―3―
「あの辺畑だと思うんです」
「そう? 荒れてるよ?」
普通に答えたと思う。共有してしまう熱を意識してしまうのはよくないよね。私はアルファの話を聞きつつも、そんなことが頭を過ぎる。
アルファが何もいわないから私もいえないけど、あれはやっぱり緊急避難的なもの、だよね。
意図せず自分の唇に触れてしまう。
「それですよ。荒れてるのおかしいでしょう? こんな小さな集落なんですよ? 王都からだって離れているんです。こういうところは自給自足が基本です。来るときも、様子見てたけど家畜とかも殆どいないみたいだし……」
「―― ……ひっ!」
話を聞きつつぼやんとしていた。
マシロちゃん聞いてます? と顔を覗き込まれてびくりと肩を強ばらせた。吐息が掛かるほど近くて、慌てて仰け反ってしまう。
ぐらりと揺らげば「大丈夫ですか?」と慌てて背に手を回された。
ぐぃっと引き戻されて、私は窓の桟に手をかけて頷く。
「だ、大丈夫だよ」
声が裏返った。
そんな私の動揺には気が付かなかったのか、ごしごしと目を擦りつつアルファは「そろそろ寝ませんか?」と口にする。
「安全じゃないところで寝て良いの?」
釣られて欠伸が出てしまった。
私はアルファから離れて、再びベッドに腰掛ける。
「恐いんですか? そうですよね、仕方ないなー。じゃあ一緒に寝ましょう。僕がぎゅーーっとしてあげます」
「ちょっ!」
誰も恐いなんていってませんっ!
ぴょんというように抱きついてきたアルファの勢いに、私は、ぼすっ! とベッドに押し倒された。
鼻先が触れそうな距離でにこにこ。
「ち、ちち、ち、」
「父?」
「近いっていってるのっ!」
真っ赤になる顔を隠せずにいい捨てて、ていっと胸を押してもびくりともしない。
力の差は歴然、当然といえば当然だけど。
じーーっと顔を覗き込んでくる青い瞳にいたたまれない。
「ねぇもう一回、キスしてみて良いですか?」
「はぃぃっ?!」
「だって、夕方のはちゃんと味わえなかったから」
「味あわなくて結構ですっ!」
「えー」
えーじゃないっ! 当然ですっ! と眉間に皺を寄せてとんっと押すと今度はさっきほど力は入っていなかったけど、アルファは離れて「がっかりですー」と反対側のベッドにぽすりと腰を降ろして自分もごろんっと寝ころんだ。
ふぅと私は一息吐いて、ベッドに横になったら「あ」とアルファが声を重ねた。
なに? と背を向けていたアルファの方を振り返る。
「んーーーっと、これくらいかな?」
アルファは横になった身体を起こして、腰にぶら下げていた剣をじゃらりと一巡し一本外した。
繋いである鎖からバラすと元の大きさに戻るのか、鞘にはいったままだったけれどそれは元の形に戻っていた。
それを「どうぞ」と私に手渡す。
私の肘から手首くらいまでの長さで、鞘と柄に凝った装飾のしてある綺麗な剣だ。
「何これ」
「懐剣です。マシロちゃんが扱えそうなのは、そのくらいしかないですから」
「え、私刃物なんて扱えないよ?」
実技で使う小刀までだ。
「いらないですか? じゃあ、マシロちゃんが寝たら遠慮なくそっちいきますね」
「貸してください」
にこりと毒なく怖いことをいうアルファから懐剣を受け取って抱え込むと「きちゃ駄目だよっ!」と念押しして背中を向けてもう一度寝直した。
アルファがくすくすと笑ったのが分かってなんだか面白くない。
ぶすっとしたまま、ぎゅぅっと目を閉じる。
最初はぴりぴりとしていたものの、緊張の糸が切れたのと体力的なもので私は直ぐに眠りに落ちてしまった。
どこででも眠れるのも特技だよね。
―― ……ん
夜の帳が降り、星が流れる音すら聞こえてきそうな静寂の中、ベッドの端が軋んだのに気が付いた。
まさか、本当にアルファがくる、わけないよね?
時々冗談なのか本気なのか分からない行動は多いけれど、基本的にアルファは紳士然としている。
私がそんなことを考えている間に、確かにベッドは私以外の体重を支えていた。
意味も分からず怖くて懐剣を握りしめた手に力を込めて、ほんの少しだけ鞘から抜き出す。
その指先も微かに震えている。
目を開けるのは怖くて更に強く瞼を閉じる。気配で分かる。私に覆い被さった身体はアルファよりずっと大きい。
隣りに居るはずのアルファに助けを求めようにも、恐怖で声が出ない。
無言でぬっと出てきた手が私の顎に掛かり、ぐぃっと強く引かれた。
「触らないでっ!」
「!!」
反射的に懐剣を抜くと同時に、ぐっと腕を別の手に掴まれて横に強く引っ張られ、私の身体は簡単に持ち上がる。
そして、ベッドサイドに引きずり出され、身体を抱えられた。
ぼたぼたっとさっきまで私が寝ていたベッドの上に黒いシミが広がる。一瞬にして起きた騒ぎに部屋に明かりが灯り視界がハッキリした。
私を抱き留めているのは抜き身の剣を手にしたアルファだ。
そのことには胸を撫で下ろしたものの、私を襲ってきたのはガタイの良い男――苦い顔をして押さえている腕の隙間から、止まらない血が流れ出ている――私の目の前で黒が赤に変わった瞬間。
激しい動悸がした。
「―― ……わ、わた、し」
「違います。切ったのは僕です。マシロちゃんの剣は鞘から抜けていません」
素早くアルファに否定され、自分が握り締めている懐剣を見る。
抜いた、つもり? がくりと膝の力が抜けそうになると「踏ん張って」と引き上げられた。慌てて不安定な身体を支える。