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―3―

「ありがとう。それで、今日は何の記念日ですか?」


 ペンダントトップをそっと手のひらに載せて問い掛ける。理由もなくものを貰うのは、ちょっと気が引けるという私に、あれやこれやと理由をつけてくるブラックがかなり面白くて、今では恒例のように訪ねてしまう。


 だから、その表情も悪戯をしているときのように笑ってしまっているのに、ブラックはいつも必死だ。

 それが余計に可笑しい。


「今日は、その……ええと、これです」

「?」


 いってひょいと自分の腕を挙げ、胸元で自分の上着のカフスをちょいちょいと指した。

 今日は、私が前にあげた(番外編:バレンタインパニック参照)カフスをしてくれているみたいだ。それで、それがどうかしたのかと首を傾げる。


「ほら、お揃いでしょう?」

「え?」

「同じ石ですし、そのー、ええと、ですから、お揃いです……」


 私の反応が予想していたものよりも薄かったのだろう。

 ブラックはいい淀んで言葉に詰まった。


 ぱったんぱったんと耳を漕ぎながら話してくれていたのに、外したと思ったのか、すぐにしゅーんっと下がってしまう。


「―― ……ぷっ」


 我慢出来ずに噴出した。

 我慢出来る?

 出来るわけない。

 出来るわけないよね?


「ふふ、そっか、そうか、そうだよね。ふふ、あはは、ありがとう。うん。ね、ねぇ、それ誰情報? 誰かが『女の子はお揃いを好む』とかいったの?」


 駄目だ。

 お腹痛い。

 ブラック面白すぎる。


 私が苦しんでいるのにも構わず、ブラックは不思議そうに瞳を瞬かせて軽く首を傾ける。


「宝飾店の支配人です」


 自分で考えたといい張ることも、いい訳を加えることも出来ないブラックが愛しい。そして、まだ、一抹の不安を抱えて正解を待つ子どものように私を見ている。


「嬉しい。大切にするよ……お揃い、だもんね?」


 いって微笑めば、ふわふわっとブラックが歓喜するのが分かる。猫じゃなくて犬じゃないのかと思うくらい、パタパタ尻尾とか振りそうな勢いだ。

 実際は、ゆらん、ゆらん……と振り幅が広くなったくらいなのだけど。


「良かった。受け取ってもらえるんですね?」

「もちろんだよ。ありがとう」


 改めて見てもとても綺麗だ。私だって女の子だから、綺麗なもの可愛いものは大好きだ。


 だから素直に嬉しい。

 恋人からの贈り物なんて尚嬉しいに決まっている。


 近いうちに、宝石箱でも買いに行こう。ティンに頼めば、良いものを作ってくれるか仕入れてくれるかもしれない。

 心の篭った贈り物は、そこから、枝葉を広げるからとても素晴らしいと思う。

 そんなことを考えると、胸元の贈り物はもちろん、これからも凄く楽しみで自分でも分かるくらい頬が緩んでしまう。

 本当、馬鹿みたいで、他人には見せられたもんじゃないと思う。

 特にカナイには見られたくない。遠慮なくお腹抱えて大爆笑するか、寒い、寒すぎるって、どん引きするかのどちらかだ。どちらも想像が付く。


「良く似合っていますよ。まるで抱いて生まれてきたように貴方のものです」


 ……う。そんな馬鹿なことを考えていたので、不意打ちだ。それに


 猫のくせに、口が上手い。

 普通恥ずかしくていえないような、思いつきもしないような台詞を平然と口にする。

 しかも……ちらと、ブラックの表情を窺えば、凄く本気でいっているとしか思えない。


 ぽふっと頬が赤くなるのが今更ながらも恥ずかしく、思わず顔を逸らしてごにょごにょとお礼を重ねる。


「―― ……えと、ブ、ブラックが今日来るなら、何かお菓子でも用意しておけば良かった。いつもアルファが持ってくるから、買い置きはないんだよね」


 苦し紛れに口にすれば、すっと伸びてきた手のひらが私の頬を包み促されて見上げれば、ブラックの瞳に私が映る。真摯過ぎる瞳は照れ臭い。

 彷徨う瞳に笑みを深めて、ブラックは、そっと可愛らしく口付けきた。

 額、瞼、鼻先、頬……降るような口付けはくすぐったくて気持ちが良い。ゆっくりと瞼を落とせば、軽く唇にも触れ優しい声で紡がれる。


「マシロがいればそれだけでご馳走ですよ」


 そして、軽く唇に歯を立てられてやんわり甘く吸われる。うっすらと唇を開けば角度を変えて割り入ってくる……。

 甘くて優しい口付け。

 いつでも私は愛されているのだと実感させてくれる幸せ。

 いつでも私はこの人を愛しているのだと実感出来る幸せ。

 だから、いつも私は満たされていられる。


「んぅ……も、」


 じれったくも感じる緩い口付けに、伸びをしてもっとと催促しそうになって、はたと我に返る。


「だだだっ駄目っ!」


 慌ててブラックの胸を押せば、ブラックはくすくすと楽しそうに笑って


「もっと、欲しいのではなかったのですか?」


 と真っ赤になった私に意地悪をいう。


「寮では駄目だって、いってるでしょっ!」

「三人とも居ないのでしょう?」


 そういって、もう一度という風に距離を詰めたブラックを

 ―― ……バキッ!

 ぐぅで殴ったところで、がちゃりと扉が開いた。


「おーい、課題終わったかー? っと、悪い。取り込み中?」


 ひょっこりと顔を覗かせたのはカナイだ。何に気を遣おうとしたのか、そのまま退室しようとするカナイに問題ないと叫んだ。

 ブラックも何事もないという顔で、にこりとカナイの肩を掴まえて引き込んだ。問題はないけど、珍しい感じだと思ったら


「今、この扉鍵かかっていましたよね? どーして、わざわざ勝手に開けて入ったのでしょうねぇ? いつものことですか? 良くあることですか? 詳しく是非教えてください」


 にこにこにこにこ。超良い笑顔だ。


「そ、そうだったか? いや、全然気にならなかったぞ? うん」


 体感温度下がる系の笑顔を向けられても、やはりカナイだ。件の生徒のようなことはない。


「マーシロちゃーん。お茶しに行こうー」


 ケーキ買ってきたんですよーっと、全く傍の不穏な空気を気にしないアルファも戻ったようだ。

 にこにこと愛くるしい笑顔を向けて、私においでおいでとしてくれる。


 ま、仕方ないよね。


 私の中の普通シル・メシア人って、この人たちだもん。

 他のみんなに価値がないとは思わないし、その考えは何年かけても正してもらおうと思うけど、とりあえず、ここの輪の中に居る私はきっと十二分に普通じゃないし、特別? いや特殊なんだろう、な。と痛感もする。


 物凄く、微妙なことに……。


 やれやれと嘆息すれば、早く! とアルファに手を引かれた。

 わたわたと廊下に出れば「行こうか?」とにこりとエミルの笑顔に迎えられた。


「戻ってたんだ?」

「うん、さっき。あれ、新しいペンダントだね? マシロに良く似合ってるよ」

「あ、ありがとう」


 王子様は流石に目ざとい。そして、社交辞令でも褒めることを忘れない。


「私が選んだのですから当然です」

「あれ? カナイは」

「そのうち追いつくんじゃないですか?」


 背後に立ったブラックの隙間から、自室のほうを盗み見て心の中だけでご愁傷様と手を合わせた。

 その動きに合わせて、きらりとペンダントが光る。

 機嫌良くエミルに今日の報告とかしているのだろう、前を歩くアルファに続きつつ、そっと、ペンダントトップを手のひらに載せ持ち上げる。


 ―― ……お揃い、か……


 その甘酸っぱいような心躍る贈り物に自然と笑みが零れた。たとえ後付の理由だとしても嬉しい。一緒に居ないときも、私のことを考えてくれていることが嬉しい。


「ふふっ」


 ―― ……だから、こんな贈り物なら、いつでも大歓迎だ。


 私たちはこうやってお互いに分かろうとしているんだから、いつかきっとどちらかに傾倒するのではなくて、丁度良い理解が出来るよね。


 ほわりと、暖かくなる気持ちで隣を見れば、当然のように目が合ってにこりと微笑まれる。


 ……ま、いろんな意味での、限・度、はあるけど、ね?


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