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 ***(ブラック視点)



 ふと宝飾店のショーウィンドウが目に付いた。

 デコルテ部分のトルソーが身に付けていたのは、クリソベリルの首飾り。飾り気は少ないけれど、純度のとても高いものだと分かる。

 普段使いには丁度良いかもしれないと思い、店に足を踏み入れかけて、ぴたと止めた。


 また、怒られるだろうか。


 自分にとっては毎日が記念日のようなものだけれど、マシロにとってはそうではないだろう。

 急に必要なものでもないだろうし……諦めたほうが良いだろうか?


「あの、ご覧になるだけでもどうぞ?」


 躊躇しているうちに、店員に声を掛けられてしまった。

 最近こういうのが多い気がする。


 戸惑いがちに入店すると、奥ですました態度で接客していた狐顔の女性が慌てて歩み寄ってくる。

 どうでも良いのに、私の顔を知っているのだろう。

 店内の照明に照らされて煌びやかな宝石たちが輝いているけれど、どれも特に目を引くようなものではない。


 ありふれたものばかりだ。

 宝石なんて基本的に磨けば光る。当たり前のことだ。

 ここで、価値があるとすればやはり、表に飾ってあったあれだけだろう。


「表にあったクリソベリルをと思ったのですが……」


 ぽつりと溢せば「ああ! あれですね」と満面の笑みで、取って戻ってくる。商談をするわけでもないのに、やや強引に席を勧められ面倒臭くなったが目の前のそれはやはり良いものだ。


「どなたかへの贈り物ですか?」


 にこにこにこにこと形式的に向けられる笑顔は薄ら寒い。

 はあ、と溜息を吐きそれでも仕方ないので頷いた。


「そのつもりでしたが、理由が思いつかなくて……」

「はい?」

「……ですから、贈り物をする理由がないのです。理由がないと怒られます」


 ぶすっと愚痴るように告げてしまった自分もいい加減滑稽だ。けれど、どうせ贈るのなら気持ち良く受け取ってもらいたいと思う。だから、それに理由が必要だというのなら、やはりそれも用意して贈るべきだ。

 改めて、そう思い至り、もう一度長嘆息して、足を組みかえると苛立たしげにその先を揺らす。対峙した相手も「はぁ」と呆れ顔だ。




 ―― ……結局


「買ってしまいました」


 誰にいうわけでもなく独りごちる。出来る限り、簡素に安価なものに見えるように包装してもらったから、きっと受け取ってくれると思うけれど、申し訳なさそうな顔をさせてしまうかもしれない。


 それにマシロは存外見る目が養われている。


 そんなことを思案していたら、いつもは寮に直接向うのに、表からふらりと図書館に足を踏み入れてしまった。


 いつ来てもここは微妙に薄暗い。

 まあ良いかと、足を進めていると、館内にマシロの気配を感じて、ふわりと身体中に喜色が満ちる。

 先ほどまで、うだうだ考えていたのが嘘のように足取りが軽くなった。マシロはあれでいて勤勉なところがあるから、学習することに空いた時間を当てているのだろう。

 それなら、私でもマシロの役に立つことも出来る。




 ***(マシロ視点)




「これ、多分次の課題になると思うよ?」


 たまには真面目に勉強しないと、と思い一人図書館の一角を陣取っていると、ふらりと同席を求めてきた人と勉強会になってしまっていた。

 申し訳ないことに、私は面識ないと思っていたけれど同じ階位クラスの生徒らしい。


「そうなんだ。一応、これはここまでで、追いついたとして……次はそっち見てみるよ」


 そういって、持ち寄ってくれた本に手を伸ばす。意図的か偶然かまでは私には判断出来ないけど、手を取られて驚いた。しかも離れないし……。

 きょとんとした私に、彼は慌てて目的の本をその手の上に載せてくれた。ありがとう、と礼を告げれば、慌てたせいか赤くなり「ううんっ!」と激しく首を振られる。


 座りなおしてその本をぱらぱらと捲ると、なんだか、またややっこしいことをさせられそうだ。

 一応、種のお陰で飲み込みは早いのか覚えたことは忘れないけど、頭に叩き込むまでが難しい。

 今は解剖作業も珍しいものを除いてはあまりないから、それほど抵抗はないけど、でも、シゼやエミルのように、薬学大好きーっ! と両手放しで喜べるほどではない。


「―― ……これ、もしかしてオオトカゲとか割くの?」


 生成ページで手を止めて眉を寄せれば「そうだよ」と「そうですね」が被った。もちろん一人は、私の正面に座っている彼で、あと一人は私の頭上から声がした。


 今日来るなんて珍しい。


 声で誰かは直ぐに分かるけど、その確認に振り仰げば、にこりと「こんにちは」と告げられる。その目は私を見ていない。どういうわけか、少し体感温度が下がった。


「君、誰? ここは図書館生以外立ち入り出来ないはずだけど?」


 あ……っと、彼はブラックの顔を知らないみたいだ。

 それはとても幸運なことだけど、同時に今は不幸なことでもある。怪訝そうな顔でそう訪ねる彼の問いに、ブラックが答えるより早く私は、がたりっ! と大きな音を立てて立ち上がった。


「ありがとう! 私、一応今日の課題は終わったから、部屋に戻るねっ! これ、先に借りて問題ない?」

「え? ちょ、マシロちゃんっ?!」


 慌てて同じように立ち上がった彼を見ることなく私は机に広げていた荷物を、ばさばさと片付けて「行こう、ブラック」とブラックの腕を引いた。

 素直に従ってくれないのではないかと不安になったけど、そんな心配は無用で「はい」と素直に足を踏み出してくれる。


 揉め事にならなくて良かった。


 ほっと、胸を撫で下ろした自分に複雑な気分になる。そして、背後で「え……もしか、して、闇、猫?」と溢された台詞にもっともっと複雑な気分になった。

 きっとこれで、彼はもう私に声を掛けてくることはないだろう。

 別に特別親しくしたいというわけではないし、その必要はもちろんないから良いけど、でも、クラスメイトとくらい仲良く過ごしたいものだ。


 それに、まだブラックは彼に対して「こんにちは」といっただけだ。それだけの相手に、あんな風に畏怖の念を露わにすることないと思う。ブラックは物理的に何もしていない。


 物凄く不愉快だ。


 でも、ブラック自身はそんなことを微塵も気に掛けないから、私も口には出さない。

 仕方ない部分があることも一応頭では分かっているから。

 そんなことを考えていたせいで、私とブラックは寮の部屋まで戻るまでの間一言も言葉を交わすことがなかった。


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