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―1―

 ―― ……ザリッ


 靴底が乾いた土を削る。


「なーんか、僕、マシロちゃんを危ない目にばかり合わせてません?」

「いや、そんなことはないけど」

「震えながらいうことじゃないですよ」


 あははと笑うアルファの腕にぎゅっと力が篭る。確かにアルファと居るときに魔物遭遇率が高いのは否めない。

 今回も運悪くオーガに出会ってしまった。しかも群れで。


「ごめん、え、えと、大丈夫だって……分かってるんだけど」


 私がオーガに初めて襲われた時を彷彿とさせる数だ。

 まだ空は明るいからオーガの目は黒に近い赤で光っていない。


 それでも私の足は勝手に動かなくなった。

 膝が震え自分では立っていることすらままならなくて、アルファの左側に支えられている。そのせいでアルファが立ち回れなくて、後退するしかなかった。


「マシロちゃんって泳げます?」


 追い込まれた先は崖だ。

 崖、ですよ? 二時間ドラマの犯人ならその全ての悪事を告白しないといけない、そういう先端に今います。

 違う部分といえば、森の中なんですけど……アルファさんその質問の意図はなんでしょう?


「い、一応、多分」


 恐る恐る答えた私に、オーガを睨んでいた瞳は細められにこり。

 良い笑顔が怖いです。


 じりじりと僅かに残された距離を下がる。

 がらりと、踵が石を砕いて落下していった。


 ―― ……地面に当たった、音、しませんけど……。


「マシロちゃん、僕のこと離さないでくださいね?」

「え」


 私の困惑した声は届いていないようだ。

 アルファは、構えていた大剣の握りをひょいと変えて、素早くちんっと鞘に収めた。


 ふっと大きな影がなくなった途端、オーガの前衛ががっと鋭い爪で地面を掻いて飛びかかってくる。


「掴まって!」


 たんっ!

 いってアルファは地面を蹴った。


「ひぃぃぃいっ!」


 なんだか懐かしい落下だ。

 私がシル・メシアに来たときも落下系だった。


 あのときは一人で落ちてきたから今の方が……マシだなんて思えませんっ!


 頬に当たる風が痛い。

 重力に従って頭が下に、そしてどんどん下降し苦しいくらいの圧力が掛かる。


 走馬燈くるっ!

 絶対、走馬燈くるぅぅぅ!


 声にならない悲鳴が頭に反響する。

 きゅっと瞳を閉じるとアルファに抱え込まれた。頬を胸に押しつけられ頭をしっかりと抱え込まれる。


「息吸って、到達します!」


 くっ!

 必死にアルファの身体にしがみついた。


「止めてっ!」


 どぶんっ!

 高飛び込みの選手だってこうは上手く落ちないだろう。


 同時に風圧が水圧に変わった。

 勢いよく落ちたせいでどんどん水底へと引き込まれる。


 深くて底が見えない。

 闇が纏わり付いてくるような気がして、ぞくりとお腹の底のあたりが震えた。ぼこぼこぼこっと巻き付いてくる水泡が水面へと流れていくのが視界の隅に映る。


 今日も今日とてギルド依頼遂行後ではあるけれども、どうしてこうすんなり終了できないのだろう。

 確かにランクはBだった。

 でも依頼内容自体、今回は保護されていた野生動物を野生に返すという簡単なものだった。テラとテトも、遠方まででなくてはいけないから、ランクを上げなくちゃいけなかっただけだっていってたのに。


 しかも小動物で超ラブリー。

 ここまでの道のりは遠足みたいで楽しかった。それなのに。


 落ちるスピードが緩むと、ぐっとアルファの腕に力がこもってぐるりと頭の位置が反転した。暗闇しかなかった視界に、ゆらりと揺らめく水面が映る。

 あそこまでいかなくちゃ。本能的に地上を求めた。


 ゴボッ!


 その上昇していくアルファの動きが、焦ってしまった私のタイミングと合わなくて、止めていた息を吐いてしまった。


 急いで口を閉じたけれど、遅い。

 一気に苦しくなる。息が、出来ない。苦しい、頭の中が真っ白になり、呼吸出来ない恐怖が襲ってくる。


 ひたと見詰める水面はまだひどく高いところにある。


 ―― ……絶望的だ。


 そう思ったとき、上昇する勢いが収まって、ふわんっとその場に留まった。苦しげにアルファを見上げると


「―― ……っ」


 目を閉じるとかそういうのもなくアルファの唇が重なった。

 暴れそうになる身体を押さえつけられて、反射的に引き結んでしまった唇を強引に舌先でこじ開けらた。


 きーん……と耳に痛いくらいの静寂。

 時が止まってしまった。

 

 こぽり……。


 二人の繋がった隙間から小さな気泡がゆらゆらと昇っていく。


「…… ――」


 少しだけ息苦しさから解放されると、唇は離れていった。

 どんな顔をして良いか分からなくて困惑していた私に、大丈夫というように微笑んでから、再び抱き締められさっきよりもスピードを上げて上昇していった。


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