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―2―

 ***(ブラック視点)



 ぱたんっと先に入ったマシロに続き部屋に入ると鍵を閉めた。

 部屋の傍まで来て、気配を探れば三人とも寮には居ないようだ。マシロを放っていってしまうなんて、無責任すぎる。そのせいで、あんなくだらない人間とマシロが交流を持たなければならなかったかと思うと、胸の奥がずんっと重くなる。もっと早く立ち寄れば良かった。そう思って溜息を溢せば、マシロと重なった。

 マシロは机上に手にしていた本などを重ねたところだ。


「お茶でも淹れるね。座ってて」


 いってシンクの前に立ったマシロが、手を洗い始めたので背後から覆い被さるようにして、その手を掴まえた。マシロは予想していなかったのか、少しだけ肩を跳ね上げて「どうしたの?」と見上げてきたが、とりあえず、手を洗うのが先だ。

 ざぶざぶと小さな手を包み込み丁寧に洗う。

 マシロはそれ以上は問い掛けず、黙って洗われていたけれど、じわりとマシロの耳が赤らんだ。


「マシロ」

「―― ……ん?」


 耳殻に唇を寄せて声を掛ければ、微かに色付いた返事を返される。他意のある行為をしたわけではないのだけど、マシロにはくすぐったかったのだろう。

 初々しいというか、感じやすいといえば良いのか。

 兎角マシロの反応は可愛らしい。


「手、ふやけちゃうよ……」

「っと、すみません」


 いわれるまで流水に浸してしまっていて慌てて引っ込めると、くすくすと愛らしく微笑まれる。マシロは傍にあったタオルを取ると、まず私の手を包み込み拭ってくれる。それから自分の手を拭うとタオルをシンクの隅に置き、向き合うとじっと私を見上げたあと、ふと困ったような笑みを溢した。


 どうして、そんな顔をされるのか分からない。


 意味が分からなくて、きょとんとしてしまっていのただろう。

 マシロはシンクに預けていた体重を浮かせると、こつんっと私の胸に額を押し付けて、長く細く息を吐ききる。


「あんな風に関係ない人を恐がらせちゃ駄目だよ」


 ―― ……え


「彼はただのクラスメイトだから」


 ね? と顔を上げたマシロと目が合う。でもどう返して良いか分からなくて逡巡した。何も間違ったことはしていないと思う。多少大人気ないといわれても、消したりはしなかった。とても穏便にやり過ごしたはずだ。


「ですが、彼に下心があったのは確かです」

「そんなはずないよ。だって、親しいわけじゃないし、偶然だったんだから。それに、もし、百歩譲って下心? とやらがあったとしても関係ないでしょう? 私はブラックが好きだし、どうともならない」


 そう真摯に続けられては、次の言葉が出ない。

 胸の奥がもやもやする。

 凄く嫌な気分だ。

 私が間違っている?

 間違っていない?


 分からない。


 私は答えを持っていない。

 だから、マシロがいっていることが正しいのかも知れない。否定するだけの材料を私は持ってはいない。


「それに勉強会なんていつもエミルたちとやってることでしょう? 彼が特別というわけじゃないよ」

「エミルたちは私が睨んだくらいなんとも思いませんよ」


 直ぐにそう返せば、まあ、確かに。というようにマシロも苦笑する。


「大体……彼は、一般人です。大した素養も持たない、極めて貴重性の低い人種です。それなのに、マシロをあんな目で見るなんて許せません」

「ブラック」

「え、はい」

「そんな風にいわないで。彼の代わりは誰にも出来ないでしょ」

「そんなことありません。代わりが出来ないどころか代わりすら必要ありません。代役すら必要としない取るに足らない人です。私にとってはどれもあまり大差ありませんが、エミルたちの種は極めて貴重なものになるでしょう。かなり高額で取引される種です。欲しいと名乗りを上げるものは多い。ですが、彼は……――」

「黙って」

「え」

「少しだけ、ごめん。黙って……」


 なんとかマシロに理解して欲しくて、必死に言葉を繋げば、マシロは苦しげに眉を寄せてそう告げたあと、再び胸に頬を寄せて瞑目した。

 そっと、背に回された手のひらが温かくて心地良い。

 心地良いはずなのに、いつものように、緩く抱きとめてその柔らかな髪を梳いても、どこかとても寂しくて哀しかった。


 きっと、何かを間違ってしまったのだろうけれど、私にはその間違いがやはり分からない。


「気にしないで、間違ってるの、きっと私だと思う」


 きゅっと腕に力が篭ったと思ったら、唐突にそう口にする。

 心内を見透かされたようで、どきりと心臓が跳ねた。


「きっと、私の感覚がまだ追いついてないだけ……エミルたちも、多分、ブラックと同じことを思うよね……口にするかどうかは別として」


 そういうということは、多分、彼らならしないということだろう。

 それは間違いなく、マシロを思ってのことだろうから、私はマシロの気持ちをおいてけぼりにしてしまった。


 分かって欲しいと思うのと同じくらい、分かりたいと思うのに、どうして、私は分からないことの方が多いのだろう。感情的な部分で、欠落しているとしか思えない。これまで誰かの思いを汲むなんてこと、考えたこともなかった。


 だからどうすれば、伝わるのか、伝えられるのか、分からない。大切に思っているから、傷付けたくないのに、結果的に傷つけてしまったのかもしれない。

 困りきって、どうしようもなくて、ぎゅうっとマシロを抱き締めれば拒まれることはない。同じように抱き返してもらえるし、直ぐにいつも通りに戻ってもらえる。


「マシロ」

「意地悪いったみたいになっちゃったね」


 ごめんね、と重ねられると、胸がキリキリと痛む。マシロに出会うまでこの痛みは知らなかった。肉体的な病だろうか? と思ったことがあったのを思い出すと少し可笑しい。


「ちゃんと分かってるから」

「……え」

「分かってる。分かろうとしてくれてるんだよね」


 目視することが出来ない棘を抜いてもらうように、マシロの言葉は心に直接届く。胸を熱くしてくれる。面映く感じながらも、マシロの元にこそ私の“美しいとき”は刻まれていくのだろうと実感する。


「マシロ、愛しています。とても……」


 我慢ならず頬を寄せれば、光が降り注ぐように愛らしい笑いを溢し、私もだよ。と、答えてくれる。


 うう。

 このまま、連れ去ってしまいたい衝動を抑えるのはいつも辛いけれど、今日は尚だ。そんな私の悶絶を知ってか知らずか――恐らく知らず――あっさりと


「お茶にしようか?」


 もぞっと腕の中からそういうマシロに、頷いて腕の力を緩めれば内ポケットがかさりと音を立てた。



 ***(マシロ視点)



 いつもなら、そんなことはおかしいと殴りそうなものだけど、あまりにも困りきっているブラックの頭頂部――髪の間に埋まりそうな勢いで、下がりきっている――を見ると温厚になれる。

 なんというか、怒りは失せてしまう。

 大体異質なのは私なのだから、ブラックの感覚を責めるのもちょっと違う。

 まあ、感覚が違うからといって、命の価値を決めて良いとは思わないけど、今日の、今、その話を持ち出して、ごたごたしなくても良いだろう。


 時間はまだたっぷりあるのだし。


「ここ、何か入ってるの?」


 さっきまで抱き付いておきながら気がつかなかったけど、ブラックの上着の内ポケットから、紙の擦れる音がした。


 私の問い掛けに、ブラックは「ああ」と今思い出したように声をあげ、そうでした。とポケットを探る。もうブラックの機嫌も直ったのか下がりきっていた耳も尻尾も上向きだ。


 ―― ……なんというか、これはもう仕方ないくらい可愛いだろ。

 うん。

 ちょっとだけ、こっそりとそっぽを向いてほくそ笑む。


 そうしているうちに私の目の前に、可愛らしい包装の施された包みが差し出された。


「私に?」


 分かりきっている問いをつい掛けてしまう。もちろん答えはイエスだ。私は、それとブラックを交互に見てからとりあえず受け取る。

 かさかさと解いた包装は傍にあったシンクの上において、白く細長い箱を開ければジュエリーケースが出てくる。

 そっと手を掛ければ、箱の形状どおり中身はペンダントだ。


「―― ……あ、猫睛石だ」


 きらりと室内灯に反射した石に暫し魅入る。


 深く濃い色をしたクリソベリル。

 すっと線を引いたように白く入ったキャッツアイ効果も美しい。

 それを包み込む蔦をあしらった台座も、その所々に散りばめられたダイヤも凄く品が良く――きっと質も良い――お行儀の良い感じで治まっている。


 凄く綺麗だといったあと止まってしまっていた私に、ブラックは「付けますよ」といって箱から取り出すと、そっと腕を回して器用に止め具を掛けてくれた。


 石の重さがしっくりときて肌に馴染む気がする。

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