第十二話:私に関する七不思議
ラウ先生の告げ口により、私とカナイの課題は増え提出期限が短縮された。
のんびりしている暇もないので、昼食後、ハクアのことはエミルとアルファに任せて、私たちは図書館の中階層奥を陣取って課題消化に勤しむ。
カナイとか、課題も無視しそうだったが進位しないのは良いけど、退学処分を受けるのはマズイので最低限のことくらいはやるらしい。
「……カナイ、いってくれれば私、本探してきてあげるからさ、コレ止めてくれない?」
こつこつと机上を指先で叩いて文句をいった私に、カナイは顔を上げるとどうして? と、不思議そうだ。さっきから私の前を、ちょこちょこと行ったり来たり元気に頑張ってくださっているカナイの傀儡さん方……今日は働き者のネズミさんが、エプロンに三角巾の姿で頑張っている。
「物凄く可愛いと思う。和むと思う。でもねっ! 集中できないのよっ!」
どういう設定で動いているのか知らないが、芸が細かいのだ。
こちょこちょ集まって相談して、本を探しに行って三匹掛かりで運んでいても、途中で一匹潰れてみたり躓いてみたり、それを残りが元気付けたりしていて、小さなドラマを繰り広げている……これが気にならないなんてっ! 尋常じゃない。
「俺は集中できる」
ほら、あと三枚で終わり。と束になった紙をひらひらとさせる。くぅっ!
「じゃあ、さっさと書き上げて撤収させてよ!」
「はぁ? 何が気に入らないんだ。もしかして、ネズミが駄目なのか? いやぁ、俺もツバメと迷ったんだよなぁ」
その迷う基準が分からない。
全く話が噛み合わなくて、私は俯いて眉間を指でぐぐぅっと押すと深い溜息を吐いた。
もう良い! と、妥協しようとしたら、目の前で小話を繰り広げていた三匹がぽぽんっと小さな煙を上げて消えてしまった。
「誰か来たな?」
と、通路のほうを見たカナイにつられて振り返る。
静かな足音と共に姿を現したのはシゼだ。私たちを見つけてそのまま近づいてくる。
「探しました」
「カナイを?」
「残念ながらマシロさんです」
どの辺りが残念なんだ。シゼは相変わらず可愛くないことをさらっという。そして机上に並べられていた本のタイトルの殆どが菌類に関してだったから「キノコ?」と怪訝な表情で首を傾げた。
「提出期限が迫っているレポート書いてたんだよ。でも、集中力が切れてきてたところだから良いよ、何?」
隣の椅子を引きながらそういった私に、カナイが「端から微塵も集中してなかったぞ」と付け加えたので手近な本の角をぶつけておいた。
シゼはそのやり取りを呆れたように見ていたが、私の隣に腰掛けて片手にしていた分厚い本を開いた。
「エミル様に頼まれて探してきたんですけど」
「エミルに?」
これを写せば課題なんてすぐさま終わる! みたいな内容だったら良いのに、と思いながら覗き込んだが全然違った。
色々絵柄は載っていたが、今の私に必要なものではなさそうだ。
「貴族連中や豪族連中の徽章を纏めたものだな。それがなんだ?」
身を乗り出して本を覗き込んでいたカナイの言葉に、シゼは頷き、話を続けてくれた。
「先日、貴方が保護した乳児が手にしていたものに彫られていたものがないか探して欲しい。とのことだと思います」
「……え……それ、全部?」
多分、赤ちゃんの襟元から出てきた判子くらいの大きさの物の話しをしているのだと思うけど、あれから色々あったし、ばたばたしたから記憶に自信がない。
それに机上に置かれた本の分厚さから考えて……私の気力が続くとは思えないけど?
困惑した私にシゼは当然だという顔をしたがカナイが苦笑しながら助け舟を出してくれる。
「一覧があるのは手前の方だけだろ。そこから後ろは家の略歴とかそんなのが書いてあるはずだから、本の厚さの三分の一もないはずだ」
「そ、そか……それならなんとか」
ほっと胸を撫で下ろしたのに、シゼが追い討ちを掛ける。
「こちらにないようでしたら、別の物を持ってきますからそちらを確認してください」
「えっ?! ないこともあるの? 似たようなもので妥協とか……」
「しないでください。徽章とは家を現すものです。瑣末な違いで全く違う家になったりするもの。とても大切なものです。覚えていないんですか?」
厳しい口調で語って最終的には呆れたような声を出したシゼに私は唸った。
「見ていけば分かるよ! ……多分、ね」
シゼは、ワザとらしく深い溜息を吐き首を振った。
「……まあ、エミル様もお急ぎではないとのことでしたから、ゆっくりじっくりご覧下さい。興味があれば、熟読されても良いと思います」
興味があれば、と念を押して立ち上がったシゼをぼんやりと眺めた。
きっと何かに必要になるかもしれないから、読んでおけ……。そういうことなんだと思う。シゼは、意地悪だし必要なことを直ぐに教えてくれるタイプではないけど、無駄をさせるタイプでもない。
やっぱりシゼは可愛いなと思い気分上昇。
明るく返事をすると、シゼは曖昧な顔をして「分かっていただけたなら良いです」と立ち去っていった。
「で、課題はどうするんだ?」
「やるよっ! 先にそっちを片付けて……! ちょこちょこ忙しいネズミも居なくなったしがっつりしっかり書き上げます!」
ペンを持った腕の袖をまくってそういった私に、カナイは、ふっと鼻で笑って「ま、頑張れー」と口にしてくれた。
部屋に戻るとアルファはいつも通りおやつタイムで、エミルはのんびりと本を読んでいた。
ハクアも私が出て行ったときと同じように、ベッドの傍で眠っている。昨夜のぐったりといった感じではないから大丈夫そうといえば大丈夫な気もする。
エミルは、私が部屋に戻ると本を閉じ「変わりないよ」とにっこりと迎えてくれる。そして、私の手の中にあった本が目に付いたのか「シゼに会ったの?」と続ける。
「うん。まだちゃんと見てないんだけど、探してみるよ。レポートももう終わるし」
「シゼには暇が出来たときで良いっていったんだけど、シゼはやることが早いね。マシロが急くことないからね?」
のんびりとそう口にしてくれたエミルに、有難う、と微笑むとアルファが今日のお勧めを渡してくれる。だから、アルファに合わせておやつ取ってたら、転がって移動したほうが早くなりそうだから勘弁して。
「カナイさんはどこ行ったんですか?」
「荷物片付けてから顔出すっていってたよ」
私は机の上に荷物を置いて、ハクアの前に跪きそっと頭を撫でる。
うっすらと瞼を持ち上げたハクアは、私の姿を確認すると頭を持ち上げて摺り寄せてきた。ふわふわの毛がくすぐったくて目を細める。
「もう、歩けそう?」
私の問い掛けに答える為か、ハクアはゆっくりと立ち上がり、僅かにグラついたが直ぐに体勢を立て直し部屋の中を少し歩いた。
大丈夫そうな姿に胸を撫で下ろし、ハクアの大きさに少し困る。
もともと二人部屋を一人で使っているし、不要なものは家に――種屋に――持ち帰っているから、荷物も少ないはずだけど、エミルがいうように確かに部屋で飼うにはハクアは大きい。
両足を肩に掛けられて立ち上がられると、私より遥かに大きいと思う。
軽めのノックのあと、カナイが扉を開けて歩いていたハクアに驚いて一歩引いてから、ああと納得し入ってきた。狭いから早々に移動しなくては……。
「ねぇねぇ、マシロちゃん」
「んー?」
「これさー、まだ貯金箱代わりに使ってるんだよね?」
机の隅に置いてある小さな瓶をジャラジャラと揺らしながらそういったアルファに、そうだよ。と、頷く。貯金というか生活費を入れてあるんだけどね? 無用心だから何度もカナイにやめろといわれているのだけど、諸事情でほったらかしだ。
「最近ギルド依頼もこなしてないのに、減らないですよねぇ? ていうか、僕コレの嵩が変わってるのあんまり見たことない」
心底不思議そうにそういったアルファと、目を合わせないまま私は答える。
「それはね。お金の湧く小瓶なんだよ。嵩が変わるとね、勝手に元の位置まで増えてるの」
不思議でしょう。と、乾いた笑いを零した私にカナイの溜息が聞こえる。予想が付いたのだろう。素直に、へーっと感心しているアルファとは流石に違う。
「わ、私だって、必要ないっていってるんだよ? いってるんだけどね! 勝手に入れていくんだから仕方ないじゃない。付き返したって、無意味だし」
ぶーぶー零した私にエミルがくすくすと笑う。
「良いじゃない、受け取っておけば。ブラックは好きでやってるんだよ」
「まあ、貢がれるのも特権だろ?」
……有り難い限りだけど、現金貢がれるのは正直気が引けるんだよね。
でも、まぁ、必要なもので、結局使ってるからなんともいえないけど。
ごにょごにょと曖昧に零す私を他所に、アルファは「なるほどー」と納得したようで、ぽんっと手を打つと
「じゃあ、マシロちゃんの七不思議のひとつも解決したことだし、ご飯にしましょー」
私の七不思議って何? てか、今の今までおかし頬張ってたよね? それなのにまたご飯? もうアルファの食欲には誰もノータッチなのか、そうだね。と、エミルも腰を挙げ、それに続く形で皆私の部屋を出た。
私もそれを追いかける形で話題の小瓶から銀貨一枚引っこ抜いて、ハクアにご飯を待っててくれるように念押して部屋をあとにする。