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「じゃあ、マシロちゃんは、これで身体を拭いて……毛布にでも包まっていてください」
「え、でも……」
なんとか洞穴程度――目を凝らせば突き当りが見える――の窪みを発見して雨宿りは出来そうだ。
ふぅと一息吐く間もなく、益々雨脚の強まった空を仰いでいた私にアルファはそういって、いつもの袋からタオルと、毛布を取り出して押し付けた。
「服は脱げば良いです。少し奥に行けば暗いし、人も通らない。獣だってこの雨では寄り付かない」
「でも」
「僕は、燃やすもの探すので、見ないです」
風邪引かないうちに早く済ませてくださいね。とあっさり、締め括って私が止める間もなくアルファは雨の中へ戻ってしまった。
「―― ……脱げって、簡単にいうけど……」
確かにべっとりと纏わりつく服は気持ち悪い。長い髪から垂れてくる水も嫌だ。こういうとき髪が長いのは……とか、思ってしまう。
まあ、このシル・メシアで雨に降られてしまうことは稀有なことだけど。
私は散々迷った。
本当に、かなり迷った。迷ったよ? 本当に!
……でも、水に濡れた服が体温を奪い始めたのに気がついて、渋々、洞穴の奥で服を脱いだ。
私はワンピースを着ていることが多いから、今日もそうだ。
季節柄、何枚も重ね着しているというわけでもないから、脱ぐのは直ぐなんだけど……全身ずぶ濡れなのは、そうなのだけど、どうするかなぁ。
はぁ、と嘆息しながら、まずは、簡単に水を拭って、毛布をぐるりと羽織る。先ほどまでの不快感が少し薄れて、心なしかほっとした。
―― ……がさっ
「誰っ?!」
「僕です。火を熾しますから、近くまで来て」
下着をどうするか悩んでいたところで、音がして過剰に反応した私に、冷めた返事が返ってくる。
不機嫌というのとは、また違う……以前も思ったけど、冷静沈着という皮を被った感じだ。
だから、いつもの天真爛漫さを思うと違和感を感じる。
「……うん、ありがとう」
そう答えるのと、ほぼ同時に、ぽふっと火が灯った。なんとなくその炎に、ほっと胸を撫で下ろす。
私は着ていた服を軽く絞って、その傍に寄った。
ほんの少し投げ込まれた枝が湿っていたのか、煙が多い。でも、直ぐに外に抜けていくから燻るってことはない。
私は出来るだけ平らで、綺麗そうな岩の上に服を並べた。足元もこの手前のほうはまだ草が生えていて靴を脱いでも問題なさそうだったから、靴も脱いで並べた。
「アルファ?」
一通りの作業を終えてもアルファは戻らない。まだ、雨は上がっていないし、いくらアルファが偉丈夫とはいえ、こんな中外に居るのは良くない。
それに、私に気を遣ったなら、もう毛布でぐるぐるだし、問題……ないとはいい切れないけど、これは緊急非難的なもので、疚しいものなんてない。うん。だから、ない。
「アルファ……風邪引いちゃうよ?」
ちょこっと顔を覗かせればアルファは傍に居て、顔を拭っていた。私の掛けた声に気がついて、顔を上げたアルファは「直ぐ戻ります」と無表情だ。
***
ぱちぱちと薪が爆ぜる音しか聞こえない。
「アルファは?」
私は受け取ったマグカップの中に、ふぅっと息を吹きかけながら、ぽつりと訪ねる。
恥ずかしいので、アルファのほうは見ないように心がけて……。
「あとで良い。こんな予定じゃなかったから、準備が不足してて……」
ぼそぼそと告げたアルファに「え」と顔を上げた。片方の膝を抱えて、棒で焚き火を突いていたアルファを直視してしまった。
アルファはこちらを見てなかったから、良かったけど、ぱぁっと頬が熱を持つ。
なんというか、うん。
私と同じように、びしゃんこだったアルファも、もちろん服を脱いでいたし、そのえーっと……外は薄暗いし、アルファの白い肌――アウトドア系のクセにどうして日に焼けないんだ――均整の取れた体つきに焚き火の炎が陰影を加えて、艶っぽいのだ。
雨のせいもあり、いつものワンコ系の軽いノリもないアルファは色っぽい。と、か、いったら益々無言になりそうだから、耐えているところだったのに。
こういうところで、耐えるのは普通、女の子じゃなくて、男の子の気がする……。
なんか私、ちょっと虚しい。
と、それよりも……。
「ご、ごめん。直ぐ飲むからっ」
アルファの口ぶりからカップの数が足りないのだろうと察して、私は慌てて中身を呷る。
「んぶっ! ごほっ! あっつぃ!」
熱い!
邪なことを考えていたから――だから、それは男の子の役目――油断して、思い切り舌を焼いてしまった。
痛い……ひりひりする。
「あーうぅ……」
焼いてしまった舌を、少しだけ外に出して、ふーふーっと気持ち冷やす。
「ふふ、変な顔」
はっ! と気付いたら、アルファにがっつり見られていた。
「ちょ、こ、こういうときは見てみないフリをっ!」
「冗談。絶対見るね。見るよ、当然」
いっていることは意地悪極まりないけれど、ほんの少しだけ空気が戻って胸を撫で下ろした。
「ココス食べる? 焼いてあげる」
「え、でも」
「これだけあるんだから、平気。全部平らげる気なら、それで良い。また採ってくるだけの話だから」
聞いておきながら、淡々とそういって細い棒に器用にさして、炎に近づける。じりじりと、皮が焼けると甘い臭いが漂った。
直ぐに、こんがりと焼き色のついたココスを「はい」と棒ごと渡してくれる。
ぺろりぺろりと簡単に皮は剥けて、赤くて柔らかい果実が、ほわりと湯気を上げた。
美味しそうだ。
「慌てて、また火傷しないように」
アルファから頂いた注意事項に頷き、私は念入りに、ふーっふーっと冷ましてから、ぱくりと口にした。
香り同様甘くて美味しい。焼きリンゴみたいだ。