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「ありがとう。それで、今日は何の記念日ですか?」
ペンダントトップをそっと手のひらに載せて問い掛ける。理由もなくものを貰うのは、ちょっと気が引けるという私に、あれやこれやと理由をつけてくるブラックがかなり面白くて、今では恒例のように訪ねてしまう。
だから、その表情も悪戯をしているときのように笑ってしまっているのに、ブラックはいつも必死だ。
それが余計に可笑しい。
「今日は、その……ええと、これです」
「?」
いってひょいと自分の腕を挙げ、胸元で自分の上着のカフスをちょいちょいと指した。
今日は、私が前にあげた(番外編:バレンタインパニック参照)カフスをしてくれているみたいだ。それで、それがどうかしたのかと首を傾げる。
「ほら、お揃いでしょう?」
「え?」
「同じ石ですし、そのー、ええと、ですから、お揃いです……」
私の反応が予想していたものよりも薄かったのだろう。
ブラックはいい淀んで言葉に詰まった。
ぱったんぱったんと耳を漕ぎながら話してくれていたのに、外したと思ったのか、すぐにしゅーんっと下がってしまう。
「―― ……ぷっ」
我慢出来ずに噴出した。
我慢出来る?
出来るわけない。
出来るわけないよね?
「ふふ、そっか、そうか、そうだよね。ふふ、あはは、ありがとう。うん。ね、ねぇ、それ誰情報? 誰かが『女の子はお揃いを好む』とかいったの?」
駄目だ。
お腹痛い。
ブラック面白すぎる。
私が苦しんでいるのにも構わず、ブラックは不思議そうに瞳を瞬かせて軽く首を傾ける。
「宝飾店の支配人です」
自分で考えたといい張ることも、いい訳を加えることも出来ないブラックが愛しい。そして、まだ、一抹の不安を抱えて正解を待つ子どものように私を見ている。
「嬉しい。大切にするよ……お揃い、だもんね?」
いって微笑めば、ふわふわっとブラックが歓喜するのが分かる。猫じゃなくて犬じゃないのかと思うくらい、パタパタ尻尾とか振りそうな勢いだ。
実際は、ゆらん、ゆらん……と振り幅が広くなったくらいなのだけど。
「良かった。受け取ってもらえるんですね?」
「もちろんだよ。ありがとう」
改めて見てもとても綺麗だ。私だって女の子だから、綺麗なもの可愛いものは大好きだ。
だから素直に嬉しい。
恋人からの贈り物なんて尚嬉しいに決まっている。
近いうちに、宝石箱でも買いに行こう。ティンに頼めば、良いものを作ってくれるか仕入れてくれるかもしれない。
心の篭った贈り物は、そこから、枝葉を広げるからとても素晴らしいと思う。
そんなことを考えると、胸元の贈り物はもちろん、これからも凄く楽しみで自分でも分かるくらい頬が緩んでしまう。
本当、馬鹿みたいで、他人には見せられたもんじゃないと思う。
特にカナイには見られたくない。遠慮なくお腹抱えて大爆笑するか、寒い、寒すぎるって、どん引きするかのどちらかだ。どちらも想像が付く。
「良く似合っていますよ。まるで抱いて生まれてきたように貴方のものです」
……う。そんな馬鹿なことを考えていたので、不意打ちだ。それに
猫のくせに、口が上手い。
普通恥ずかしくていえないような、思いつきもしないような台詞を平然と口にする。
しかも……ちらと、ブラックの表情を窺えば、凄く本気でいっているとしか思えない。
ぽふっと頬が赤くなるのが今更ながらも恥ずかしく、思わず顔を逸らしてごにょごにょとお礼を重ねる。
「―― ……えと、ブ、ブラックが今日来るなら、何かお菓子でも用意しておけば良かった。いつもアルファが持ってくるから、買い置きはないんだよね」
苦し紛れに口にすれば、すっと伸びてきた手のひらが私の頬を包み促されて見上げれば、ブラックの瞳に私が映る。真摯過ぎる瞳は照れ臭い。
彷徨う瞳に笑みを深めて、ブラックは、そっと可愛らしく口付けきた。
額、瞼、鼻先、頬……降るような口付けはくすぐったくて気持ちが良い。ゆっくりと瞼を落とせば、軽く唇にも触れ優しい声で紡がれる。
「マシロがいればそれだけでご馳走ですよ」
そして、軽く唇に歯を立てられてやんわり甘く吸われる。うっすらと唇を開けば角度を変えて割り入ってくる……。
甘くて優しい口付け。
いつでも私は愛されているのだと実感させてくれる幸せ。
いつでも私はこの人を愛しているのだと実感出来る幸せ。
だから、いつも私は満たされていられる。
「んぅ……も、」
じれったくも感じる緩い口付けに、伸びをしてもっとと催促しそうになって、はたと我に返る。
「だだだっ駄目っ!」
慌ててブラックの胸を押せば、ブラックはくすくすと楽しそうに笑って
「もっと、欲しいのではなかったのですか?」
と真っ赤になった私に意地悪をいう。
「寮では駄目だって、いってるでしょっ!」
「三人とも居ないのでしょう?」
そういって、もう一度という風に距離を詰めたブラックを
―― ……バキッ!
ぐぅで殴ったところで、がちゃりと扉が開いた。
「おーい、課題終わったかー? っと、悪い。取り込み中?」
ひょっこりと顔を覗かせたのはカナイだ。何に気を遣おうとしたのか、そのまま退室しようとするカナイに問題ないと叫んだ。
ブラックも何事もないという顔で、にこりとカナイの肩を掴まえて引き込んだ。問題はないけど、珍しい感じだと思ったら
「今、この扉鍵かかっていましたよね? どーして、わざわざ勝手に開けて入ったのでしょうねぇ? いつものことですか? 良くあることですか? 詳しく是非教えてください」
にこにこにこにこ。超良い笑顔だ。
「そ、そうだったか? いや、全然気にならなかったぞ? うん」
体感温度下がる系の笑顔を向けられても、やはりカナイだ。件の生徒のようなことはない。
「マーシロちゃーん。お茶しに行こうー」
ケーキ買ってきたんですよーっと、全く傍の不穏な空気を気にしないアルファも戻ったようだ。
にこにこと愛くるしい笑顔を向けて、私においでおいでとしてくれる。
ま、仕方ないよね。
私の中の普通シル・メシア人って、この人たちだもん。
他のみんなに価値がないとは思わないし、その考えは何年かけても正してもらおうと思うけど、とりあえず、ここの輪の中に居る私はきっと十二分に普通じゃないし、特別? いや特殊なんだろう、な。と痛感もする。
物凄く、微妙なことに……。
やれやれと嘆息すれば、早く! とアルファに手を引かれた。
わたわたと廊下に出れば「行こうか?」とにこりとエミルの笑顔に迎えられた。
「戻ってたんだ?」
「うん、さっき。あれ、新しいペンダントだね? マシロに良く似合ってるよ」
「あ、ありがとう」
王子様は流石に目ざとい。そして、社交辞令でも褒めることを忘れない。
「私が選んだのですから当然です」
「あれ? カナイは」
「そのうち追いつくんじゃないですか?」
背後に立ったブラックの隙間から、自室のほうを盗み見て心の中だけでご愁傷様と手を合わせた。
その動きに合わせて、きらりとペンダントが光る。
機嫌良くエミルに今日の報告とかしているのだろう、前を歩くアルファに続きつつ、そっと、ペンダントトップを手のひらに載せ持ち上げる。
―― ……お揃い、か……
その甘酸っぱいような心躍る贈り物に自然と笑みが零れた。たとえ後付の理由だとしても嬉しい。一緒に居ないときも、私のことを考えてくれていることが嬉しい。
「ふふっ」
―― ……だから、こんな贈り物なら、いつでも大歓迎だ。
私たちはこうやってお互いに分かろうとしているんだから、いつかきっとどちらかに傾倒するのではなくて、丁度良い理解が出来るよね。
ほわりと、暖かくなる気持ちで隣を見れば、当然のように目が合ってにこりと微笑まれる。
……ま、いろんな意味での、限・度、はあるけど、ね?