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―1―

 私は、エミルから預かった瓶を片手にカナイを探した。

 最初に部屋に立ち寄ったら『探さないでください』という書置きがあり、彼なりに危険を察知したのだと思う。

 思うけど……その程度であのエミルさんが諦めるわけない。


 直ぐ見付かるよね。と、あっさり無視され、探す方向へと流れたのだけど、廊下で出会ったシゼに、ラウ先生が呼んでいると呼び出しを受けた。物凄く後ろ髪引かれていたが、エミルは私に試薬を託した。


 ―― ……こんな物騒なもの託さないで欲しい。


 がっくりと肩を落としても、預かってしまったのだ。

 探しもしないで見付かりませんでした。では拙いだろう。


 なかなか私も几帳面な一面を持っているため、素直にカナイ探しに従事した。


「カナイ発見!」


 上階層の一番奥。魔法灯の明かりがなければ光も入ってこないような、埃臭い場所の奥の奥で見つけた。


 見上げても見上げても本棚だ。

 あんな天辺にある本。どうやって取れというのだろうか?


 梯子はあるけど、悪戯に登ったら降りれなくなりそうだ。私の声に、目にも明らかに、びくりっ! と肩を跳ね上げたけれど、私の姿だけだと見て、ほっと胸を撫で下ろしていた。


 そして、ページを捲っていた本を机の上に置いて眼鏡を外すと「何か用か?」と口にする。俯いて目頭をぐりぐりとマッサージしながら私の返事を待っている。

 机上には、多分カナイの持込だろう、ランプが置かれていて、机の上だけは明るかった。


「あー、うん。まあ、用というか、差し入れというか……」

「何?」


 ごにょごにょといいつつ歩み寄る私に顔を上げたカナイは首を傾げる。ことっと私はカナイの前に抱えていた瓶を置き、とりあえず、にこり。


「新鮮なドライフルーツ」

「いや、乾いてる時点で新鮮じゃないだろ」


 流石鋭い突っ込みですね。……あー、こほんっ。気を取り直して。


「今日私が買ってきたので、新鮮なのです」

「エミルに持たされたとか、ないよな?」

「エ、エミルなら」


 声が裏返った。流石、常連さん。感は宜しいようで。


「エミルなら、ラウ先生に呼び出されて……居ないよ?」


 これは嘘じゃない。カナイは、ふーんっと疑いを露わに瞳を細めて瓶の蓋を開けた。


「外に出て食べたほうが良いんじゃない?」

「どーせ、こんなとこ誰もこねーよ」


 いって、一つ取り上げるとよいしょと二つに割ってしまう。え、えーっと、まさか、まさか……ねぇ? そんなわけないよね? うん。ないないない、まさかその半分を


「ほら」


 きたーっ!!


「え?」

「だから、ほら。一緒に食べようと思ったんじゃなかったのか?」


 迷いなく私に差し出してくれる。口にした言葉そのままに、他意があるようには見えない。

 他意があるのは私の方だ。


「……? ん、ああ、座れよ」


 そこじゃない。けどあまり不審な態度をとってもいけないかと思い、ありがとう。とカナイの隣に腰を降ろした。


 って、なんで隣に座るんだ私。

 退路の確保が出来ないじゃんっ。って今更遅いーっ。


 あわあわしている私にカナイは、不思議そうに首を傾けた。


「何? もしかして、ドライフルーツ苦手だったか?」

「ううん。そんなこと」


 ってなんで私、苦手だっていわないんだよーっ。

 つい素直に答えてしまう自分が憎らしい。


「そっか」


 ほいっと手に握らされて、睨めっこ。さっきも一つ食べたものだけど、あれは本当に買いたてだった。


 今は不純物が混じっている。

 薬物が混入されている。


 ああ、予想される効能……変化くらい聞いておけば良かった。

 死ぬようなものではないのは確かだけど……。


 エミルが何を混ぜていたか、詰まらない話に気を取られて、あまり見ていなかった自分も恨めしい。アルク草が入っていることは確かだ。


 はあ、仕方ないよね。


 私は深く溜息を吐いて、ぱくりと口に含む。ちらりと隣を見れば、カナイはさっさと食べてしまったようで、もぐもぐしながら、再び本に手を掛けていた。

 これならこっそりポケットにでも押し込めば良かった。

 私、何馬鹿正直に食べてるんだろう。


 もぐもぐ……味に特別な変化が……というか、ドライフルーツは甘みが強すぎて多少何か混ぜても分からなくて当然だ。


「なんか凄い久しぶりにこんなもん、食った気がする……」


 うん。普通は食べないから。私もだけど。

 しみじみ口にしたカナイに、私は半分涙目だ。薄暗くて良かった。

 きっと気付かれない。


 最初から持ち込んでいたのだろう、ボトルを傾けたあと、ふと気付いたのか「飲む?」と差し出された。


「うん、貰う」


 もうねぇ。流し込まないとごっくん出来ないよ。

 私は躊躇なくそれを受け取って、こくんっと呷る。中は少し冷えた紅茶だった。ダージリンだろう。


 美味しい。

 この紅茶が一番美味しいような気がするよ。


 私、別に外見的変化ないよね? ちらりと隣を頭の先から眺めても、大丈夫。何か生えてきたり伸びたりはしてない。何かおかしなことが起こる前に、部屋に戻って寝てしまおうと、立ち上がったらカナイに腕を掴れた。


「な、何?」

「お前涙浮かんでるぞ? なんかいいたいことがあったんじゃないのか?」


 ―― ……う


 ないよ。そう告げるつもりだったのに


「試薬だったのー」


 ばらしてしまった。


「は?」

「これ、エミルが作った薬が入ってたの」

「何の?」

「分かんないから、カナイに……」


 どうして、そこまで、バラすのか……それこそ分からない。なるほど……と、溜息を溢すカナイの方が余程落ち着いている。とりあえず、座れと再び椅子に座らされ、ぐいっと多少乱暴に目元を拭われた。


「悪かった。早くいえよ。知ってたら絶対食わせなかったのに……はあ、本当にもう、食うなよお前も」

「だ、だって、いったら食べなくなるかと」

「別に食べなくても良いだろ。本当、お前馬鹿だな。エミルはお前に無理強いなんてしてないだろ? いうなって口止めもしてないだろ?」


 重ねられる疑問符にこくこくと頷く。

 確かにエミルは、これを渡してといっただけで、いうなといわれたわけではないし、お付き合いして食べろといったわけでもない。


 私が勝手にそう判断しただけだ。


「本当、救いようがないくらい馬鹿だな」


 その通りだけど酷いよっ。と思って顔を上げれば真っ直ぐに見つめられていて、え? と戸惑う。

 エミルやアルファはおくびもなく人の顔を覗き込んでくるけれど、シゼやカナイはそうでもない。


 大抵は何かをしながら……というのが多いのだ。


「カ、カナイ?」

「ん?」

「ち、近くなってない?」


 膝頭がごっつんこする距離だ。既に当たってる。


「いや、可愛いなと思って」


 か、可愛いですってっ?! 思わず悲鳴を上げそうになる。カナイが、あのカナイがっ、エミルやアルファじゃあるまいし、私に可愛いなんて皮肉以外で口にするなんてっ!


 薬っ!

 薬のせい?


 でも、私は普通だと思う。

 ちょっと心拍数が上がって身体が熱いような気がするけど、それはきっとカナイが変なことを真顔でいうからだ。


「マシロは変わってる」


 褒めてない。それなのに、ぐいっとカナイの膝が私の膝を割り、椅子のところまでずいっと距離を縮める。なんとか距離を保ったほうが良いかと、後ろに反り返れば、バランスがあまり良くなくて、カナイの腕がぐいっと私を抱き寄せてしまった。

 後ろにひっくり返る危険は回避したけど、なんとなくこっちの方が危険な気がする。


「あの、カナイ」

「ん?」

「わ、私そろそろ、部屋に戻ろうかと思って」

「いーよ、まだ」

「い、いやいや、カナイさんが決めなくても」

「俺が決めたって良いだろ?」


 以前正規品のこれ飲んだとき、エミルどうだっただろう? 襲われかけたんだよね。

 あのときは途中でぷつりと切れたから……って、これ、混ざり物しているけど、大丈夫なのだろうか?

 私、結構平気なのに、どうして……カナイだけ、変なんだろう?


「もう少し一緒に居ろよ。もっと、触れたい。もっと、近くに……」

「え、ちょ、近いっ」

「お前はちっちゃくて可愛いな。凄く可愛い……凄く、好きだ」


 ―― ……え


 思わず突っぱねる腕の力が抜けてしまった。

 その途端、ぎゅっと抱き締められ、耳元に唇を寄せられる。


 暖かい吐息が耳に掛かり、好きを繰り返される。


「私はブラックが好き…… ――」


 黙っていれば良いのに、私の口からあっさりとその言葉が紡ぎ出される。


「知ってる。でも、今は俺の腕の中だろう?」


 かぷりと耳朶を口に含まれ、舌先で転がされる。ぞくりと胸の奥が疼き熱くなる。

 嫌だと突っぱねれば良いだけなのに、がっちりと抱き締められていて私の力ではどうしようもない。


「ブラックが好き」

「ああ、知ってる。可愛いよな……本当、可愛いよ……」


 すりすりと頬を寄せられ、首筋に唇が触れる。

 くすぐったい……凄くくすぐったいのに、私まで病気のように好きを繰り返す。


 でも、薬の入っている割合が違ったのだろう。

 私の方がどこか片隅で自我が保たれているような気がしないでもない。カナイは気の毒なことになっている。


 元がカナイなので、そこまで酷いことはされなさそうだ。

 今も色々触られるけど、いやらしい触り方というよりは……小動物を愛でているときに似ている気がする。

 そうだ、カナイは猫にもキスをする人種だ。


「カナイ、もう、そろそ、ろ……」


 離れて欲しいと告げようとしたところで、目の前で光が弾け、どんっ!

 と大きな音がした。


 えっ? と私が驚くより早く、ぐいっと力強い腕で引き上げられぷすぷすと煙を上げるカナイから引き離される。


「消しても良いですよね。今加減しました。もう、加減しなくても良いですよね」


 私の胸元に掛かっている腕は、ブラックのものだ。見上げれば怒りに戦慄わなないている。戦慄いているけど……。


「ブラックだ……」

「はい?」


 可愛い。好きだ。可愛い。好きだ……可愛い。

 まともだと思っていたのに、ブラックを見つけた途端箍が外れた。


「可愛い」

「はい??」


 無理矢理体勢を変えて、ブラックの首に絡みつく。


 だって、凄く可愛い。

 超がつくほど可愛い。


 ものすんごい怒っていたのに今は虚を突かれて、目を丸くしている。


「ブラックじゃないか。お前よく見ると可愛いよな……」

「はぁ?!」


 ブラックの一撃を食らっても、カナイの復活は早かった。加減したというのは伊達じゃない。


「なぁなぁ、触っても良いか? ちょっとだけ、痛くしないから、な?」


 がらがらと瓦礫になってしまった机を押しのけて、立ち上がったカナイにブラックは私をぶら下げたまま、じりじりと下がる。

 もう一歩、カナイが踏み出したところで我慢ならなくなり、本棚を半壊させて私もろとも逃げだした。

 カナイが本の下敷きになって埋もれたところまでは確認できたがそのあとのことは知らない。



 ***



「マシロ? マーシロ? 大丈夫ですか? 一体何を飲まされたんですか」

「ブラック可愛いよねー、この耳とか耳とか耳とか……くにくにの軟骨具合が堪らないー……」


 途中からあまり覚えていないのだけど、半日くらいはこの状態だったらしい。


 そして、カナイたちはもっと大変で……。

 上階層の本棚を破壊したこと――したのはブラックだけど――効果の確かではない薬で惑わせたことなどから、滅多に出てこない、学長直々にお説教もいただいたらしい。

 その間もカナイは、学長はちっさくて可愛いと誉めそやし、益々怒られたそうだ。


 薬はどうやら、隠された――別に私もカナイも隠しちゃいないけど――フェティシズムを解放させてくれたらしい。

 カナイの許容範囲の広さが窺えた。

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