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翌朝、市場は昨日の今日だというのに賑わっていた。
「身体大丈夫?」
「痛い……あんま大丈夫じゃない」
朝、マシロが目を覚ましたらカナイは備え付けの一人掛けソファで転寝していた。座ったままうとうとしていたから、身体のあちこちが固まり悲鳴を上げる。
「私の部屋で寝れば良かったのに」
「そのつもりだったけど、寝落ちたんだよ……と、そうそう、これやるよ」
少しばかりベッドを独り占めして申し訳ないような口ぶりを見せていたマシロに、いつも通りの悪態をついていたが、思い出したように懐から小さな袋を取り出してマシロの手に乗せた。
「お金?」
「そう、タコの代金」
「ええ?! 私何もやってないし、いらないよ」
「俺はギルドから依頼料貰うし、それで土産? 買えば良いだろ。変なものも色々売ってると思うぞ」
恐らく、カナイにとっての変なものは、エミルとシゼにとってのお宝だろう。こういうところには珍品が多い。そういうことなら……と頷き、マシロは手持ちのバッグに袋を収め「じゃあ、行こう♪」とカナイの袖を引き人混みの中へと突進していった。
「……よ、っと」
そして、日が暮れるまでにと帰路を取り、王都の門の傍で行きと同じように空中散歩して戻った二人を出迎えたのは……。
「あ、ブラックっ! どうしたの?」
「おかえりなさい。マシロの気配が王都から離れたので、少し気になりました」
「……相変わらずストーカーだね。置手紙しておいたでしょう?」
「ええ、ですから迎えに行くのは我慢しました」
褒めてといわんばかりの笑顔に、マシロも頬を緩めて柔らかな髪をふわりと撫でる。愛らしい猫耳が左右に垂れて和んでしまうのは仕方ない。
「マシロちゃん、ひーどーいー! 僕も居るのにーっ!」
「ご、ごめん。アルファとエミルは、もしかしたら……って思ってたから」
ブラックは予想外だったの。と笑ったマシロに、アルファは可愛らしく頬を膨らませた。エミルはその姿を見て、くすくすと笑い「おかえり」とマシロの頭を撫でた後、
「カナイ。食堂のおばさんが困ってたよ? あんなもの連絡もなしに送り付けないで欲しいってさ」
「あ、あー……悪い。マシロがあんまりいらないっていうし、一応、足一本だけにしたんだけど……デカい、よな?」
「それに、僕も行きたかった」
面白くなさそうに付け足したエミルに、カナイが「いゃ、それは、あの……っ」あわあわとどもると、
「良いよ」
ふふっと破顔して、図書館へと帰り始めたマシロたちの後姿を追うように二人で続く。
「よーし♪たこ焼き作ろー。アルファ、ティンから何か届いてなかった? 私、鉄板お願いしておいたの」
「来てましたよ? 何か、小さいケーキ焼くようなの」
「それそれ。シゼにソースをお願いしてたんだけど……出来たかなー……。多分あれだよねー。僕は薬師であって料理人ではないのですよ。とかって難しい顔してそー……」
そして、夜は図書館寮全体を巻き込んで、たこ焼き……及びタコ料理のオンパレードとなり大いに騒いだ。
もちろんそんな輪の中に、六人が居るわけもなく料理とお酒を持ち出して屋上庭園の一角を陣取った。焼き始めたらアルファはひっくり返す作業に嵌ったらしく、黙々とたこ焼きを焼いてくれる。何故かそれを興味深そうにブラックは見ているし、その傍でマシロはシゼと謎ソースの作成に嵌ってしまった。悪食の二人が作るソースは……デスソースと化すような気がしないでもない。
「はい、お代わりワイン」
わいわいとやっているのと出来上がったたこ焼きをつまみに飲んでいたカナイの頬に瓶をぴとり。受け取るのを確認して、その隣にエミルは腰を下ろした。
「スパークリングワインだけど、合うと思うよ」
「ああ、さんきゅ」
コインで器用に栓を抜き口を付ける。しゅわりとした炭酸の刺激が喉に心地よく、煽って一息吐いた。
「何かあった?」
隣で同じように、瓶を傾けたエミルはのんびりと月を眺めながら問い掛ける。
「……別に何も……。ギルド依頼でデカいタコ取って、魚の産卵見てきただけ」
戦利品ともいえるたこ焼きをぱくりと頬張りつつ「それだけ」と重ねた。
「そっか……。カナイはさ、アルファほど分かりやすくないから……ふらりと出て行っちゃうと帰ってこないんじゃないかと思って……ちょっと心配した」
「は? そんなわけないだろ」
内心ぎくりとしたがエミルがそのことを知るはずもなく、カナイはちらりとエミルを盗み見るとエミルは月を見上げたまま眩し気に瞳を細めた。
「そう? だったら良いんだけど……でも、カナイがそうしたいなら、僕は止めちゃ駄目なんだよね……それに、きっと本気だったら僕らには君を見つけることは出来ない」
「―― ……」
「でも、やっぱり友達がいなくなるのは寂しいよ……だから、帰ってきてくれて嬉しい」
いってカナイと目を合わせたエミルはにこりと微笑んで、残り少なくなった瓶の中身を揺らしながら
「マシロが連れて帰ってくれたんだね」
しみじみとそういったエミルにやや沈黙したあと、瞳を伏せ薄っすらと笑みを浮かべると
「…………あぁ」
と首肯した。
エミルが何を察しているかは分からない。けれど、エミルの人を見る目は確かで……きっと俺の腹のうちなんて見透かされてしまっているんだろう。そう思うと、カナイは深い息を吐きくつくつと声を殺して笑いワインを一息に傾けた。
「おかえり」
二人の頬を柔らかい夜風が撫で、孕んだしんみりとした雰囲気をあっさり無視して
「はいはーい、二人とも、ただいまーのあーんです」
「「え」」
にこにこひょっこりと二人の前に現れたマシロは二人の前に一つずつたこ焼きを差し出し「あーん」と要求。二人ともほぼ条件反射で口を開けてしまった。
ぱくりと頬張って……――
「「っ?!」」
がくっ! と二人同時に膝に額を付けた。その前にしゃがんで顔を覗き込むマシロはにこにこ。
アルファの笑い声が響く中「僕はそんなに不味くないと思うんですけど」というシゼの呟きが風に乗って届いた。
*** おまけ☆宿屋にて
「……ったく」
ここで寝たら二部屋取った意味ねーだろ……。
マシロが宿の部屋に置いてあった無駄に分厚い本を見ている間にカナイが風呂をとって出てくると、だろうなと予想出来た通り、マシロはそのままベッドを陣取って眠ってしまっていた。
首に掛けたタオルで髪を拭きながら、すっかり寝入ってしまっている顔を覗き込む。ぎしりとベッドを軋ませ、端に腰掛け
「お前のそのよゆーが腹立つわ。マジで……」
うにーっと頬を摘み引っ張ると、短く唸って眉を寄せ寝返りを打つ。
「ふふ、変な顔」
起きそうにない。
頬にかかる髪を耳の後ろに流し、髪を梳く。横を向いてしまった寝顔をぼんやりと眺めつつ、外耳を指で撫でる。なんだかんだとタイトスケジュールだったから疲れたのだろう。
こいつは何もしてないけどな。
くつくつと漏れる笑いは潜めることもしない。しなくても、深い眠りは覚めそうにない。今夜の月は、とても綺麗だから……らしくなくても良い――
「ほんと……」
半ば呆れたような溜息を吐いたカナイは、顔を寄せ
「可愛い奴」
瞳を細め、こめかみに唇を寄せた。