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キャラ人気投票より、上位獲得ブラックとシゼの番外編です。
メルマガにて先行配信させていただいていました。そのときは三人称にて綴っていた物語を、一人称にリメイク。
同じネタでも、少し違う雰囲気をお楽しみください。
三人称のものはメルマガ過去配信頁にて、読むことも可能です。
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***(シゼ視点)
今日も市場は賑わっていた。
あとは魚人の鱗を三枚と、七羽アゲハの鱗粉を一瓶。
それだけ、かな?
もう既に荷物は両手いっぱいになっていた。何度も買い出しに出るのは手間ではあるけれど、こうも纏めていわれると面倒な気がする。
「―― ……こちらでよろしいですか?」
「え、ああ、はい。充分です。あの、棚にあるのは人魚のヒレですか?」
「そうですよ。なかなか状態が良いでしょう? このくらいのものになると、滅多に入らないんですよ」
店主がいうとおりだろうなと思う。リストにはないけれど、僕も少し欲しいし、余分にあって困るものではないだろう。
店を出て、よいしょと荷物を持ち直すと冷たい風が頬を撫でる。
人混みでごちゃごちゃするからと待たせていたけれど、冷えてしまっているかもしれない。早く合流しよう。
急いで合流場所に駆けつければ、先に来ていたマシロさんが立ち上がり手を振ってくれる。当初の予定通り、荷物持ちをかって出てくれるマシロさんに荷物を分けていると既に何かを持っていた。
「マシロさん。それ、どうするんですか?」
「種だよ? 当然、育てるんだよ。フォーチュンシードっていうんだって。何色の花が咲くかな?」
図書館に戻るなり、マシロさんは楽しげに小さな鉢を用意して植える準備を整えていた。
「占い花? 聞いたことありませんね。ちょっと見せてください」
「駄目だよ。開封してからは育て主しか触ったら駄目なんだって」
そんな馬鹿な。
魔術系の細工がしてあるとは思えないし、天然のものでそんなものがあるとは思えない。明らかに騙されていると思うんだけど、まあ、いっても無駄みたいだし、害のあるようなものではないだろうから構わないかな。
それ以上食い下がる気にもならなくて、別に構いませんけど、と苦笑して買い出してきたものの仕訳を始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください。これ、置いていくんですか?」
「うん。触らないでね。私毎日ここに寄って世話するから、置かせて。部屋に置いておくとブラックに見つかっちゃうから」
にこにことそう告げるということは、咲いた花は種屋店主殿への贈り物にするということだろう。ちらと窓辺にちょこんと置かれた鉢植えを見て、小さく溜息。
「では、こちらをエミル様に届けてください」
「良いよ」
任せてと警戒なく微笑んで僕の手の中から瓶を受け取り、これ何? と首を傾げる。
「人魚の尾ひれです。珍しく綺麗な状態のものがあったので、是非エミル様にもと思いました」
「これが、ねぇ……私、本物見たの初めて」
「中々良質のものは取れませんからね」
そういってもマシロさんはそれの希少価値を見いだすことは出来なかったのだろう。
ふーん、と気のない返事だ。
「じゃあ、渡すね」
「はい、お願いします」
それから、明言したとおり毎日マシロさんはラウ博士の研究室に足を運んできた。
水をやり日光浴をさせ話しかけて、それはそれは甲斐甲斐しく世話を続けた。
数日でひょっこりと小さな芽が出てきた。
窓際で柔らかな日差しを浴びて小さな葉を揺らす鉢植えにふと目を留める。
―― ……これは……。
「おや、芽が出たんですね? 月の下ですか?」
そう掛かった声で振り返ればラウ博士が僕の肩口からひょっこりと顔を覗かせていた。
そして、可愛らしく出てきた双葉をちょんと弾いた。
慌てて触っちゃ駄目ですよ! と注意すれば、ふふっとほくそ笑まれ「すみません」と肩を竦めた。
「それにしても、マシロはこんなものを育ててどうするつもりなんですか?」
「店主殿に贈るそうですよ」
「闇猫に花ですか?」
くすくすと含み笑いするラウ博士に便乗する気にはならないけれど、本気で占い花だなんて信じているのだろうか? というのは気になる。
もしそうだとしたら、望みの色が咲けば良いけれど……。
その確率が高いとはいえないと思う。
「ちょっと、出掛けてきます」
「はい、いってらっしゃい」
ラウ博士の含んだ物言いはいつものことだ。
―― …… ――
「最近、マシロが入り浸ってるみたいだけど何してるの?」
外出先から戻ると、ひょっこり図書館の廊下でエミル様と顔を合わせた。
問われた内容に「えーっと」と口篭る。
いわないで、とマシロさんはいってたけれど、どこまでに黙っていれば良いんだろう。エミル様にまで内緒なのだろうか? けど、折角訪ねてもらったことには答えたい。
そんな二つの感情の狭間で逡巡しているとエミル様は「ああ」と笑った。
「良いよ、マシロにいわないでっていわれてるんだね? 危ないことじゃない?」
緩やかにそう声を掛けられて、僕は、ぱぁっと頬が熱を持ってしまう。
見透かされて気恥ずかしいのと嬉しいので、無言でこくこくと頷く。そして、一呼吸置いてきっぱりと告げる。
「危険はありません」
「じゃあ、シゼに任せていて大丈夫なのかな?」
「は、はい! 問題ありません」
僕の返答にエミル様は「じゃあ、何か困ったら声掛けてね」と締め括って微笑むと寮棟の方へと歩いていった。
「そうだ、ヒレありがとう」
エミル様の姿が見えなくなるまで見送っていると、一度振り返ってお礼を重ねてくれた。
僕が、エミル様の利になることをするのは当然のことなのに、そんな小さなことにまで気に掛けてもらえるととても嬉しい。
研究室へと戻る足取りも軽くなった。