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白蒼月銀狼譚~二つ月の集った世界(種シリーズ②)  作者: 汐井サラサ
番外編:たこ焼きパーティーをしよう
133/141

―2―

「凄いねぇ」

「まぁな。俺は凄いからな」

「謙遜とかないよねー」

「むしろする方が嫌味だろうが」

「……確かに」


 船尾の防護柵に寄り掛かりながら繋がれたタコを眺め口にしたマシロに、カナイはのんびりと空を仰ぎ雑談に興じた。


「タコ。乖離したりしないの?」


 ふと思いついたように口にしたマシロに、カナイはくるりと向きを変え桟に腕を預けその上に顎を乗せ、船が尾を引くようにゆらゆらするタコを見て目を眇める。


「一応、細胞に影響ないように殺ったけど……。こんなデカいのは……んー、まぁ、しないだろ。お前、肉も魚も食うだろ?」


 マシロがこくりと首肯する間を置いて


「こいつから抽出される素養なんて想像出来ねーし……」

「確かに生命の全て……というわけではない、よね?」

「自我の有無? やっぱ素養の有無……かなぁ? 結局のところ、種屋にしか分からないだろうし……それに直ぐに肉体を乖離させることが出来るのも種屋だけだ。本来の乖離現象はゆっくり訪れる」


 ”種屋だけ”その台詞にマシロの胸はちくりと痛む。一体どれだけのことを世界はブラックに任せてしまうのだろう。いって行く先のない非難めいた愚痴にマシロは短く息を吐き、どうせ誰の所為でもなければどうすることも出来ない、詮無いことだと話題を変えた。


「ねぇねぇ! あれだけ大きなことをするんだし、精霊と契約ー、みたいなのしてたりするの?」


 カナイは”精霊”という単語にびくりと肩を強ばらせたが、マシロに他意がないのは分かっている。刹那瞑目し口元を緩めると左右に首を振った。


「―― ……してない。してないし……しない」

「ふーん。私には全く何も見えないけど、そもそも居ないの?」

「居る……何せ俺は作り出そうとしたくらいだからな」

「え?」

「いや、何でもない。……ほら、ブラックもしてないだろ? 契約とか使役して従属させるってのは案外面倒くさいもんだ」


 いって肩を竦めると自虐的に見える笑みを浮かべた。それがとてもらしくなくて「どうしたの?」とカナイの顔を覗き込む。


「気にするな……ちょっと昔のことを思い出しただけだ」


 大したことじゃない。心配そうに見上げてくるマシロの視線を遮るように、ぽすりと頭に手を乗せるとわしわしと撫でて笑う。


「それなら……そんな泣きそうな声で笑わないでよ」

「そうか。悪いな……で、どのくらい必要なんだ? タコ」



***



 港に戻って直ぐはひと騒ぎになり、町民にもみくちゃにされそれが収まる頃には日も暮れてしまった。彼らから寄せられる万謝の念は、カナイにとって少しばかり後ろめたく……けれどそうあり続けなければと使命感と共に焦燥感も煽られた。


「―― ……」


 開いた窓から吹き込んでくる風は、潮の香りがする。港が見渡せる場所に位置する総三階建ての役所の一室。到着後すぐ顔を出したのと同じ部屋へ、マシロと軽く食事を終えたあとカナイは一人また足を運んでいた。


「図書館生って聞いていたし、一体何日かかるのか、どうするつもりかと思ったが」


 刑期明けですか? と聞きたくなるような厳つい町長の風貌は、魔法灯が作り出す明かりの陰影により通常時の三割増しで悪人顔に映るが、それに怯むことなく


「これで暫くは、穏やかな日々が戻る。それで提案なんだが――」


 通例であれば、ギルド事務所に届ければ良いのだが、依頼完遂の報告も兼ねていた。マシロには、カナイが思っていたよりタコが必要ないといわれ、図書館寮の食堂で使ってもらうにしても大きすぎる。なので討伐記念、漁再開の景気付けに港で振る舞ってはどうかと思ったのだ。


「あのタコを買い取れってか? まぁ、あんたの提案も尤もだしかまわんが……」

「あと、情報が少し欲しいんだ」




 大分奮発してくれたな。

 タコの代金だけは即金で受け取ったカナイは、満足気に口角を引き上げて懐へとしまう。黄昏時を過ぎた頃、空には二つ月が姿を現していた。


「おーい」


 宿に戻るとマシロに鍵を渡した部屋をノックする。

 なかなか開かないから、面倒臭くなって寮と同じ感覚で開けてしまおうかとドアノブに手を伸ばしたところで扉は開いた。


「おかえりー。遅かったね?」

「って、お前風呂入ってたの? これから出掛けようと思ってたのに」

「えぇー……聞いてないよー。カナイが好きにしてろっていうから、なんか潮風でぎしぎしする髪も洗ったのにー……」


 完全に湯上がりリラックスタイム突入のマシロに、溜息一つ。


「んー、でも折角だもんね。このまま寝ちゃうのもあれだし……分かった。準備するから」

「ちょっ……はぁ?」


 いって追い出されるかと思ったら、引っ張り込まれた。腕を引かれるまま部屋に入ると備え付け鏡台の丸椅子にちょこんとマシロは座る。そして「早く」と急かす。マシロの希望が分からなくて首を傾げると


「髪乾かしてー!」


 ―― ……


「……お前……天下の種屋さんにもこんなことさせてんの?」

「ブラックはお願いしなくても勝手にやってくれるの。……ていうか、カナイ、ちょっと強すぎ。頭ぼさぼさになっちゃうよ!」

「注文多いな」


 無論、ドライヤーの類はある。あるけれど、ブラックにやってもらう方が断然早かったし、ということはカナイに頼む方が早いだろうというマシロ的には英断だった。

 予想通り、十分以上かかる作業が数回梳き整えるだけで、さらりと乾ききってしまう。


「ありがとー。やっぱり一家に一台だよね」

「はいはい」


 マシロの(恐らく)賛辞に適当に応えて肩を竦めたカナイは「じゃあ、外に出てるから早く来いよ」と部屋を出た。



***



「どこに行くの?」

「海」

「……見渡す限り海だけどさ。なに? 砂浜散歩とか?」


 けれど、向かっているのはどうやら高台だ。町からも浜からもどんどん離れている。以前こういうところの先にマシロは立ったことがある。そう二時間ドラマなら犯人が全てを打ち明けるだろう完璧岸壁だ。


「ええと、投身自殺するつもりはないんだけど」

「はぁ? させるつもりもねーよ」


 とりあえず、ぼけておかねばならないかと口にしたが、あっさり切り捨てられた。木々も絶え岩ばかりのところに出てきて崖っぷちだからそういったのに、させるつもりはないといったカナイは特に足を止めるでもなくそのまま……


「ちょっ! 待ってっ!!」


 がしぃっ!


「だ、駄目だよっ! するつもりもないっていって!!」


 崖の先へ足を踏み出したカナイの腕を確保し力の限り引っ張る。


「は? だ、っうわ」


 勢いにバランスを失い、マシロに寄り掛かったカナイは苦笑して「するつもりもないから」と呆れたように口にした。そして、ぽんぽんっとマシロの背を叩くと姿勢を正し改めてマシロの手を取る。


「大丈夫だから、着いてこい」


 いって手を引き微笑んだカナイに、マシロは小さく首肯した。そして、バレないように胸を撫で下ろす。今が昼間でなくて良かった。人の揚げ足をとり笑う、いつもの笑みとは違った表情に、思わず赤くなってしまった顔に気づかれなくて済んだ。


「―― ……ぁ」


 何も無い場所に足を踏み出すと目に見えない地面があった。


「来るとき急上昇したら凄い声上げてたもんな。落下系もお姫様のお好みじゃないかと思ったんだ」


 けらけらと笑いながら、手を引くカナイにマシロは前言撤回したくなった。いつもと変わらない。


「階段を下りる要領で歩けば大丈夫」


 手だけでは心許なかったのか、マシロはそのままカナイの腕にしがみついておっかなびっくり足を進める。


「……お、おぉー……凄い、ね。これ、カナイが作ってるの?」

「ああ、勿論。魔力を足下に固めてるんだ。大聖堂で最初に習う、魔力を安定し固定する方法の応用編。直接移動しても良かったんだけど……ほら、眺めが良いだろ?」


 下ばっかり見てないで顔上げろ。月が綺麗だ。と続けたカナイに促され顔を上げたマシロは感嘆の声を上げた。


「わぁっ! 凄い……!」


 月も星も明るい夜。

 町の灯りは遠く煌めき、水平線には煌めく星が映り地上にも天の川を写す。海原には転々と昼間は見ることのなかった船の明かりが明滅していた。

 ぐいぐいと、カナイの腕を引いて素直に凄いを連呼するマシロに、カナイは短く息を吐いて口元を緩める。


 ―― ……また、だ。


 その表情に、マシロは言葉にし難い気持ちに胸が詰まる。けれどその理由を問うのは戸惑われた。


「カナイ、星も沢山だよ。詠み放題じゃない?」

「俺は星詠みは出来ないよ」

「出来ないの?」


 大聖堂で学ぶべきものは全て網羅し、出来るものだと思っていた。

 意外そうな声を上げたマシロを見ることなく、カナイは歩みを進める。


「ああ、そもそも大聖堂に属してるけど、星詠みっていうのは特殊なんだ。占いとも少し違う。予見とか予言。……だから、正確にそれをなせる人間は本当に少ない」


 俺にも、出来れば良かったのにな……。そう口にした声は、とても小さくマシロの耳に届いたかどうか、分からない。

 ふーん。と、分かったような分からないような相槌を打ち、マシロは満天の星空を見上げた。やっぱり月が一番分かりやすい。一人納得したマシロはふと足下に気がつく。


「ちょ、カナイ! 私、入水自殺するつもりもないんだけど」

「だから、させるつもりもするつもりもないって。お前どんだけ死に急いでるんだよ」

「でも、もう水面……ぁ……お、おぉー……」


 カナイに腕を引かれるまま海面に足を突っ込んだが、水が避けているのか濡れることもなく、そのまま下っていく。


「凄い!」

「もう少し深いところに行く」


 マシロの首辺りまで海面が来たところで「目、閉じとけ」と前置き「え?」っと声を上げるマシロを無視して引き寄せ抱き上げると、完全に海中に二人は沈んだ。

 小さな泡が一つ二つ。

 海面に浮かび弾けて、海はまた何事もなかったように凪ぎいた。



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