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―5―

「え?」

「じっとして」


 薄明かりでよく見えない。ぐぃっとアルファに顔を近づけて、その瞳を覗き込む。

 赤く、は、なってないみたいだけど……。

 両方の目尻に触れて、軽く擦る。


「マ、マシロちゃん?」

「待って、目、痛いの? ちゃんと真っ直ぐ私の方を見てて」

「え、えぇと、その……」


 触れていた手のひらが熱くなる。

 え? と思って、ぱちりと瞬き。改めて見れば、アルファの顔は真っ赤だ。

 なんで……? と思ったあと、自分の近さに気がつき、アルファの瞳に映る自分と目が合うと私まで、かっとなり慌てて手を放した。


「ご、ごめん。あんまり目を擦ってるから、傷でも付いたのかと思って……」


 再び洞の中に隠れるようにぺたんっと座ってそういえば、アルファは私の隣りに腰を下ろし「大丈夫ですよ」といいながらもまた擦る。

 そんなに擦っちゃ駄目だよ、と手を掴まえれば困ったように微笑まれた。


「すみません。凄く、眠いんです」

「は?」


 それはどういう意味ですか? 間の抜けた声を出した私にアルファは肩を竦めた。


「本当ごめん。あそこで食べた料理に、よく眠れるように気遣い? だなんて、行き過ぎてますよね。その、睡眠薬が結構入ってて……」

「ちょ、だったら、食べなきゃ良いのにっ」


 反射的に口にした私にアルファは「本当、そうですよねぇ」と苦笑した。


「出来れば何事もなく夜が明ければ良いと思ったんです。野営なんて、出来ればしないほうが良い」

「―― ……アルファ」


 薬のせいか、らしくなく静かにそう告げるアルファに目頭が熱くなる。どうして良いのか分からなくて泣きそうだ。


「え?」


 しょぼんと気持ちが萎えると頭がずんっと重たくなった。何をされるのかと思ったら、


「大丈夫、大丈夫ですよ。僕、多少なら毒や薬に耐性あるんです。出先で毒見することは珍しいことではないですから。本当、平気ですよ?」


 やわやわと頭を撫でられていた。

 アルファにそうされるのはなんだか不思議な感じだ。しょんぼりと俯くと、ふと目に付いた……。


「……手、」

「え?」


 私の声にアルファは頭に載せていた手を降ろすと、半分くらい私の方に預けていた体重を放し少しだけ身体の角度を変えた。


「ちょっ! アルファ、手、手見せて」

「え、ちょ、何? マシロちゃん大胆っ!」


 突然茶化すようにそういったアルファに、無理矢理覆い被さるようにして、隠した手を取った。

 じっとりと血が滲んでいる。返り血というわけじゃない。

 大体利き手の内側なんて、剣を握っているアルファが第三者に傷つけられる場所じゃない。問質すように見上げた私から、アルファは気まずそうに視線を逸らして「あー……」と零す。


「え、えぇと、その、うん」

「何?」

「あいつが部屋に入ってきたとき、どうしても起きなくちゃいけなくて、その……」

「自分で傷つけたのっ?!」


 悲鳴のような声をあげてしまった。


「基本的な対処法ですよ」


 あっさりとそういい切られてしまっては私にはそれ以上突っ込むことは出来ない。

 でも、こんなに深く傷つける必要はないのではないかと思う。

 ぱっくりと割けた傷は、そのあと剣を握り続けたせいで乾くことなく、未だに生々しく、じんわりと血を滲ませ吐き出している。


「せめて反対の手にしておけば、もっと軽く済んだんじゃない……?」

「え、あー、うん。そう、かな? ごめん、なさい」


 借りた服が安物の生地で良かった。

 簡単に引き裂くことが出来て、それでなんとか止血だけは行いつつアルファの曖昧な答えに疑問を抱く。

 どうしてと重ねそうになって、ふと思い至る……。


「もしかして、私?」

「え」

「私を抱えなきゃいけないから? 私が汚れると思って?」

「まさか、あんな状況でそこまで考えるわけないじゃないですか。寝ぼけていたんですよ、寝ぼけてて良く分からなかったんです」


 それは、肯定と取って良いんだよね。

 我慢していたのに、我慢しきれなくて視界がゆらゆら揺らいでしまう。本当の意味で私はアルファのお荷物になってしまっていた。


 しかもこんな傷まで……。


「そんな顔しないでください。大丈夫、僕は強いんですよ? こんなの傷のうちに入りません」

「うん……うん、知ってるよ、ごめん。でも、なんかアルファに迷惑ばかり掛けてるような気がして」

「そんなのいつものことじゃないですか! マシロちゃんの十八番でしょう?」


 にこにことそういって笑ってくれたアルファに応えるために、私もなんとか笑ったと思う。ちゃんと


「はいはいっ! ほんっとーにすみませんねっ!」


 可愛くない台詞を吐けたと思う……。

 ―― ……私、ちゃんと出来てるよね。


「いーですよー。僕はお姫様をお守りする騎士ですからね」


 ふわんっと柔らかい笑みでそういって瞳を細める。

 とくんっと小さく胸が高鳴る。

 アルファはやっぱり綺麗だと思う。お日様のようにいつもキラキラしているくせに、しっとりと優しく包み込む慈愛に満ちた天使様みたいな表情かおもする。


 ずるいよ……。


 ふぃっと顔を逸らすと、洞から覗く外はまだ夜の闇の中だ。


「もう、あの人たち追いかけてこないんだよね」

「ええ、多分」

「獣とか来るかな?」

「街道からは外れてると思いますけど、王都にそれなりに近づいていると思いますから、いないと思います」


 そういってくれるということは九割以上の確立で大丈夫。ということだと思う。

 アルファは王子付きの護衛騎士だ。こういうときの判断力は群を抜いているはずだ。


「じゃあ、眠って良いよ。私起きてる、夜が明け始めたら起こすよ」

「えー、僕、きっと寝ちゃうと起きませんよ?」


 私の提案にくすくすと笑うアルファに、私は足元に寝かせていた懐剣を取り上げ胸に抱いて


「これがあるし、大丈夫。優しく切るから」

「それ、どんな優しさですか」


 あははと笑ったアルファにつられて私も笑う。


「本当、マシロちゃんは恐いんだから…… ――」


 優しくお願いしますね。と締め括られたら、ずんっと肩が重くなった。アルファの光を紡いだような金糸が、夜の闇の中で微かにキラリとして頬を撫でた。


 そっと柔らかく癖の強い髪を梳き、唇を寄せた。


「おやすみなさい、私の騎士様」

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