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本編52話と53話の間にあったお話です。


※小種97同タイトルとも多少関連あったりなかったりなので、是非そちらもお楽しみくださいませ^^

『小話集』通称小種ちゃんはこちらw

http://www11.plala.or.jp/sshappy/been/kotanemokuji.html

「―― ……あの」


 午前授業の終わりを告げる鐘が鳴り響く。

 昼食を求め食堂へと急ぐもの。食事など抜きにして、自身の研究室へと一目散に戻っていくもの。それらの喧騒が遠くに聞こえた。

 僅かに開いた窓からは、小鳥の囀りがそよ風と共に吹き込んでくる。

 そんな穏やかな午後。

 一時の静寂も耐えきれないという風に、一番美しく見える座り方を維持することも忘れ、斜めに流した足を揺らしながらアリシアは向かい側に座ったラウを凝視する。


「貴女も分かっているのでしょう?」


 そんなアリシアの気持ちが分からないわけではない。寧ろ見透かしていながら尚それを楽しむような節すらあるラウは、優しく諭すように微笑んで悪魔のような宣告をアリシアに続けた。


「上級階位進位試験資格は得られません」


 何もいえず、ごくりと喉が鳴る。見詰めていたラウから視線を逸らすと膝を睨み付けその上に乗せた手を、ぎゅっと握った。

 分かっていた。このところ授業内容もさっぱり頭に入ってこない残らない。もどかしさばかりが募っていた。自らの素養の限界――。


「けれど、中級階位はきちんと納めることが出来ますし、それに付随する資格関係は得ることも出来るでしょう。普通に生活するのに不便はしませんよ」

「―― ……そう、ですわね……」


 淡々と続けられる台詞が理解出来ないわけじゃない。わけじゃないけれど……あたしは、普通ではいけない。それでは全く全然追いつかない。追いつけない。


「納得……出来ないのであれば……」

「分かっています。……種を飲めということですね」

「ええ、そうです」


 実際のところ、ここの教職員の手当がどのくらいなのか知らない。知らないけれど、目の前の男が簡単に告げる『種』が高級品であることくらいは分かる。

 日々の稼ぎは、家族の生活に当てている。それほど余分な金など持ち合わせていないアリシアは唇を噛み絞めることで、泣き出しそうなのを堪えた。


「少し……考えてみます……。時間外に、対応していただき感謝します」


 ラウより先に席を立ち、優雅に一礼したアリシアは「どういたしまして」と微笑んだラウの顔を見ることも出来ずに静かに退室した。


 ―― ……パタン。


 閉めた扉に寄りかかるようにして長嘆息。目を閉じれば、家族の顔が思い浮かぶ。笑顔でお前だけはと送り出してくれた兄たちの気持ちが蘇る。


「……仕方ないわよね」


 自分で吐き出した諦めの言葉に涙が出そうだ。


 ―― ……種って幾らくらいするのかしら……?


「アリシアー……!」


 短く唸ったところで呼ぶ声のした方へ顔を向けると、手を振っているのは


「マシロ、珍しいわね。こんなところで」

「うん、アリシアを探してたの」


 廊下の先にいたマシロが追いつくまでに、そちらへ歩みを進めたアリシアに並ぶようにマシロは足並みを揃える。マシロはアリシアの歩いてきた方をちらりと見て、


「アリシアこそ、何かあった?」

「ふふ、あたしの事より。誤解は解けたのかしら?」


 その事はマシロの表情を見れば分かる。アリシアは暗い気持ちを払うように笑顔で告げれば「ご迷惑おかけしました……」とほんのり頬を染めてマシロは謝罪した。


「それで、お礼もしたいし……何か、と思ったのだけど……やっぱりアリシア何かあったんだよ、ね。ぇと、話し難いこともあるよね。ん……と、」


 逡巡しながら言葉を選んでいるマシロに微笑ましい気持ちになる。今だけでもくさくさした気持ちが晴れただけマシで助けられたと思った、が……


 そういえば、この子『種』を飲んでここにきたって話だったわね。


「マシロ」

「ん?」

「今日これから時間あるかしら?」


* * *


「今から行くと、夕方になるよ?」

「とかいいながら、貴方も乗ってくれたじゃない」


 まぁ、そうだけど……と、唇をとがらせるマシロに、アリシアはくすくすと微笑んだ。馬車が向かうは辺境。もちろんそこにあるのは『種屋』で……。

 手段がない訳じゃない。きっと交渉の余地もあるはずだ。

 現に隣のマシロは種を飲み、今の生活を維持している。一縷の望みも捨てるわけにはいかない。確認しないで諦める事なんて出来ない。

 そう意気込んで、ぎゅっと膝の上で作った拳が、そっと包まれた。そして空いた手も重ねて、ぎゅっと握る。とても暖かくて柔らかな優しい手だ。


「……マシロ?」

「何でもいって。私に出来ることなら何でも、出来ないことは……ぇ、っと、一緒に考えるから」


 辻馬車の小さな窓から西日が射し、二人の頬を照らす。重ねた指先にきらりと光ものを見つけてアリシアは瞳を瞬かせた。


「マシロ、貴方結婚するの?」


 ぴくりと指先が震えた。じわりと手の温度が上がったような気がする。


「おめ……」

「しないの」


 祝辞を遮ったマシロに、アリシアは「え」と声を詰めた。マシロはゆっくりと首を左右に振って「結婚、するわけじゃないよ」と噛みしめるように口にして瞳を伏せた。


「……そう」


 重ねた手を解いて、マシロが指輪をそっと撫で瞳を細める横顔を見つめてアリシアは口元を緩めた。愛人かもしれないし、人知れず苦しい恋をしているのかもしれない。そもそも、種を飲むような事情があった子だ。きっと――


「その石、愛を叶える石っていうのよ? 知ってた? しかも、凄く高いの! それだけのものを用意出来る人なんてなかなか居ないわ」

「……そ、そうなの?!」

「そうよ。女の子ならみんな憧れるわ」


 愛されてるのね。と続けると、面映ゆそうに微笑んだマシロに胸を撫で下ろした。どんな形であれ、今、マシロはまだ笑っていられる。それなら、まだきっと大丈夫。


「あたしにも、そのくらいのパトロンが居れば良かったのにっ!」

「パトロンじゃないってば」


 いった後は二人揃ってころころと笑い合う。お互い女友達の少ない身。こういうのは楽しい時間だ。向かった先が種屋でなければ、アリシアにとって尚良かっただろう。


 * * *


「ここって、宿とかあるのかしら……」


 無計画で出て来たは良いが、馬車は最終。辺境に着いた時にはもうお日様も傾いていた。二人はのんびり煉瓦道を歩きながら、目的地を目指す。


「どうかな……? 住んでる人も少ない町だから……」


 宿屋なんて必要としたことないし、という言葉を飲み込みつつ、物珍しげにきょろきょるするアリシアをちらりと盗み見て、マシロは短く嘆息した。


 話して……良いのだろうか。きっとこの調子だと、アリシアにブラックのことがばれるのは時間の問題。私は、別に構わない。私が構わないってことは、きっとブラックも気にしない、と、思う。そう、そうだよね……!


 マシロは一人握り拳を作り気合いを込めて


「アリシア!」

「―― ……ねぇ、マシロ」


 気合いの入ったマシロとは対照的に、ぽつと、名を呼ばれマシロは拳を下ろした。


「さっき、出来ることなら何でもっていってくれたわよね」

「うん。もちろん」


 所在なさげに胸元で手を間誤付かせながら口にするアリシアに、マシロは迷うことなく頷いた。その返答に、一度だけ視線を絡ませ、すっと道の先を見て瞳を細めた。

 まだ遠目にしか見えないが、そこは種屋だ。


「あたしが、自分でなんとかしないといけないのはわかってる。もちろん、そのつもり。……そのつもりなんだけど……」


 緊張に一度唇を噛んだアリシアの喉が上下する。そして、掠れた声で……お願い、マシロ……と、続けた。


「隣に居て」

「……え?」

「ごめんなさい。貴方だってあまり近寄りたくないと、思うの。分かってるわ。種屋ですもの。でも、笑っちゃうでしょう? あたし、怖いの」


 胸元でぎゅっと握った両手が微かに震えている。笑おうとした顔も努力空しく成功しているとは思えない。その様子に、マシロも同じく唇を噛んだ。後頭部を強く殴られたときのような衝撃が走っていた。

 自分の周りが、普通から遠い人間が多すぎて認識が甘くなってしまっていた。そう……この種屋に対する畏怖が当たり前なのだ。


「もちろん。もちろん一緒にいるよ。心配しないで」


 寸前まで打ち明けようとした言葉を飲み込んで、マシロはアリシアの手を取ると止まってしまった足を進めた。歩きながら――


「大丈夫だよ。そんなに怖いところじゃないし、きっと悪いことにはならない――、だから、その……」

「何?」

「私の恋人を紹介するときがあったら……」


 自然と握る手に力が籠もる。一般の、しかも、女の子がどう反応するか考えるととたんに怖くなった。ブラックへの愛情は変わらない。変えることはできない。だとしたら、自分はまた友人を失うことになるのだろうか――。


「大丈夫よ。どんな成金親父でも驚かないわ!」


 マシロの不安を打ち消すように強く握り返すアリシアに、僅かばかり肩の力が抜け、ふ……っと笑いが零れた。


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