに怯えて雛がピーピーと声高く鳴く。そう遅くない間に親鳥が戻ってくるだろう。それまでになん、と、か……あと、ちょっと。

 巣と平行にある枝に手をかけて


「お、待たせしました……」

「シゼっ!」

「ふふ、ボロボロですね? 怪我ないですか?」


 こくこくと何度も首肯して、がしりと襟元にしがみついたマシロさんを確認し、ほっと胸を撫でおろす。大騒ぎの頂点に達した雛鳥たちに一言詫びて、足を掛けた順を逆にして慎重に降りる。


「起きたら飛んでて吃驚したよ」

「美味しそうに見えたんじゃないですか?」


 そんなことないと思うけどー……と、頬を膨らませただろうマシロさんの表情が容易に想像がつき、頬が緩み、気がゆる……む……っ!


「っっ!! っわ!」


 どどっ!!

 地面まであと一息というところで足が滑った。白衣が引っかかり破れたおかげで直撃は間逃れたけど、着地し損ねて背中から落ちた。


「…………つっっっ」


 声を殺し痛みを堪えた。腰から全身に鈍痛が響く。細く長くゆっくりと痛みを逃がすように息を吐いて、急いでマシロさんの位置を確認した。

 胸元で僕の制服のタイを握りしめて、ちょこんと座り無遠慮に顔を覗き込んでいる。

 良かった。一気に安堵する。

 片腕で身体を支え上半身を僅かに持ち上げて痛みを確認。動けなくはない。空いた手で前髪を掻き上げ、刹那空を仰ぐ。ずくずくと鈍く痛む身体に、はぁ、と息を吐き整えると再びマシロさんへと視線を戻した。

 よじよじと、タイを上りながら心配そうな顔をする。


「大丈夫? 怪我してない?」

「マシロさんこそ、どこか潰れていませんか?」


 こういう時は、まず、自分の安否を確認して欲しいところだけどマシロさんには無理だろう。


「僕は大丈夫です」


 いって上体を起こしマシロさんを支えて、一度座ってからゆっくり立ち上がる。痛みに表情が揺らがないよう注意した。我慢、出来ない程じゃない。


「……ごめん。私が、口止めしたからカナイたちにいえなかったんだよね」

「違いますよ」

「でも」

「違います。僕が、助けたかったんです」


 自分の手で、何とかしたかった。そりゃ……カナイさんやアルファさんに頼めば造作も無かった。梯子を持ってくるくらいの時間、離れることを惜しまなければ、もっとマシだったハズだ。それなのに


「浅慮ですみません……可笑しいですよね。ホント……」

「そんなことないよっ! シゼはちゃんと考えてくれたでしょう」


 力説し、えっと、だから……と次の言葉をもだもだ探しているマシロさんに苦笑する。こんな気の使われ方は嫌だな……。打ち身よりも、ずっと、胸が痛んだ。


「とりあえず、薬出来ましたから」


 笑みを深め。この話は終わり。とばかりに僕は館内へと足を進めた。


 研究室の鍵は返却したし、あとは薬を飲んでそれが作用するのを待つだけだから寮の方で問題ないかと足を進めていると、行先に検討が付いたのか、それまで黙り込んでいたマシロさんがぽつりと零す。


「私の部屋、軍艦さんに鍵返したよ?」


 そうか。

 もう、マシロさんは退寮したのだな。ふと、物寂しく感じたような気がしたのは気のせいだ。


「では、僕の部屋に行くので良いですよ」

「シゼの部屋……! ホント?」


 何故喜色を浮かべたのか良く分からないけれど、マシロさんの期待に沿えるような部屋ではきっと無いと思う。でも、白衣も破けてしまったし、土埃が纏わりついているようで気持ち悪い。着替えも済ませたいから嫌な顔をされないのは良かった。



***



 ―― …… かちゃっ


「ホントにシゼの部屋……?」

「そうですよ。マシロさんの部屋と同じような作りでしょう? 一人部屋なので少し狭いかもしれませんけど」

「もっと、こう……」


 こう、何だろう?

 首を傾げた僕に、マシロさんは上手くいえないのか両手をばたばたさせている。

 ベッドに書机、ミニキッチン。作り付けのクローゼットと、奥の扉はユニットバス。寮なのだから私物と交換しない限りほぼ同じ物が置かれているはずだ。 


 取りあえず、マシロさんも鳥の羽とか枯草とかくっつけたままだ。

 キッチンでタオルを濡らして、まだきょろきょろしていたマシロさんを捕まえると調理台の上へと下し汚れた顔と髪を拭う。


「自分で、できる、よほほほ……」

「面白いですか?」

「別に笑ってたわけじゃないけど」

「はい、綺麗になりました」

「……ありがと。……ていうかね?」


 続けて、ぽんぽんっとマシロさんの服を叩き汚れを落とす。されるままマシロさんはちょっと背伸びをしたりして室内を見回しつつ話を続ける。


「生活感なさすぎるんだけど……無菌室みたい。シゼ、本当にここに住んでるの?」


 なんとも形容しがたい顔をして呟いたマシロさんに「無菌室って」と笑ってしまう。マシロさんがいわんとすることは何となく分かった。


「寝に戻るだけですからね。必要最低限のものしかないと思います。はい、多少綺麗になりましたよ」

「ラウ先生が、メアリーちゃんを贈る気持ちがちょっと分かった」

「何ですか、それ?」


 そしてマシロさんを片手に乗せて、中央の丸テーブルに移動する。


「こちらが、薬になります。大した量ではありませんけど……今のマシロさんのサイズから考えたら一気に飲むのは辛いでしょうから、数回に分けると良いと思いますよ」


 どうぞと置いた小瓶には苺ミルクの様な色をした液体が入っている。

 瓶をまじまじと見ていたマシロさんに簡潔に説明した。そして、破れてしまった白衣を脱ぎ、そのまま丸めてぽいとゴミ箱に捨てた。

 ふと視線を感じて、振り返るとマシロさんと目が合って首を傾げる。マシロさんは、何でもないというように首を振ってから、蓋の開いた小瓶を抱えて口を付けた。


 こくん。


 椅子に腰かけて、暫しその様子を見守る。

 飲み口良く出来ていれば良いのだけど……。

 小さな喉が上下する様子を見届けて、安堵し腰を上げた。


「即効性でもありませんから……僕、この間にシャワー浴びてきますね」

「うん、分かった。ありがとー」


 土埃の残る髪に手櫛を通して奥へ行く。

 ドアを閉める前に確認したら、ちゃんとまだ瓶に口をつけてくれていた。

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