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「コレですか?」
立てた本の奥で着替えを済ませたマシロさんの視線に気が付く。服のサイズも丁度良かったみたいで良かった。とことこと歩み寄って乳鉢の隅によじ登るようにして中を物色するマシロさんに「少し待ってくださいね」と短く応え、飴玉一つを砕いた欠けら一つを指先で摘むと差し出した。
「分量が分からないので、一口でいかないで少しずつ舐めて下さい」
マシロさんは、こくりと頷いて両手で持とうとしたが、まだ大きかったようだ。僕は支えた指を離さないまま口にするのを眺める。確認するようにちらりとこちらを見るので頷くと、小さな舌を出しぺろりと舐めた。カナイさんのような小動物好きではないけれど、その姿はちょっと可愛い。
「……あまぃ」
あ、少量で大丈夫だったみたいだ。マシロさんからの感想が聞こえ、ほっと胸を撫でおろす。
そのことに気が付かないマシロさんは、続けてぺろぺろ……。ちょ……。
「ぼ……僕の指まで舐めないで下さい」
「んぁ、ごめん。これ何? 飴?」
小さな舌が指先に触れる感触に、かぁっと熱くなる。顔に熱が集中するのを誤魔化すように声を張る。聞こえなかったのか、もう少しだけ……と、口を開けたマシロさんから僕は拡声錠を取り上げた。
「も、もう充分です」
「え? なんで?」
「もうマシロさんの声が聞こえるからです。拡声錠ですよ。体格差があるんですから、僕は声を潜めることが出来ても、マシロさんが声を張るには限界があるでしょう?」
とりあえず、これで意志疎通は可能ですね。と苦笑した。
「前、カナイが小さくなってたときは、普通に聞こえてたよ?」
「マシロさんは、忘れてるかも知れないですけど、彼は魔術師なんですよ。拡声魔法くらい使えるでしょう。僕は専門外ですし、マシロさんもそうです」
貴方たちは日常的にこんな遊びをしているんですか? と加えることも忘れない。マシロさんは不機嫌そうに「まさか!」と口にするが、そんなに外してはいないと思う。その証拠にマシロさんの周りはいつも騒がしい。その騒動はここまで飛び火することはないが噂くらいは届く。
もやりとした気持ちの理由を考えないように、原因へと頭を切り替えた。
「温室。ちょっと見に行きましょうか? 胞子毒なら解毒剤を作らないといけないでしょうし……マシロさんが着ていたものも回収しましょう」
サンプル採取用の瓶と……納めるボックス。あとは……と、さっさと少量の資料とメモ等準備を整えて、案内お願いします。続けて手のひらをマシロさんの足下へと差し出した。
「他の人に見つかったら変な実験とかに私使われないかな?」
「そうですね。使われるかもしれませんが、この辺りにはあまり人が横行しないので大丈夫でしょう」
使われるかも知れないんだ……というマシロさんの不満気な台詞が可笑しい。案内の為に肩口にマシロさんを促すと、うんしょっと腰掛け白衣の襟を握りしめる。
手乗り文鳥とか、その類の小鳥みたいだ。くすくすと笑いが零れた。
***
温室までの道のり。誰もいないという事はなかったが、案の定、周りを気にするような人は居ない。マシロさんは誰かとすれ違うたびにビクビクと僕の襟の中から出たり入ったりしているのがくすぐったくて、首を竦めると怒られた。
「マシロさん用は準備がないので、これで我慢してくださいね」
建物の裏に回ったところで、二重被害にあってもいけないから持ち寄ったマスクを口に当て、マシロさんには折り畳んだガーゼを渡した。
ここまで何の騒ぎにもなっていなかった。被害が広がるようなものではないのだろうと、それ程心配はしていない。
そして、少し立て付けの悪くなった裏戸を開く。
マシロさんがここから抜け出したということだったから、もちろん鍵も開いていて、鼠が通り抜けられるくらい隙間もあきっぱなしだった。
「ねぇ、大丈夫?」
「大丈夫……とは何がですか? 聞いていたと思いますが、仕事のことならラウ博士に休みを貰ったので問題ありません」
どの辺りか案内される通り巨大温室の奥を進む。
「いや、そうじゃなくて」
マシロさんが何を気にしているのか分からない。
ただ、もごもごと濁されると気分が悪い「僕では不満ですか?」自然と不機嫌そうな声が出てしまった。駄目だと思うのに、苦々しい言い方のまま続けてしまう。
「エミル様は本日は王城の方へ戻ってますし……カナイさんやアルファさんに声を掛けましょうか? 店主殿は、本日は……?」
「ぇあ、えっと、ブラックは週末までまだだし今日は来ないんじゃないかな……」
魔術は万能ではない。騎士職だって畑違いだ。種屋なら……マシロさんにとっては確かにこれ以上なく適任かもしれない……しれないけど……。
小さく吐いた溜息がマシロさんと重なった。マシロさんの中でどういうやり取りがあったのか分からないけど――
「……シルゼハイトさん、よろしくお願いします」
その一言に、胸を撫でおろし頬が緩んだ。
「ふふ、喜んで……。それに前回は店主殿に先を越されましたからね」
カナイさんとあれやこれやと検討して作り上げた魔法薬のことを思い出す。
あの時は、出来上がったと思ったら……マシロさんの幼児化は解消されてしまっていた。その時の薬は役に立つことはなかったけれど、貴重な症例として残すことも対処法や処方箋も作成出来たから、それなりに意味のあることだったと思う。
「それにしても、前回といい今回といい。マシロさん、特殊な何かを持っているのではないですか……種を保有しないことと関係あるのかな……?」
「そんなのないよっ! ……と、あそこっ! あのウツボカズラみたいなのが、ごふって何か吐き出して、そっちのキノコがぼふって弾けたの!!」
身を乗り出して力説するマシロさんが落ちそうになるのを捕まえ、指さす方を見る。
ああ……なんとなく合点がいった。それにしても、どうしてこの種が隣接して植えてあるんだろう? この巨大温室の管理は図書館職員がやっているはずだ。手入れは生徒任せだけど……誰かが間違えたのかな……?
小瓶の中に、それぞれサンプル用の胞子を採取し固く蓋をする。これは、ボックスに片付けて……あとは服の回収……。
「―― ……」
マシロさんの服毒調査よりも……こちらの方が荷物になりそうだ。でも仕方ない。戻った時にも必要だし、そもそもこのままにしておくわけにもいかない。図書館で女子制服を着ているのはマシロさんと、アリシア、さんだったか、それともう一人くらいだったはず。ということは直ぐに足が着く。
よいしょと、腰を折って無造作に制服を取り上げる、と、……ひらり……。
「「―― ……あ」」
思わず取り上げた制服も取り落とした。
「っ! ちょ、顔に飛び掛からないでくださいっ」
「いーやー! 見ないでっ」
「無茶いわないでくださいっ。そもそも貴方が居汚いのが」
「居汚くないもんんんっっ!」
「それとも他の誰かに拾われたいんですか!」
「う……うぅ……シルゼハイトさん、よろしくお願いします」
本日二度目のお願い。赤い顔を隠したまま頷き、小さく咳払い。
「大体、僕だって好きでマシロさんの下着まで回収するわけじゃないんです! 大体今……いま…………ぁ」
勢いで口にしそうになってマシロさんと刹那視線が重なった。その瞬間、お互いに湯気が出そうなほど赤くなった。
「か、考えちゃ駄目ぇぇぇっ!! い、今はだぃじょー……ぶ」
「―― ……す、すみません……はぃ、……分かってます、分かって」
赤い顔を隠すように片手で覆い、首を横に振ると、身体中の息を吐きだした。
「分かられるのもいやっっ!!」
マシロさんのぐーぱんちは小さくても結構痛い……。