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―5―

 幸福感を暫らく堪能したあと、どうしても自分で出せない答えを聞いてみることにした。


「……あの、物凄く良く考えたんですけど、分からないことが一つ」

「うん、何?」

「何の記念日ですか?」

「え」

「い、いえ、すみません。ええと、大抵のことは覚えているのですけれども、その、えーっとマシロが私に何か贈り物ということは、何か特別な日だからですよね? クリスマスがどうというのは、終わったと思いますし……」


 きょとんっと見上げてくるマシロの瞳から逃げるように、視線を逸らしてごにょごにょり。

 今度はマシロが呆れたような溜め息を零す番だ。


「―― ……誕生日」

「?」


 いわれても一瞬ぴんと来なかった。

 マシロの誕生日とやらはまだ先のはずだったのに。そう思ったことが伝わったのかマシロは困ったように微笑んで続けた。


「ブラックの誕生日だよ。何をやってもブラックより上手に出来るとは思えないから、これなら私にしか出来ないと思ったの……でも、意味なかったんだね……」


 ごめんね。としょんぼり。

 その言葉に「ああ」とようやく頷けた。


 誕生日。

 確か生まれた日はマシロたちの世界では特別な日、特別な記念日だといっていた。だから、マシロの誕生日はちゃんと覚えている。けれど、自分の誕生日は失念していた。


「そう、なるほど……」


 腕の中で恋人は完全に気落ちしている。だというの、胸が浮き立つといえばマシロには趣味が悪いと睨みつけられることだろう。


「なるほど、なるほど……」

「ブ、ブラック?」


 ついらしくなく、口元がにやにやと緩んでしまう。

 視線を感じて、視線を落とせばその様子を不思議そうにマシロは顔をあげ覗き込んでいた。


 マシロの瞳は常に正直だ。マシロはまっすぐに私を信頼している。

 もちろん、私も絶対の信頼をマシロに寄せている。私が信じているのはマシロだけだが、マシロを信じ常に気にかけている人数は、こちらでの年月とともに増えているのだろう。


 当然のように、マシロはそのことに気が付かない。

 愛らしく、とても罪深い恋人だ、腰を折ってマシロの目尻に軽く唇を寄せる。


 んっと驚きに目を瞑ったマシロにもまた、微笑ましい気分になりくすくす。とても愉快だ。


「人間って色々考えるものなのですね。思考能力のある器……ああ、マシロは違いますけど……。なかなか面白いものなのだなと、改めて思いました」

「うん。私にはブラックが何を考えているのか良く分からないということが、良く分かったよ」


 いつものことだけど、と唇を尖らせるマシロに瞳を細める。


「いえ、マシロが必死に私のことを思っている間、シゼは必死に貴方のことを思っていたのだなーと思うと……」


 本当に罪深いですね。と締め括って顔を寄せ、鼻先が触れ合ったところで、可愛らしい口付けを落とす。

 そして、ちらりと机上にあるカレンダーに視線を走らせる。


「誕生日までにはまだ時間がありますね?」

「え、あぁ、うん。何か希望でもある?」

「あります。あります。その日が明けるまで一緒に居てください。私も仕事サボるので、マシロも授業サボってずーっと一緒に居ましょう」


 にこにこと微塵も悪びれる風もなくそういいきってしまえば、呆れているのか喜ばれているのやら……マシロは曖昧な笑みを浮かべて


「悪い大人だよねぇ……」


 と零す。

 全く褒めていないはずなのに、嫌な気にはならない。むしろ、胸の内はとろけそうに甘く緩い。


「悪い大人というのは駄目なことですか?」

「駄目に決まっているでしょう」


 唇を尖らせてもそれが怒りを含んでいないことは直ぐに分かる。


「まあ、駄目だから嫌いというわけじゃないけどね」


 ふいっと顔を逸らしてそう付け加えたときには耳の先までまた赤い。じんわりと胸の内が暖かくなり朗色が浮かぶ。


「序ですから、野生の月の下でも見に行きましょう。観賞用には愛される花ですよ」


 いいつつマシロの腕の中から一輪抜き出して、ひょいと窓の外へと腕を伸ばした。

 それを見計らったように雲が晴れて月光が刺してくる。


「……うわぁ」


 ついさっきまで赤い色をしていた花びらが、月の光を浴びたところからじわじわっと橙に変わり、黄色に、緑……次々に持っている色を変える。

 代わる代わる色が変化していくその花は魔法がかっていてとても神秘的で美しい。群生している場所はもっと秀麗な景色になる。マシロもきっと喜ぶはずだ。


「全部そうなの?」


 マシロはそう問い掛けながら、手にしていた花束をそのまま外に突き出す。

 きらきらきら……とマシロの予想通りその全ての花びらが色を変えていく姿に、マシロは頬を朱色に染めてじっと見つめる。


 手にしている花びらが発光しそれがマシロの瞳に映り込んで煌めいている。

 とても綺麗だ。どんな高品質の宝石もこの煌めきには適わないだろう。


「花の色に意味はないというのが分かるでしょう?」


 静かにそう告げればマシロは、はっ! とした表情で見上げてきた。そして、逡巡したあと視線を戻してにこり。


「―― ……明日のお昼からなら良いよ……」

「ではそのようにしましょう」


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