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第九話:二つ目の落し物

 低く地を這うような声だったが、とても良く通るものだった。

 私たちを囲んでいた生徒が二手に割れて、その間を大きくてガタイの良い一見熊みたいな男の人が楽しそうに歩いてくる姿が見えた。


「だーれが、生徒の前で熱烈な愛を語ってるのかと思えば、アルファじゃないか」

「っ! あ、愛?!」


 一体どの辺が?! 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 アルファは、そこには特に突っ込む要素を見つけなかったのか、苦々しく歩み寄ってきた人を見上げて眉を寄せる。


「……ムスカ……」

「先生付けろー、アルファは相変わらず小っこいな。ちゃんと食ってんのか? ほらほら他の奴らは王宮の外周走ってこーい。八周な」


 大きな手を打ちながらそういったムスカさん? に、生徒からブーイングが上がったが、ムスカさんは簡単に笑い飛ばして


「あと二週追加。夕刻までに戻って来れなかったら更に四周追加。死ぬほど走って来い」


 と鬼のようなことを宣言して生徒を散らした。


「お嬢さん、へーきかい?」


 ひょいと小荷物でも持ち上げるように私は地面から離され、立たされた。まだふら付いているとアルファが慌てて支えてくれる。


「こいつが何かやったのか?」

「オ、オレは唯、訓練を……」


 熊にねずみが睨まれているような感じだ。敵うはずない。

 いい訳を仕掛けたが最後まで口にすることなく消えた。


「騎士道に反することか?」

「はい」


 質問を重ねたムスカさんに、きっぱりと頷いたのはアルファだ。

 その返事に、ムスカさんは分かったと頷き、私と同じように彼を摘み上げて乱暴に立たせるとふら付いた背中をばしんっと叩いた。

 その勢いで、彼は三メートルくらいはスライディングした。


 あれは痛い。


「それじゃ、俺はアレを処断してくるから。悪いなお嬢さん。あんな奴ばかりでもないからまたおいで」


 ひらひらーっと大きな手を振って、人懐っこい笑みを浮かべる。そして、途中で滑りこけたままの生徒を拾って塔の中へと消えていった。

 一気に静かになる。

 私とアルファは同時に嘆息し、重なった溜息に顔を見合わせて笑った。


「なんだか豪快な人だね」

「あの人はムスカ=シルレといって、僕に最初に就いた先生で、僕に騎士道を教え込んだ……というか叩き込んだ人です」


 アルファがいい直した理由はなんとなく分かる。教えるというか身体に叩き込む感じの人なんだろうと想像付く。


「怪我ないですか? おぶりましょうか? 歩けます?」

「え……、ああ。平気、だと思う。歩くのには支障はない」


 よろりと一歩踏み出した。

 地面を踏みしめると、じんっとした鈍い痛みが走る。

 重さと緊張とで身体中が、がちがちのぎっちぎちな気がする。腕は筋肉痛。アルファから隠すように手の平の痛みを親指で確認する。指の付け根が何箇所か硬くなってる。多分肉刺になりそうなんだろうなと思う。


「腕も手も冷やしたほうが良いかも知れないです。でももう騎士塔には居たくないですよね? 僕もここの校医にはマシロちゃんを診せるのは嫌なんです。もう少しだけ、我慢して貰えますか?」


 校医への不信感は良く分からないけれど、そんな困った顔しなくてもこのくらい平気だ。放っておいても二、三日で治ってしまうくらいだと思う。


「平気だよ。帰ろう」


 にこりと微笑んで見せたつもりだけど、アルファの表情は優れない。大丈夫だよ。と、重ねるとアルファは「そう、ですね」と曖昧に微笑んだ。


 掴っておいて下さい。と、念を押され私がアルファの腕を取ると私に合わせて歩いてくれる。


「仕事なんですけどね」

「うん?」

「仕事なんです。好きでここに来てるわけじゃない。でも、僕のことを快く思っていない人たちも実はここには多くて……マシロちゃんに無理を強いた生徒はこの間僕が進位試験実技で落としたんです。恨まれてる」

「逆恨みだね。まぁ、手にいっぱい胼胝作ってたし自分の頑張りへの正当な評価だとは思えなかったのかも……」


 苦笑した私にアルファは「胼胝?」と首を傾げたあと納得したのか「ああ」と頷いた。


「今日は中級階位だったから女の子ももちろん綺麗な身体の人は居ないと思います。傷が癒える時間なんて待ってられませんからね。最上級階位くらいになれば、少しはマシになって来るのかも知れないけど、僕には永遠に分からない」


 きゅっと下唇を噛み締めてそう締め括ったアルファに「え?」と問い返すとアルファは直ぐに笑顔に戻った。


「だって、僕はもう王宮騎士なので、騎士塔になんて仕事以外で来る必要ないですからね」


 どうしてだか分からない。

 分からないけれど、アルファのその台詞に私の心はきゅっと苦しくなった。刹那、垣間見せたアルファの苦悶の表情が頭から離れない。




 町に出る頃には私の足も元の感覚を取り戻して、普通に歩けるようになった。他愛ない話をしながら歩いてるとちょっとデートみたいだ。


「そこ行く可愛いカップルさん。二人で甘ーいクリームはどうだい?」


 そんなことを考えていたから、耳に飛び込んできた声に過剰反応してしまう。私たちにいったわけじゃないと思うけど……くぃくぃとアルファに腕を引かれて首を傾げる。


「マシロちゃん、寒くない?」

「え? 大丈夫だけど」

「だったら、さっきのお詫び。おじさんもああいってることだしクリーム食べよう」


 待っててと締め括ってアルファは路肩に止めてある装飾過多な馬車に駆け寄った。愛想の良いおじさんが「毎度っ!」と迎えている。

 きっと自分も食べたかったんだよねと思うことにして私はアルファの後姿を見ていた。


「お似合いの二人にはサービスしちゃおうかな」


 おじさんは声を潜めることなく、張り上げてそんなことをいいながらちょっと巻き過ぎではないかと思うソフトクリームの上にスプレーチョコを散りばめる。

 カラフルなチョコが綺麗だ。

 先端が不安定なソフトクリームをなんとか私の元へと運んできたアルファは、はいと小さなスプーンを私に手渡してくれる。


「一緒に食べよう。おじさんが縦に伸ばすから二つ持てなかった」

「神業だよね」


 一口掬って口に運ぶ。冷たくて少しキーンっとするけど、甘くて美味しい。

 甘いものを食べると不思議とほっとするし、優しい気持ちになるような気がする。だから、知らず知らずに幸せそうな顔をしてたんだろう。

 アルファが「良かったね」と微笑んでいた。


「僕らお似合いだっていわれましたよ」


 そっち? 続いたアルファの言葉に私はどう答えて良いか分からなくて、もう一口頬張った。


「お行儀悪いけど帰りながら食べようか? アルファもちゃんと食べてよね」


 苦し紛れにそういって歩き始めた私にアルファはくすくすと笑って隣に付いてきてくれた。




 ソフトクリームを食べ終わる頃には、身体が冷たくなっていた。

 アルファも同じだったのか、私に気を使ったのかは分からないけど、近道だからと私たちは裏道へ入った。夕方が近くなっていたから人通りは殆どないけれど怖い雰囲気の場所でもない。

 両側に建物が迫っている通りは、開放感には欠けていると思うけどね。


「アルファって王都に詳しいの?」

「え? 僕ですか? 僕は王宮にずっと居たのでそんなに詳しくないですよ。この辺りは朝夕のロードワークで通るんです。少しずつ違う道を探検してるので、確かに知ってる道は増えましたけどね?」


 ロードワークでこんなところまで来るんだ。

 図書館からここはもう近いと思うけど……アルファって何処まで出てるんだろう?


「基本的には、王都の外周をするんです。物事が動くのは朝と夕が多いので、そういうものを見るのにも適してるし、まあ、僕は見たり聞いたりして帰るだけですけどね? そのあとの判断をしたり、詳しく調べたりするのはカナイさんやエミルさんです。僕には不向き」


 にこにこと屈託なくそう続けたアルファに、私はへー……と曖昧に答えた。

 良く意味の分かっていない私の反応に気がついて、アルファは面白くない話だったと自己反省をし、ふと足を止めた。

 どうしたの? と、私も釣られて足を止め、アルファのところまで戻る。

 アルファは細い路地に目を向けて、うーんっと唸っている。その理由が最初よく分からなかったけれど、すうっと路地から風が流れてくると、ふとした違和感に私も眉を寄せる。


「……これ、血の臭い?」


 私に頷きつつアルファは、辺りをきょろきょろとする。そのあと確認するように私を見ると「待ってる?」と問い掛ける。


「この辺り特に危なそうなことはないと思うから待っててくれたほうが良いけど……」

「え、嫌だよ。私も行く」


 ここで待ってるのは危険じゃないとはいえ怖いよ。

 ぎゅっとアルファの袖を引いて、そういった私にアルファはですよねぇと苦笑して「後ろから出ないで下さいね」と微笑むと先を歩いた。

 一歩、一歩と前進するごとに血の臭いが濃くなってくる。


「血の臭いが残ってるってことは対象は死んで間もないか、生きているってことです」


 ぽつぽつと口にしたアルファの言葉に、私はごくんっと唾を飲み込んだ。T字路に出たところでアルファは足を止めた。アルファの前を覗き込もうとした私を制したがもう遅い。

 私は見てしまった。


「犬?」

「大きいですよ。多分これは色々呼び方はありますけど、僕が知ってるのは白銀狼」


 そういったあとアルファは、凄いな、とか、始めて見た、とか、感嘆しているけど、問題はそこじゃない。

 目の前に横たわる大きな狼は、後ろ足に酷い傷を負い傷口から出た出血により、本来は白いのではないかと思われる毛並みはほぼ茶褐色に染まっていた。



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